第886話 入ったコンビニで

 真人が高崎高校の最寄り駅で降りたことを確認し、タイミングをずらして有紗も電車を降り、真人に見つからないように駅に併設されたコンビニに入り、店員がメンテナンスをしていた横に立ち適当な雑誌を手に取り読むふりをして中から真人を確認する。

(なんとか中筋君は見失わずにすんだけど、婚約者さんはまだ……あれ?)

 有紗の目に、真人に向かって笑顔で走っている、高崎高校の制服を着た黒髪ボブの小柄な女子生徒が入る。

 その女子生徒……西蓮寺綾奈はそのまま真人に抱きついたのを見て、有紗は思わず目を見開いた。驚きすぎて顔を隠すのに使っていた雑誌を落としてしまった。

(あ、あの子が中筋君の婚約者さん!? うそ、予想より全然……すごく可愛い! 高崎高校一の美少女って聞いてたけど、女優の杏子ちゃんに全然見劣りしない……というか、人いっぱいいるのに中筋君にすごく甘えてる!)

 雑誌を拾いながらそんなことを思っていた有紗の耳に、隣にいたこのコンビニの若い男性店員のぼやきが耳に入る。

「あー、あのふたりまたやってるよ。うらやましいな……」

「え?」

 そのひとりごとに思わず反応した有紗と、自然と口から出たひとりごとを聞かれてハッとした店員の視線がバッチリと合った。

「あ、も、申し訳ありません! お恥ずかしいところをお見せしてしまって……」

「い、いえ。あの……あのふたりって、よくあんなふうに抱きついたりしてるんですか?」

 やらかしてしまったことで顔の赤くなったスタッフに、有紗はこれ幸いとばかりに聞き込みを開始する。

「え? そうですね。カレシさんがいつもこの駅に彼女さんを迎えに来て、会ったらいつもあんな感じで、僕ら駅内で働く者はもちろん、ふたりと同じ時間帯にこの駅を利用する人に、ふたりを知らない人はいないと思います。見たところお客様はカレシさんと同じ学校の生徒さんようですが、知らなかったのですか?」

「え、ええ。わたしはあのふたりより学年がひとつ上で、彼とまともに話したのも今日が初めて……って、なんか美少女が増えてないですか!?」

 スタッフから真人たちへと視線を戻した有紗だが、いつの間にかイチャイチャするふたりのそばに色素の薄いオレンジ色の髪をポニーテールにしたスタイル抜群のギャル……宮原千佳と、綾奈よりも小柄な朱色の髪をした美少女……八雲夕姫がいてさらに驚く有紗。

「あー、あのギャルの人は彼女さんの親友で、朱色の髪の人は三人の後輩らしいですよ」

「な、なんだか随分とお詳しいですね……」

 いくら真人と綾奈がこの駅の有名人と言えど、少し詳しすぎる店員に危機感を覚えた有紗は一歩距離を取った。

「い、いや勘違いしないでください! あの女性たちはよくここを利用してくれるので、会話が自然と耳に入ってくるだけですからね!」

 とんでもない誤解をされそうになり、店員は手をバタバタと振り、全力で否定する。

 その否定っぷりを信じた有紗は、店員との距離を戻し、信じてくれたことに安堵した店員がホッ息をついて言った。

「三人とも確かに可愛いですが、あのギャルの人もカレシがいるって聞いてますし、後輩の人は彼女さんしか目に入ってないっぽいですから。それ以前に僕は成人してますし、犯罪だから手なんて出しませんよ」

「でもさっき『うらやましい』って仰ってましたよね?」

 ふたつ以上歳上の店員にナチュラルにツッコミを入れる有紗。

「あんな可愛い彼女と毎日イチャイチャできるカレシさんが羨ましくない男なんていませんよ。それになんて言うか……あのふたりのイチャイチャは見ていて『他所でやってほしい』みたいな嫌な気分にならないんですよね。うまく表現できないんですが……」

「純粋にお互いを深く愛し合っているから、ですかね? 高校一年の時に婚約していますし」

「……え? あのおふたり、婚約してるんですか!?」

 真人と綾奈の内情を浅い部分では知っている店員も、どうやら婚約していることは知らなかったらしく、狭い店内に店員の大声が響く。

 数人の客と、あとひとり店員がいるのだが、全員が有紗の隣にいる店員を見る。

 だがその表情は『静かにしろよ』的な視線ではなく、真人と綾奈が婚約している事実を今知った驚きの表情だった。

「彼女さんの指輪は見たことないんですか?」

 真人が指輪をしていたのだから、綾奈も当然していると確信して聞いた有紗。もちろん店員も指輪をしているのは知っているようだったが……。

「もちろん知ってましたが、マジの婚約指輪だなんて思わないですよ」

「……言われてみればそうですね。って、もう電車に乗ろうとしてる!? すみません私はこれで。色々話を聞かせていただいてありがとうございました」

「え? ど、どういたしまして」

 四人が駅構内に入ったのを確認し、すぐにコンビニを出ようとした有紗だったが、色々教えてくれたのに何も買わないで出ていくのを申し訳ないと思ったのか、ペットボトルのお茶を購入し、コンビニを出た。

 その後、四人の地元の最寄り駅までの定期券を持っていない有紗は、急いで切符を購入し、発車ギリギリで一緒の電車に乗り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る