a:code
みどり
梅雨の話
ステージライトに照らされて、生真面目にひとつお辞儀をする。ステージの上で笑った記憶はない。
そこは私のために尽くしてくれる人に、報いるための場所。
緊張こそすれ、ステージを楽しんだ思い出はなかった。
楽しく、思うままにやってごらんなさい。
先生やお母さんは、ときおり私にそう語りかける。
それは、こうして優秀な成績を収めるよりも難しいことに感じて、コンクールを終えた私はとぼとぼと歩き出した
「あ、きたきたっ!お疲れ様ぁ」
ふわふわもやもや、まとまらない思考を明るくかき消したのは、興奮気味にこちらへ駆け寄ってくる女の子。
「春希ちゃん、来てくれてたんだ」
嬉しいな。どうだった?
そう聞かなくとも、次々とお喋りが溢れて止まらない様子に思わず笑ってしまう。
「それでそれで、演奏もだけど梅雨ちゃんの衣装もね…!梅雨ちゃん、なんで急に笑うの?」
「ううん、気にしないで。…続けて?」
「…?うん、それでね!」
「…っ」
本当に続けるんだ…。今度はお腹の底から、うずうずと笑いが止まらなくなってしまった。
話の腰をおられておへそを曲げた春希ちゃんに、どう機嫌を直してもらおうか考えているうちに
頭をうずまくもやもやはどこかへ飛んでいってしまった。
コンクールの帰り道、一緒に買ったアイスクリームひとつでご機嫌を最高潮まで取り戻した春希ちゃんと並んで歩く。
私もあなたのように、素直に笑って、素直に輝ける子になりたいな。
めいっぱいに目の前のことを楽しむ春希ちゃんに、明るい気持ちを分けてもらいながら、私の歩調は少しだけ軽く弾んだ。
--
「それでは、これが最後の曲になります。
みなさん、今日は楽しんでいただけましたか?」
ステージライトが私を照らす。息が乱れて揺れる視界と輝きに、集まる視線に、脈が速くなる。
「最後はもーっと楽しんで、私たちのことちゃんと覚えて帰ってね!私たちの名前は」
二人で立つステージは、私の世界を大きく塗り替えた。彩度を増した世界で、春希ちゃんが私を見つめている。
息を揃えて、私たち手を取り合って、最後は今日のめいっぱいで歌おう。
『a:code!』
ステージの上は、楽しくて仕方がないから!
a:code みどり @kiki3_rara
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