第231話


「使える滑走路が無ければ都合をつけられるように、準備をしているだけですよ」

 ――シュトラウス中尉ならば必ず無事に着陸してくれるはずだ。

「少佐、悪いがゴマ空港の滑走路を借りられるか聞いてもらえないか、手が足りなくてね」


 被害報告やら緊急の判断やらがちらほらと舞い込む為、確かに忙しそうである。


「了解です」


 この時に指名されたのが嬉しくて、奇妙な感覚を得たのが彼にはよく解らなかった。


 フィジ市内、ポニョ首相の私邸に人が集まっていた。ブカヴで起きた戦闘が話題になっている。秘書官のウビがわざわざ戻ってきているのは、首相から娘のことを何とか聞き出して助けろ、との特命を受けているからに他ならない。その犯人であるロマノフスキー少佐もこの場に居た。


 キベガ族を引き連れ首相に降り、フィジでの手下として名を連ねている。独自に生活基盤を抱えているため、純粋に兵力が増えるだけで、これといった条件はないままに降伏は受け入れられた。無論こうなるように情報戦を仕掛けたのだから、疑うことはない。


 唯一気がかりな娘のことがわかれば、キベガ族など虐殺しても構わないのだが、ロマノフスキーが意地悪く一切連絡を行わないため、刺激しないように見張りだけされていた。


 そんな彼を驚かせたのは、ロシアからの傭兵団を首相が抱えていたことである。イワノフ中佐を筆頭に退役軍人らが根付いていた、これが郊外にいた黒人でもベルギー人でもないと言われたやつらの正体である。各位が筋骨逞しい体をしているので、情報部あがりでないのは確かだろう。


 ――パエヴァヤの奴等か、俺でもこいつらを三人以上同時に相手したら危ういな!


 一昔前はスペツナズと呼ばれた特殊戦闘要員が、ロシアで大手を振るっていた。最近は所属が違う、パエヴァヤというそれが名を馳せていたのを知っていた。彼らは主に銃器や接近戦のプロフェッショナルで、悪く言えば頭の巡りは重視されていない。


「しかしよくぞ三千人も倒したものだな」


 一人のロシア人が現地訛りのフランス語で驚く。要塞は守るためのものだとしか認識していなかったようだ。


「過去の一流と呼ばれる城は、厳しい反撃でより多くの出血を強いるものだよ。守るだけなら門も何も要らんからな」


 中佐がそのように噛み砕いて教えてやるが、今一つ理解できないようで生返事が戻ってくる。


「はぁ。でも守るために置くんですよね?」


「それは……だ、手をだして痛い目をみたら攻めたくなくなるだろ、結果守りを固めるよりも効果的なことがあるってことだ」


 微笑してロマノフスキーが横から口をだす。雛が餌を求めているように見えてしまったのだ。誰であれ、それが味方であっても当面敵であっても、年長者が教育するのは義務だと信じて。


「なるほど、固くて割れないマロンより、スパイクの方がげんなりしますからね」


 何故かいが栗を引き合いに出されてしまう。間違ってはいないが、もう少しばかりましな喩えがなかったのかと思った。


「少佐はその要塞に詳しいのだろう、あれは何者の設計だね」


 全てではないにせよ、経緯を知らされている中佐が情報収集を試みる。簡単に拒否も可能ではあるが、一つ閃いたので答えることにした。


「あれはキシワ大佐によるものです」


「確か要塞司令官だと聞いたが、中々の通のようだな」


 出来る男が居れば、それだけで嬉しくなる性分のようだ。


「一時厄介になっていましたが、大佐は偉人ですよ。戦わせてもそうでなくても」


「確かにこんな文化果てる地で活躍するんだ、偉人に違いはない。して少佐は何故そのご立派な司令官を裏切ったんだね」


 回りの皆が静まり返り、気まずそうに直視しないで明後日の方向を向いている。が、耳だけはしっかりと漏らさず聞こうと集中していた。納得いく返事をしなければ、すぐにでも追い撃ちをかけてくるだろう。


