第97話
「女を口説くのが仕事とは洒落た職場ですな」
「適材適所の見本だよ。楽しんできたか」
備え付けの小さな冷蔵庫から缶ビールを二本取り出して片方を差し出す。
「このホテルですがね、チュニジアの有力イスラム政党で最近良く利用しているようです」
「アンナフダ党だな、やつらイスラミーアとの連絡にここを使っているのかも知れんな」
政党の名前まで詳しく知らないあたりが現実味を帯びている、国や風習あたりからそう判断したならば大きく違いはないだろう。
「そのイスラミーアですが、準構成員があちらこちらにいるから要注意と言われました」
「その具体的な注意どころはあったんだろうか?」
地元民の生活情報はバカに出来ない。
「観光客が集まりやすい場所が筆頭ですが、商売をしているようで全く客が無いのは危険だそうです。隠れ蓑に使うために資金を受けている可能性が高いとか。だから彼女らはなるべく大きなマーケットや、一つ外れた路線を利用するよう心掛けているそうです」
「商売をしていて客が皆無……実はヨットを借りに行ったんだが客は居らずに無愛想な男が管理をしていた。あんなに沢山船を維持するには金が掛かるはずだがおかしいとは思ったんだ」
指摘されて違和感の理由がきっとこれだろうと推測する、となればあれを利用するのは危険なわけだが発想の転換を行う。
「君子危うきに近寄らずですか、それとも虎穴に入らずんば虎児を得ず、まあ後者ですか」
どこから仕入れたのか日本の諺を持ち出してきた。
「無論後者だよ。しかしやたらと詳しいじゃないか、誰に教わったんだ」
「マツバラさんです」
――マツバラ? そんなやつがどこにいたかな。
誰かわからなさそうな顔をしたためにロマノフスキーが一つ追加してマツバラを表現する。
「お隣のマツバラさんですよ」
「あっ!」
――だから何があったんだよ!
島の実家の隣は松原未亡人が住んでいた。それ以上は特に語らずどのように虎を引っ掻けようかと考えを巡らせている。
「もし大尉が敵の幹部らしいやつがノコノコと目の前にやってきたらどうする?」
「そりゃあふん縛って情報を引き出そうとしますよ」
「俺も同じだ」
殺してしまうより捕らえた方が利用価値が遥かに高いと考える、イスラミーアにしてみてもどこまで素性を知っているかは判断がつかないが、この地域で何をしているかは知りたいはずだ。一歩踏み込み何をしているか知っているならば、直のこと何ら指揮権を持たない参謀を殺害しても仕方がないと判断するだろう。
――例外はハミドが個人の功績を誇りたくて暴発した時だな。
自身を囮にしたときのリスクについてを推察し得られるものと比較して荷が勝った時には迷わずそうしようとまとめた。
「名案は浮かびましたか?」
「上級曹長らが失敗したらやってみようと思う程度のことがね」
護衛を強弁する彼が居ないのは何か任務についている証拠である、急ぎの上プレトリアスにしか出来ない役割なのだろうと大尉は解釈した。翌日、無事に尾行を終えたプレトリアスに金を持たせてハミドの所に行かせた。陸の仕事が急遽入ったため、もう一日チャーターを行うので待機をするように、と。
姿を現さなかったのを不審に思ったが現金を入れてきたのでにこやかにそれを受け取り翌日も待機を約束した。こうしておいて島と二人でこっそりとオランを抜け出してミューズへと帰還したのだった。
そこからまたヘリでランスロットにと着艦して各種情報交換の為に幕僚会議を招集してもらう。ジョンソン大佐を筆頭にリベラ少佐、トゥラー教授、アンダーソン中尉がテーブルを囲む。リベラが進行を行い各自の報告を始める。
「とある事故によりエージェントを利用可能になりました。チュニジアでの民主化計画は順調に進んでいます」
大佐に代わり中尉が不幸なテロを交えた内容を簡単に説明した。
「第六参謀長は不運だったわけだ。チュニスでの反共工作の一環として、共産党員の将校を指揮権がないスタッフへと転任させるよう呼び掛けています、概ね理解を得られました」
少佐が一つの可能性を潰しにかかりかなりの圧力が掛かったと結果を報告する。
