第45話

「南部だと? よく調べてみるんだ、わかりませんでは済まんぞ」


 大統領が知らないと言う表情に偽りはなさそうだと判断する。


「了解しました、早急に調査を命令致します」

 ――では何故飛び火している?


「北部のクァトロが越境攻撃をしてきたら、ホンジュラスのアメリカ空軍基地からまた航空支援が始まるだろう、ベネズエラからの武器は北部に偏重配備させておけ」


 自らの職分を侵すような言葉に不快感を得たが黙って頷く、自分もそうするつもりだったからである。一機撃墜したら猛反撃を受けるのは必至であるが、兵に黙って死ねと命令するわけにもいかない。


 被害を与えて修理に数週間位が良いのだが、狙って出来るわけでもない。部屋を辞したウンベルトは防弾仕様のリムジンに乗り国家警備軍司令部へと戻る。自らの定位置に座ると部下を呼び出す。すぐに眼前に四十代前半で気力体力ともにバランスがとれた男が現れる。


「閣下直々のお呼びだし光栄に思います!」


 旧時代を感じさせるような言い回しに頷きウンベルトは胸を張る。


「大佐に任務を与える。チョルチカに拠点を構えるクァトロに対する専従の部隊を立ち上げるのだ」


 秘書官に口述筆記をさせて命令書を作成する。


「了解です。こちらから越境攻撃を仕掛けるのは可能でしょうか?」


 受動的と能動的どちらの性質かを確認しておく。


「儂の許可なくば越境は不能だ。防衛により致命的な傷を与えて結果を出してもらおう」


 防衛、即ち何事もなく時が過ぎてもそれはそれで成功とみなされるわけだ、大佐はより負担が少ない任務だと認識した。


「仰せのままに」


 秘書官が書類を作成すると一瞥してウンベルトがサインと司令官印を押す。


「よし、大佐は今から特殊部隊の部隊長だ、上手くいった暁には昇進を約束しよう。ニカラグアには能力に相応しい地位と権限を与える用意がある」


「はっ、必ずや結果を出させていただきます!」


 踵を鳴らして敬礼し命令書をありがたそうに抱いて部屋を出て行く。一息ついて受話器をとると伝える。


「儂だ、南部警備管区司令官に繋げ」


 数十秒待つと回線が繋がり落ち着いた声の持ち主が申告する。


「南部警備管区司令官です、閣下いかがなされました」


「うむ、ホンジュラスでクァトロと呼称するコントラが出てきた。だが南部でも勢力を広げていると報告があがってきているのだ、そちらで何か掴んではいないか?」


 地元の警察を指揮下に置いているため別系統の情報網を持っている。


「確かにちらほらと名前は聞きますな、さして活動は見当たらないのですが調査するようしましょう」


「そうしてくれたまえ、わかり次第報告を」


 そう伝えると通信を切断する、活動が無いならばそんな大きな勢力でもないのだろう。最後に首都警備司令官へと電話を繋ぐと工作員への監視強化と逆スパイとして攪乱をするものを数人用意するよう命じる。積極的防諜というやつで貝のように口を閉ざすよりも厄介な結果を招く。


 ただ無口には無口なりの利点があり相手にヒントを与えない部分は評価される。老獪なウンベルトが知恵比べを望んだのもまた理解できる、何十年と国を支えてきた自負と経験がそうさせたと。いささか疲れたのだがベネズエラへの返答もしなければならない、そう思い受話器を取ろうとすると直前にコールがあり出る。


「お祖父様ですかカルロスです、お母様とこれからお迎えにいくので一緒に買い物にいきませんか?」


「おおカルロスか、そうだなそうするか着たら下のロビーで待っていてくれ」


「わかりました、それではすぐに行きます」


 嬉しそうに電話を切るカルロスに早く会いたいと思ったウンベルトは、ベネズエラの件は明日でもよかろうと司令室からそそくさと出て行くのであった。



「こいつはいいな!」


 司令室に集まり広げられた布を見上げる。デザインに四苦八苦していたのだが攻略作戦に間に合わせる為に完成させたのだった。黒地なのが特徴で白に抜かれた四ッ星がクァトロを表現している。もちろん黒はオルテガ政権の汚さをイメージしているわけだ。


