第22話
「まさかそんな偶然はそうそうないさ。違う奴だろう」
そう仲間に返されて納得いかない顔で更に酒を煽る。入り口から二人組がやってきて黒服に「シーマ」と予約名を告げるのが聞こえた。
「おい今の奴シーマと言って奥にいったぞ、確か奴の名前はレジオンのシーマじゃなかったか?」
まさかと言って否定しているうちにアメリカ人らしき男が同じく「シーマ、ジャパニーズ」と奥へ案内されていった。
「間違いないあいつだ!」
今度ははっきりと三人ともが声を聞いた。顔を近寄せて「やるか」と好からぬ相談を始める。一人が席をたって武器になるような物を探しに外へと出掛けていった。
打ち合わせを順調に終えて握手を交わしているところに総支配人がコーヒーを持って現れた。わざわざ責任者自らが給仕とはおかしいと思った、その矢先に耳元で「トラブル三人組があなたを狙っています」と告げて退出していった。
「どうかしたかね大尉」
自己紹介をしているため甥っ子としてではなく階級で呼ぶ。
「皆様には申し訳ありませんが自分を狙うごろつきの類が三匹うろついていると注意を受けました」
そうかとコーヒーを口に運んで皆が落ち着いている。不意打ちならば危うげなところもあるが、事前にわかっていたなら遅れをとることもないだろう。
「少々食後の運動をしてきますので失礼」
島はテーブルから小瓶を握り席を立つ、さり気なくハリーリーの幹部も続いた、実力の程を見ておこうとのことだろう。レジがあるあたり、少しスペースが開けた場所に出ると挑発するような笑みを男達に向け外へ出る。馬鹿にされたと席を蹴り三人が連れ立って外へ向かう。前もって総支配人から指示を受けていた従業員は声をかけることもなかった。
「お前達は余程俺の人生に関わりたいらしいな」
路地で待ち受ける島は片手にテーブルから拝借した胡椒を握っている。ごろつきが囲むように距離を保ちながらじりじりと動く。
「まさか同じ場所で会うとはな! だが次はない」
すっと手品のようにナイフが現れた、それも三人ともである。陰で潜む幹部が懐に手をあててもしもの時の援護をしようと構えた。
「珍しく意見があった、確かに次はない」
いうが早いか正面の男に向けて足を踏み出す。ナイフを突き出してくる腕を小脇に抱えて関節とは反対に引き絞る。ゴギっと鈍い音をたて腕が明後日の方向を向く、その男は一秒ほどしてから異変を理解して泡を吐いて気を失った。
後ろから二人が同時にナイフを突き出す、気絶した奴を盾にして攻撃を回避する。手近な方を殴るふりをして胡椒を目に投げつけた、男は両手を目にあてて苦痛に悶えそのばにしゃがみ込む。
前回同様一番の手練が残る、だが全く負ける気がしなかった。繰り出す突きは引き戻しが早く腕を捉えることが出来ない、尻ポケットに手をやりレバノンポンド硬貨を何枚か握りそれを顔に投げつける。
かわすために一瞬気がそれた、その時大胆に距離を詰めて拳を振り上げて気合いの声を発する。だが実際には島は男のスネを強か蹴りつけた、折れた手応えがある、苦痛に顔をしかめる男は足を抱えてナイフだけを向けた。
「お前らとの勝負は既についていた、次付きまとうようなら容赦なく殺す」
冷たく言い放ち目を押さえている男の脇を思い切り蹴りつける。肋骨が数本折れた感触が伝わる。
「一人だけ無傷じゃバツが悪いだろうサービスだ」
そう吐き捨てて店へと戻ってゆく。幹部の男が「鮮やかなものですな」と声をかけて一緒に部屋と向かった。服装の乱れを直して小用でも足したかのような顔で席に戻る。ハリーリーが部下に目で問い掛けるが全く問題なしと返す。
「レバノンの未来に乾杯」
中将がそう音頭をとりグラスを傾け、三者の同盟が成立した。
◇
――人生とはわからないものだ。船で一国の大臣の令嬢と俺が今まさに結婚式を挙げている。
