第855話 個と集

 長岩のコーナーキックから試合は再開。てっきりボールを飛ばしてくるかと思ったけど近くにいた長岩のクラスメイトにパスをし、そいつはボールを長岩にパスをした。あくまで個人技で突破する作戦か。

 クラスメイトを信頼していないのか、それともさっき俺に言ったように、高木以外はザコと認識しているから、クラスメイトの力を借りずとも俺たちに勝てると思っているのか。

 どっちなのかはわからないが、長岩の実力はたいしたもので、俺のクラスメイトふたりをあっという間に抜いてペナルティエリアに入ってきた。

 シュートを打たせまいと高木が長岩の前に立ちはだかる。さすがに次期エースと言えど、同じサッカー部を相手にすれば進行は止まる。

 俺は高木の加勢をしようと左側から長岩を止めようと走る。

「ふん!」

 だけど高木の一瞬の隙をついて高木をかわし、俺がいるのとは逆の方向にドリブルで進軍する。

 長岩と泉池のあいだに、俺たちのクラスメイトがひとりいたが、長岩はそのままシュート。あいだにいたクラスメイトの横をすごいスピードでボールが通りすぎ、泉池の手を伸ばすが届かず、ボールは俺たちのクラスのゴールネットを揺らしてしまった。

「高木。お前もろともお前のクラスを完膚なきまでに負かしてやるよ」

 そう言って長岩は自分の陣地に戻っていった。

「くそ……!」

 俺は地団駄を踏んだ高木の元に駆け寄る。

「あいつは徹底して個人技で攻めるつもりなんだな」

「あぁ……あいつはそういう節があるやつだからな。部活や試合ではあそこまでじゃないんだが……」

 実力があるから大言を実行できるんだろうな。

 なんだか以前の修斗と重なる部分があるな。

 修斗も、去年まではチームメイトにあまりパスは出さず、ひとりでボールを持っていくことが多かったって、俺の中三の時の担任でサッカー部顧問の先生が言ってたし。

 だけど修斗は変わって、今はチームの連携も取れて、先生も強くなると言っていた。

 いくら個人の実力が突出していてもサッカーはチームで戦うスポーツだ。どうしたって攻撃の幅も限られてくるし限界もやってくるのが早くなる。

 三組が『個』で向かってくるなら、俺たち一組は『集』で迎え撃つまでだ。

「俺だけじゃあいつには勝てない。だから連携していこうぜ中筋」

「もちろんだ」

 高木もチームワークで戦おうとしている。なら俺がやることはなんとかして高木にボールを繋げること、そして長岩を止めることだ。

 俺たちのボールから試合は再スタート。五分は過ぎてるから残り十分足らずであまり悠長にしていられない。

 かと言って守備を疎かにしていたら長岩にすぐに攻め込まれてダメ押し点を入れられてしまう。フィールド全体を見て動かないと命取りだ。

 ボールを持った高木に長岩はすぐさまマークについた。

 分が悪いと思った高木は近くにいたクラスメイトの……確かバスケ部にパスを出す。

 バスケ部がドリブルで上がっていくが高木は上がらない。いや、上がれない。

 長岩が高木をベッタリとマークしている。長岩は守備では高木を徹底して前に行かせない作戦か。

「お前させ行かせなければ、あとはザコばかりだ。鉄壁の防御を敷いとけばあいつらでは突破は不可能だろうぜ」

 長岩が言ったように、三組のメンバーは誰ひとりとして前線に上がらず守備に徹している。ボールを奪ったらすぐさま長岩にパスして攻めるようなゲームプランだ。

 学校行事の試合だからこそできる作戦だな。

 ボールを持っているバスケ部に三組の三人がマークにつこうとしている。

「くっ……!」

 バスケ部はたまらず左側にパスを出し、それを俺が受け取る。高木が長岩にマークされているから俺が持っていくしかない。

「真人!」

 俺がドリブルでゆっくりと上がっていると、少し離れた場所にいる健太郎が俺を呼んだ。

 健太郎を見ると、健太郎は頷いてみせた。

 それだけで何が言いたいのか大体わかった。

 マークされている高木はあまり動けないから、俺たちでやろうってことか。

 健太郎は前の試合、あまり自分から動こうとはしなかった。つまり特訓の成果を隠していた。多分こういう展開を見越してのことだったのかもしれない。

 とにかく今は健太郎と連携して敵陣に切り込んでいくしかない!

 負けたくない。たとえ負けても俺たちの打てる手を全て打ってから負けたい。

「健太郎!」

 俺は健太郎にパスをした。

 今までベールに包まれていた健太郎の特訓の成果が、ついに発揮される。

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