「だからですよ」

「だから?」

「ええ、偉人でご立派で、挑戦したら勝てるかどうか試したくなった次第。しかも自分より若者です」


「何だと少佐よりも年下だって?」


「はい。才能は年齢を問いません」


 真剣な表情を浮かべて中佐の瞳を射すくめる、この一言に偽りはない。強者に挑んでみたい気持ちは、戦士ならば多かれ少なかれあるものだから。


 ――立ち向かう壁が高いほどに力が入る、手加減はしませんぞボス。


 イワノフは今まで幾多の男達を見極めてきた、表面的な嘘など簡単に見抜けると自負している。


「ふむ。やってみるかね」


 信頼をしたとの合図でもあった、実力の程は首相から鉱山一つを奪ったわけだから文句はない。少なくとも部下にいる脳足りんよりは、遥かに期待が持てる。


「お許しが出るならば」


 新参の外国人がしゃしゃり出るな、と言われたらそれはそれである。可能な範囲がどこにまで及ぶか、まずは枠組みから模索する。


「こちらは国軍や官軍ではないが、それらを敵にする心配はない。少佐の考えを聞こう」


 要塞の滑走路に着陸して給油作業中のシュトラウス中尉にあらましを説明し、ゴマに向かってもらえるかを訊ねた。


「会社を構えてこそいますが、自分は軍人だと思っております。任務を行うことで大佐殿の作戦が成功するならば、喜んで飛びましょう」


「最悪明らかな不法行為になるが」


「ですが、不当ではありません」


 そのようなやり取りを終えて、医師と看護師を乗せた機体がゆっくりと離陸していった。ゴマ空港は慢性的な滑走路不足により、割り込みは不能だと頭から拒否された。事実そうなので無理には言えない、もしそこに入っていったら衝突事故が起こる可能性すらあったからだ。車すらも満足に走られない地域である、平らな場所を抱えているのは極めて少ない。


 ――残るはあそこだけか。


「大尉、ブテンボ基地に通信だ」


「ブテンボってぇと国連軍の?」


 ご明察と花丸を返してやる。


「そこなら着陸可能な場所くらいあるんじゃないかなってね」


「呆れた奴だ、アポなしごめんねで許可されるわけないだろ」


 そう言われればその通りとおどけてみせる。


「一応繋いでみてくれ、こんなことが無ければ電話する機会もないだろうさ」


 機会なんてなくていいんだよ、とぶつくさ漏らしながら一覧から番号を調べて素直にかけてみる。真夜中に見ず知らずの者が、司令官を出せと言って真面目に取り合うのもどうかと思うが。


「国連コンゴ派遣団国連第2旅団受付です」


「キャトルエトワールだ。人命救助についての緊急案件がある、サントス中将または当直将校に繋いでもらいたい」


「申し訳ありません、受付時間外ですのでお繋ぎ出来ません」


 丁寧な言葉遣いではあるがにべもなく断られてしまい、レティシアがこいつはダメだよといった顔をする。


「ま、聞いてみたかっただけさ。時間は?」


 ゴマ到着まであと十五分とタイムキーパーが答える。ハマダ少尉の特殊部隊を呼び出して命令を下す。


「司令部、特殊部隊。あと十五分で到達する、目標の確保を実行せよ」


「特殊部隊、司令部。命令を実行します」


 ――未明の攻撃からずっと通しだ、長い一日になったもんだ。


 ゴマ中央病院では深夜の急患があると聞かされ、スタッフが出入り口に集まり待機していた。時間が遅いとはいえ大通りに面している場所だけに、車通りは絶えない。


 そんな目の前に突如小銃を抱えた男たちが現れて、道路の端を封鎖してしまうではないか。病院の前後三百メートル程を括って、兵士が中にいた全てを追い出す。油を染み込ませた布を火の玉のようにし両脇に並べて、幅と距離を明らかにする。


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