第77話
「どこの人種かわかりますか?」
「さあそこまでは……喋っていたのは英語じゃなさそうですけど」
「その時に他に誰か居ましたか?」
「黒人客とそいつらだけです」
一瞬視線が違う場所に飛んだがはっきりと断言する。
「日時はわかるでしょうか」
これは帳簿を調べたら判るために確認を促す。ノートを捲ってこの日ですわ、とそのまま提示する、書き換える暇もなく未払い十人の赤字が書かれている。お借りして良いですかと既定路線の言葉を耳にした。
「防犯カメラなどはありませんか?」
「お客様が嫌がるからその類は御座いません」
確かに見張られているような感じがあったら不機嫌にもなるだろう。
「ご協力ありがとうございます、また伺うかも知れません」
アメリカ軍からの話でなければこんな捜査を直接担当するような階級ではない水野が嫌々頭を下げる。
「うちの上級曹長の言葉に信憑性はありましたか」
「事実の可能性が高いです。所轄に情報を集めさせます」
部下に指示すると一旦解散を申し出た為にそれを受け入れた。無表情で立っている者達全員が車に乗り込んで基地へと帰着する。日本の警察力は世界的に見ても優秀である。その捜査結果が出るのにさして時間はかからなかった。
丘陵公園、そのように表現するのがぴったりである。演習と言ってもその内容は多岐に渡る、戦車や戦闘機を使い大砲を発射するような時もあれば、山野に伏せてひたすら隠密活動を行ってみたりも。
今回はアメリカ軍からの提案で山間偽装や伏兵の合同演習で奇襲攻撃の訓練を予定している、明らかに島の意図からであるが書類上は常に討議の上合意により、そのようにまとめられている。
指揮官同士の顔合わせ挨拶で島は野戦仕様の顔料をたっぷりと塗った上に、戦闘服にヘルメットを目深に被って人相を解らなくしてカーライルを通訳に使いイーリヤ中佐を演じた。
自衛隊の川田二佐は真新しい軍服に素手で現れてアメリカ軍のやる気に動揺していた。以後は実務者の大尉同士が計画に従い演習を行う。司令部に戻ると直ぐに顔料を落として戦闘服から制服に着替えて上着を手に引っかける。
「随分な早変わりですな中佐殿」
ロマノフスキーがいよいよとばかりに面白がる。
「囮役を全力で務めてくるよ、規模の大きなイタズラだなこれは」
警察から龍王会の動員能力や幹部連中の情報をもらい、通報一本で待機中の人員をすぐにまわしてもらえるようにコネをつけてある。水野警視もこの日は待機してもらうよう要請してあった。
コロラド軍曹の諜報は末端視点からの経験深い内容であった、こちらが知らせたい情報を意図的に漏らし、あたかも龍王会側が調べたかのような状態で若頭に報告があがっているのだった。
その誤情報、ミスリードは、とある日本人の男が黒人と繁華街界隈によく出没しているとの内容である。それを聞いた若頭は一定地域を重点的に見回らせて男と黒人という組合せを捜索させていた。
戦闘服のズボンにランニング姿になった上級曹長は島と共に車に乗り込み演習地から少しだけ離れた繁華街へと向かう。それとわからぬように護衛分隊を先任上級曹長が率いて四台に分乗し後を追った。適当な場所に車を乗り捨てわざと人目をひくかのような行動をとる。
――ホンジュラスに引き続きピエロだな!
きっと大佐にまた笑われるだろうと予想しながら道路沿いにある店頭販売を見ては声を上げる。目の端に一般人とは少し違う風体の男が入る、懐から携帯を取り出してどこかに連絡しているようだ。
――食いついたな。
なるべくそいつを視界に収めながら近くをうろうろする、次第に半端者が集まりだして雰囲気が悪くなってきた。黒塗りの立派な外車が現れて止まる、どうやら若頭のお出ましのようだ。
プレトリアスに目で合図して繁華街の外へと歩き出す。それを追い掛けるかのようにチンピラがごっそり付いて来る。
――釣られすぎだろ!
写真で見た幹部がちらほら混ざっている、ならば最早間違いようもないだろう。ついに遮るような場所に三人が現れてゆっくりと向かってくる、十年前なら絶望に気を失ってしまうかも知れないような状態である。目の前の男たちを完全に無視して進もうとすると呼び止められる。
「待てや兄ちゃん」
「パードゥン、イングリッシュプリーズ」
そう言われても英語が話せるわけもなく、少し考えてから「ファックユー!」と殴りかかってきた。
――それなら通じるな!