客船に飾りを付けて洋上結婚式の真っ最中である。パナマ船籍の客船を一日だけ借り上げて会場としている。現代のパナマを攻撃するのはアメリカを敵にまわすのと同義であり、そのために政治的に安全が保証されている。
列席者の殆どが新婦側の招待客であり、新郎側のテーブルには僅か数名しかいなかった。豪華絢爛な宴の費用は全て中将が捻出した。ずっと娘の姿に見ほれていて、さすがにこの時ばかりは父親になる。南レバノンでクーデターが起きることなどすっかり忘れたかのように何度も娘を見ては頷く。
制服の将校が副官に何か耳打ちして紙切れを手渡す。それをチラリと読んで中将のところへと進む。
「閣下、南レバノンで大規模な軍事行動があったようです」
表情を引き締めて「わかった」と答えて席を立つ。制服将校のところで詳しく報告を受けると驚いたような仕草をする、内心は全て既定路線で進んでいるとほっとしているが。ややあってお色直しと新婦が去ってゆくと中将は息子を伴って新郎のところへビール片手に近づく。
「始まったようだよ」
それだけ言ってコップにビールを注いだ。それを飲み干すと新郎も席を離れて舞台裏へと姿を消した。ロマノフスキーが進捗状況を確認して報告してきた。
「大尉、概ね予定通りなのですが気になる報告が混ざっていました」
「何があった?」
物事は予定通りに運ばないと百も承知である。
「レバノン南軍管区司令部周辺で機械化歩兵の演習が予定されていると」
大隊が解散させられてからも機械化歩兵中隊は所属を替えて存続していた。しかし大統領直轄であり軍事相が指揮権を握っているはずだ。中佐の方をみると疑問を肯定する。
「閣下に確認をしましょう」
すぐさま中将を捕まえて問題の部隊について問い質す。
「私はそんな命令は出していないし承認もしていないが?」
不思議そうな顔で答える、嘘をついている雰囲気もない。ふと向こうの角からスラヤが足早にやってくる。
「あなた」
「スラヤどうしたんだい急いで?」
何か話しづらそうなので肩に手をかけて中将らから少し離れて聞いてみる。
「あの……大尉が私に結婚をとりやめて自分と一緒になれって……」
「大尉? どの大尉だい」
すると中将の副官ラフード大尉だと答える。前々からアプローチをかけてきていたようだが断り続けていたそうだ。中将の副官だけに無碍にも出来ずにやんわりと拒否していたと。
――あいつか。……待てよ、奴なら中将の代わりに部隊に命令も出来るし、執務室の電話も使える。盗聴器も奴の仕業じゃないか?
「スラヤ、君はずっと前に俺に監視されてると教えてくれたね。あの意味を教えてくれるかい」
ゆっくりと喋り落ち着かせようとする。
「あれは父があなたを監視しようとしたの。でもあの後に私があなたのことを好きと告げたら取り止めになったわ。なぜ今それを?」
「理由は後で話す。閣下、すぐに副官の大尉を呼び出して下さい!」
中将に駆け寄り開口一番そう告げる。質問を発することなく携帯無線で呼び掛けてみるが反応がない。
「はて出んな、さっきまでは近くにいたがどこにいったやら」
「中将何も考えずに素直にお答え下さい。大尉に計画についてお話になっておりますか?」
軽く頷く、当然だろうと堂々と。
「自分の監視の為に盗聴器を仕掛けるのを中止する命令はされましたか?」
「――! なぜ君がそれを……いや余計な反応はいらないのだったな、もちろん中止させた」
――やつがやったのは明らかだ、ならばその最終目的は何だ! 考えろ答えはわりだせるはずだ。
俺を遠ざけてスラヤと一緒になりたい、さぞかし俺が失敗するのを待って責任追求して追放したいだろう。
ではどんな失敗がある? 今進行しているクーデター計画しかない!
これが没ならば結婚式も取り止めになりレバノンから指名手配されてもおかしくはないからな。
大尉が演習命令を出したのはこれの妨害の為では?