「チュニスでの政党だが、私の教え子らが関係している議員らを通じて多数派工作を行わせているよ。今更イスラム法を導入しても国が制約を受けるだけだと説いて回っている」
大学の政治学講座に通っていた教え子らが十数人議員秘書になっていてね、と心強い言葉を添える。
「教授の采配に感謝します」
招いているだけに大佐がそう礼を述べる、トゥラーも祖国の為だと言うが満更でもない。
「では最後に自分が。アルジェリアでアブダビの居場所が判明致しました。現在ロマノフスキー大尉の統括でマリー少尉と大佐の部員で監視しております」
「なんと最早見付け出したか!?」
ことさら驚いてくれるジョンソンに笑みを返して頷く。
「兵を出して拘束するのでしょうか?」
もしそうなら現場にいきたいとの顔をしている中尉が質問してくる。
「それが街中、駅前でね。強行手段をとったら民間人を抱えて自爆されちまうよ」
自爆するのは勝手だが引き金がアメリカだと声明をだされると後々に面倒なことが起きてくる。ひとつ唸って中尉が考え込んでしまった。
「それではどうするのでしょうか?」
「少佐ならばどうする?」
丁度良いとばかりに教育を兼ねて説明をしようとする、大佐も黙ってそれを聞く態勢になり目を閉じた。
「狙撃による暗殺」
「二つに一つで弾丸がそれて仕留め損なったら?」
それで成功したならしたで良いが一定の確率で慮外の事態が起きるものである。
「警察によるガサ入れを」
「情報は癒着で漏洩するだろう、軍も然りだ。知れば逃げ出すぞ」
腕を組んで暫し考えるが中々自身が納得する内容が浮かんでこない。
「降参です。一体どのように?」
現場を踏んでいる数が少いのだろう、粘りけなく諦めてしまった。
「警察にガサ入れまでは一緒だよ」
「ですが逃走してしまうと」
「そう逃がすんだ」
訳がわからないと島の顔をまじまじと見てしまう。
「しかしどこに逃げるかわからないのでは?」
もっともな理由を主張する、今度はそれを一つずつ論破していこうと質問を浴びせて行く。
「少佐がテロリストの高級幹部だとして答えてくれ。隠れるなら寒村と都市どちらを選ぶ?」
「迷わず都市です、それもなるべく大きな」
「そうだ選択肢が広がるからな。警察からガサ入れ情報が入ったらどう逃げる」
オランを示し近くの都市を地図を広げて確認させる、意外と行き先はすくない。
「空港は使いませんすぐに捕まってしまう、海からスペイン行きなどはいかがでしょう」
「付近にミューズが居るがそれでも?」
現在確かにそのあたりに浮かんでいる、それが不気味であった。
「それは避けたいです。列車でアルジェは?」
「実は真夜中にガサ入れする予定でダイヤが無い」
それも不意打ちならば常套手段なので少佐が納得する。
「陸路、つまり車でモロッコへ越境、またはシディベルアッベスへ潜伏」
「シディベルアッベスにはテロ予告が昼間に出されて警備が厳重になるとニュースが流れるよ、あとアルジェリア軍がモロッコとの境で何故か大規模演習中だ。ですね大佐」
ジョンソンが小さく頷く、そんな手配がされていたのに驚いて残る南への道に進路をとるしかなくなった。
「では南へ国道を四百キロ余り行って未明に離脱を」
「現地の道路事情を知っていたら疾走は不可能だとわかるはずだが、灯りがない真夜中に砂漠を含む土地を車で移動するなら時速で三十から三十五マイル程度だろう」
地図を指すと砂漠で都市にまではまだ届かない。
「ガサ入れを○一○○に実施するとしてだ」
事前に漏洩して逃走したら夜明けでこのあたりだろう、と指差す。明るくなってから少し、一時間も走れば南の都市に到着する。
「大体のところそんな感じでしょう、途中から行き先を変えたくても燃料も補給出来ないですからね」
リベラ自らそう指摘する、スタンドなどどこにでもあるわけではないのだ。
「そこでだ、都市の手前に空挺兵を展開させる」
「最初の会議でそんな話をしていましたね」
リベラはそう言うが教授と中尉が素直に驚く。
「何も決まっていない段階でそこまでですか中佐!」
「なるほど、イーリヤ中佐は中長期の展望視野を備えているわけか」
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