笑いそうになりながら拳を避けて腹に一撃、顔に一撃くれてやる。隣では上級曹長が容赦なしで殴り飛ばし二人が鼻血を流して気絶して転がっていた。
駆け足で郊外へと向かう、最初は走って追いかけてきたが不健康の代名詞よろしくすぐにばててしまい、後続が車で仲間を拾って追いかけてくる。十分程頑張り野原が広がる丘にまで逃げると車が島らを追い越して先回りしてチンピラを吐き出す。
後ろを見るとそちらにも沢山の男が展開して逃がすまいとあたりを囲む、黒塗りの車が最後に人を割って止まり派手な格好の男がタバコをくわえて降りてくる。そいつが酒場にいた若頭だと確認するとスペイン語で話しかける。
「バーにいたやつが俺に何のようだ、愛の告白ならお断りだぞ」
「てっきり日本人かと思ったら日系人か。この状態を見て生きて無事に終わると思ってるならクレイジーな精神だって誉めてやるよ」
遠巻きにしてへらへらと笑うチンピラが痛い。
「龍王会若頭の金森だな。俺を探していたのは麻薬の話を聞かれたからというわけか」
「ああそうだ、だが安心したよお前が見つかってな。墓場にするには広くて快適な場所だ」
追従するかのようにギャラリーが下品な笑いをする。動員目一杯に少し足らない位で百人少々見当だろうか。
「インテリヤクザと言われてるなら少しは疑えよ。お前のことを知っている奴がこんな場所に向かって逃げると思うか?」
言われて男達があたりに注意を払う、少ししてとある場所を指差して何か居る、と声を上げた。
「罠があったとしてもこの人数相手にどうするんだ」
小馬鹿にしたような表情を浮かべて島を睨み付ける。
「そう思うならかかってこいよチンピラ。麻薬を扱う代償を支払わせてやる」
「減らず口を叩くな。お前たち足腰立たないようにやっちまえ!」
途中から日本語に切り替えて声を張り上げる。島が同時に右手を高く空に向かって掲げた。その直後に四台の車が猛加速して輪に突っ込み島の周りに急停車してプレトリアス伍長らが飛び降りる。
相手は小勢とばかりに勇んで詰め寄るヤクザ集団の輪の外に戦闘服を着てライフルを手にした軍兵が一斉に現れて英語でその場に伏せるようにと叫ぶ。遅れて自衛隊の部隊も展開して集団を無力化しようと銃を向け同じく伏せろ、と命じる。
「な、なんだこれは!?」
「アーミーだよ見たことなかったか?」
現れた兵と争いが始まるがヤクザと軍が戦うと警察とは違い容赦なしの軍が次々と叩きのめしていく。自衛隊員は躊躇して手を下せないが海兵隊は指揮官を護るために怒声を浴びせてノックアウトの数を増やす。
五分とかからずに鎮圧されて並べてころがされた男達を横目にカーライル中尉に偽装が甘かった部隊を指摘させる。
「さて五体無事だがそちらはどうだろう」
「米兵による暴力事件だな、明日になればさぞ右翼が喜ぶわけだ」
通報を聞いて駆けつけた水野警視の一団が大量に転がる男を見て驚く。見回すとロマノフスキー大尉が居たために駆け寄って事情の説明を要求する。
「ロマノフスキー大尉、これは一体どういう状況ですか」
「こいつらがこぞって二人を殺そうとしていたのを合同演習中の我らが阻止した次第です」
そう言って上級曹長と島を指してあの二人ですと加える。黒人がこの前のやつなのはわかったが、もう一人の日系人も会議室に居た奴だと気付く。
「おいお前たち、いくらなんでもこれはやりすぎだろう、ここは日本だぞ」
水野は二人に向けて開口一番威圧的に出る。先任上級曹長がそれを英語に通訳する。
「水野警視、我々は自衛権を行使しただけです」
「逸脱しているだろう、過剰な行使だ! ロマノフスキー大尉、こいつらに言い訳をしないように注意してやってください」
さも当然そうな顔でいるのに腹を立てた警視が米兵の様々な扱いを思い出してがなりたてる。
「しかし危害を加えられては大事ですが?」
「こいつら二人位いなくたってどうにでもなるだろう」
ついぽろりと本音を漏らしてしまい、先任上級曹長に通訳しないようにと慌てて告げる。だがグロックはそのまま通訳しないようにといわれままに通訳してやる。それを聞いたロマノフスキーが怒りを露わにして水野に詰め寄る。
「貴様、言うに事欠いて中佐殿が居なくてもどうとでもなるだと!」
「なに、中佐だって!?」
忠実に訳すグロックは一切の感情を込めないが驚きは見ていたら誰もが理解する。カーライル中尉が横から「海兵隊基地司令代理イーリヤ中佐殿です」と説明した。黙って見ていた島がようやく口を開く、だが英語を使用する。
「水野警視、彼らは米日地位協定の17条1ーaに従いアメリカ軍の逮捕者として扱う、よろしいな」
「そ、それは……我が国の司法により裁かれるべきだと確信しております」
若頭にもわかるようにスペイン語に切り替えて話を続ける。
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