暫くぶつぶつと独り言を交えて推理を行う。
「閣下、ティールに駐屯しているはずの機械化歩兵中隊がナアコルスで演習と命令が出されています。大尉が閣下の名前で動かしたに違いありません。すぐに命令の撤回を! きっとハリーリーの増援を装った部隊を攻撃させるつもりです」
「何だって!? 何故彼がそんなことを?」
流石の中将も自身の副官が真っ向敵対するとの話には納得いかなかったようだ。
「それで計画が失敗したら全て外国人軍事顧問の責任にして謀殺するつもりなのですよ。そうしたらスラヤは未亡人になり奴は喜ぶでしょう、自分の目が出来たと」
「なんと馬鹿なことを……」
中将は心当たりがあったようでガッカリと肩を落とした。出力の高い長距離無線を使うために皆が艦橋へと足を運ぶ。司令部の使う周波数に合わせてみるが全く反応がない。
「故障させられている!」
突然スラヤが悲鳴をあげる。通信機に意識が向いていた瞬間にこちらの様子を窺っていたのだろうか、大尉が拳銃片手にスラヤの首に腕を巻いて「全員動くな!」と声をあげる。
「ラフード大尉、何を血迷ったか。スラヤを放して銃を置くんだ」
中将が諭すように呼び掛ける。
「閣下もう遅すぎます。遅すぎるのです。自分には生きる希望もありません、せめて島大尉を道連れにしたく思います」
島はチラリと見て操作盤の室内スピーカーのボリュームを最大にする。
「俺を殺したいだけならスラヤは解放してやれ。ほら胸をよく狙え、この距離で外したら笑い物だぞ!」
ここだと胸に手のひらを当てて挑発する。拳銃を向けて引き金を引く瞬間に日本語で「伏せろ!」と怒鳴りスピーカーのスイッチをオンにする。途端に機械音のノイズのような不快な音が室内に最大ボリュームで響く。
驚きで初弾を外してしまった。スラヤがすっと真下に腕から抜けて伏せると、猛ダッシュで島が飛びかかった。態勢を崩して床に転がり揉み合い、ややあって島が大尉の喉に膝を置いて思い切り体重を乗せると頸椎が折れて即死する。手から拳銃が落ちて暴発した。拳銃を拾ってあたりを見渡すと血の跡が、自らの体を点検するが撃たれてはいない。
「スラヤ!」
中将が叫んで駆け寄ると脇腹に被弾している、暴発した時のものだ。
「なにっ、スラヤ! ロマノフスキー中尉、船内に医者がいないか呼び掛けてくれ。ハラウィ中尉、君は機械化歩兵中隊への帰還命令を何としてでもだすんだ! 俺はヘリコプターの離陸準備をする」
咄嗟に思い付いた内容を指示する。
「いや大尉は彼女の隣に。私がヘリコプターの準備をしよう」
中佐がもしもの時のことを考えて役割を引き受ける。スラヤが虚ろな目で左右を見て手で何かを探す。島がその手を握る。
「すまん、もっと早く気付いてやるべきだった」
後悔先に立たずと言わんばかりに悔しがる。力無く笑みを浮かべてから浅く呼吸を続ける、致命傷ではあるがまだ助かる見込みがある。呆然とスラヤを抱きかかえる中将を見て自分がやらねばと島が思い立つ。
「閣下、軍事相として首都にクーデターの飛び火がないように警戒命令と対策本部を立ち上げる手配を」
「う、うむ。っ……」
副官にそう命令するようにと伝えようとして目の前で絶命していたのを思い出す。
「緊急事態につき島大尉から軍事相付として司令部に発令するように」
今の精神状態では適切な対応が出来ないと判断して委任する。予備回路を利用してハラウィ中尉がようやく通信に成功する。本来の指揮系統者ではないが、ハラウィ中将の息子が代理で緊急命令と言うものだから承諾したようである。
すぐに島が首都の司令部へと繋ぎ、情報の統合先としての対策本部を設置するようにと中将の命令を伝える。長は誰にするかと問われ淀みなく情報部長と独断で回答した。回線が情報部長の大佐へと回される。
「大佐殿、軍事相付の軍事顧問島大尉であります。たった今から大佐殿はレバノン南でのクーデター対策班を立ち上げ、首都に飛び火をしないように警戒する対策本部長に任じられました。軍事相が戻られるまでに可能な限りの善処を期待します」
機関命令だと一方的にまくし立てる。
「了解した。大尉、閣下はいつ頃お戻りになるかね」
副官が出ないのを怪訝に思いながらも事実を無視出来ないため承知する。
「ヘリの準備が整い次第すぐに戻ります。ですがまず病院に着陸してからになりますので、レバノン中央病院に医者を待機させてください最優先です」
気がついた為にまた独断で命令を出す。
「わかった手配しよう」
軍事相がクーデター対策より優先する人物が怪我をしたのだろうと解釈し余計な質問をせずに通信を終わらせた。ロマノフスキーが客の中から医者を探して駆け戻ってきた。沸騰した湯を冷ましてすぐに沢山持ってくるようにと医者に言われまた飛び出してゆく。
銃創部分の衣服を剥ぎ取りアルコールで消毒する。弾丸は貫通しておらず体内に残っていると診断された。
「設備が整った病院で手術の必要があります」
そう結果を述べたところで中佐が離陸準備が整ったのを知らせに戻る。
「閣下、事後承諾で申し訳ありませんが、レバノン中央病院のヘリポートに医者を待機させてあります」
「よくやった、すぐに向かうぞ!」
二人が上着を脱いで簡易担架を作ると四人掛かりで持ち上げ甲板へと運ぶ。スラヤに中将、島、医者が乗り込むと満員となったために船の後始末を中佐に頼むと一秒が惜しいと離陸した。
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