「気に入っていただけて幸いです、これで却下なら少佐に金がかかりすぎだと小突かれてしまいます」


 ハラウィ大尉が軽口を叩く一任していたのでひとまず終了を告げる。これを軍旗として戦うわけだから責任は重大で下手な真似は出来ない。


「一度で染め抜き出来るため簡単に生産可能になっています。必要なら変更もいたしましょう」


 いかにも支援要員らしい着眼点にオズワルト少佐の思考が窺える、きっと素材も丈夫な割には安価なのだろう。


「部隊番号でも入れますか?」


 ふーむと考えて中尉が呟く、旗に何かを追加するのはこのあたりの地域では常識なのだろうか?


「するとシリアルナンバーみたく全て違う番号にか?」


 島が不思議に思い確認する。ニカラグア将校以外は疑問であったが二人は何を言っているのかとの表情を浮かべる。


「そうです、そうしなければ誰の旗かわからないですよ」


 旗は個人の持ち物なのだとの認識が伝わる、ほぅと感嘆が漏れた。そうだ、と思い出してデスクにしまってあったあの旗を取り出して広げる。


「おやサンディニスタ解放運動旗じゃありませんか中佐」


 懐かしいものを見たとの感じで軽く答える。旗を広げきったとろこで少佐の顔色が変わる。


「司令旗じゃないですか! ……これはパストラ司令官からの贈り物ですね、昔は自分もこの旗の下で戦ったものです。しかし紛失したと聞きましたが持ってらっしゃったんですね」


 みなが珍しいものを見るようにジロジロと視線を送る。


「少佐、パストラ閣下の令夫人は現在ご一緒に暮らしているのだろうか?」

 ――ちょっと待てこれは老婆から貰った品だぞ!?


「いえ大分前にですが行方不明になられてしまいました。孫娘の赤子と共にです、もし生きていれば二十歳位になっているはずです。それが何か?」


 話が変な方向に行ってしまっているのため焦りが出てくる。


「何故行方不明になったのだろうか」

 ――はやとちりはいかん、そんな偶然があるわけがない!


「解放運動真っ只中で疎開なさっていたのですが、司令官に危険が及んでいた為に隠れて暮らして貰っていたのです。そのうち連絡がとれなくなり閣下も死んだものと諦めてしまいました」


 妻のことを思い出してしんみりとしてしまう。


「閣下の安全が確保されたら解決していたわけか……」

 ――司令官襲撃事件のことか、一番の苦痛は自身への攻撃ではなく愛する者を失う悲しみだからな。


「結果的にはそうですが今となっては。しかしそんな話を突然どうなされました?」


 明らかに逸脱した内容に疑問が沸き起こる、かといって誰も非難することはないが。


「ちょっとね、知っておきたかった部分があったのさ」


 島の様子がいつもと違うのを敏感に感じ取ったロマノフスキーが代わりに話を進める。


「攻略先はチナンデガ市だ大尉地図を」


 ハラウィが自ら作成したチナンデガの平面図を広げる。


「チナンデガは太平洋沿いニカラグア北部の港湾都市だ、チョルチカから最寄りの都市でもある。最初に攻略するには適当な場所となるだろう」


 とは言えこの街は海軍も駐留しているために戦力的には大きい。湾には多国の艦艇が立ち寄っており湾自体もニカラグア、ホンジュラス、エルサルバドルの共同地域になっている。

 つまりは艦艇が戦闘行為を行えない政治的国際地域であり、駐留海軍は戦いになると公海上へ真っ先に避難するのが考えられる。周辺の集落に浸透しつつ情勢が有利に傾けば一気に市街地に乗り込む構えである。


「チナンデガ東に強力な反米集落がある、そこを制圧するのが初期目標だ」


 先任上級曹長が地図上のポイントを示す。


「ここがその集落です、周りは平坦な森林地帯でこれといった地形上の注意はありません。首都から送り込まれた要員が武装して指導しているため、この要員を排除するのが必須事項でしょう」


 全てが全てを排除する必要がないのを説明し、指導員の名前や写真などを別途準備してあると付け加える。島もロマノフスキーもそこまで指示していなかったがそこはグロックの経験からの行動である。

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