第796話 見張る綾奈

 夜。俺は自室にひとりだ。

 夕食前に風呂に入った俺は、夕食、テスト勉強を終え、今は綾奈がお風呂から出てくるのを待っている。

 ……それにしても眠い。昼間は本気の修斗を数時間相手にし、ご飯あとのテスト勉強時が眠気のピークで自然とまぶたが閉じそうになっていた。おかげで何度綾奈に心配と注意をさせてしまったことか……。

「ふわぁ~……」

 ピークは脱したものの、眠いものは眠い。今もあくびが止まらない。

 綾奈が出てきたらこの眠気もマシになると思う。だから今は眠らないように気を張っておかないと……。

「………………はっ!」

 い、いかん! 眠い!

 そうだ! こういう時こそ勉強をしよう。そうすればきっと眠気が紛れるはずだ。

 俺は立ち上がり背伸びをして、勉強机に向かい、そして数学の教科書を開いた。

「……」

 俺は静かに教科書を閉じた。

 数学はダメだ! 数式を見たら眠気が促進されてしまう。逆効果だ。

 ここは国語にしよう。漢字を練習すればいいだろう。

 そう思って国語の教科書とノートを開いた直後、部屋の扉が開いた。

「ただいま真人」

 入ってきたのは綾奈だ。手にはドライヤーが握られていて、髪はちょっとだけ濡れている。

「お、おかえり綾奈」

「……もしかしてまだ勉強してた?」

 綾奈はじと~っとした目で俺を見てくる。な、なんでだ?

「い、いや! 眠気を紛らわすために……。ノートを開いただけだからしてないよ」

「……わかったよ」

 綾奈は机に広げられているのが教科書とノートの本類だけなのを見て、俺の言葉を信じてくれた。シャーペンまで出してたらお説教コースだったかもしれない。なんでかわからないけど。

「じゃあ……はい。今日もお願いできる?」

 そう言いながらドライヤーを手渡してきたので、俺はそれを受け取り、今日も綾奈の綺麗な髪を乾かした。さっきのジト目が嘘のように、髪を乾かされてる綾奈はとてもご満悦そうな声を出してくれていた。

「ありがとう真人!」

「いえいえ」

 俺は立ち上がってコンセントからドライヤーのコードを抜くと、綾奈がまた俺を呼んだ。

「ん?」

 俺が振り向くと、綾奈は自分のすぐ右側の床をポンポンと叩いていた。どうやらこっちに来いと言っているみたいだ。

 これからイチャイチャタイムだと思ってちょっとドキドキしながらも、俺は綾奈のすぐ右隣に座った。腕と腕が触れ合っている。

 いつものパターンだと、綾奈が俺の腕に抱きついて来ると思っていたんだけど、今日の綾奈は違っていた。

 綾奈は一度立ち上がり、あぐらをかいている俺の足の隙間に座り、俺の胸にもたれかかってきた。

「あ、綾奈!?」

 この体勢もちょっと久しぶりなのでちょっとドキッとする。

「今日はもう真人が無茶しないように、私がこうやって見張ってます」

「え?」

 む、無茶って、確かに昼間はだいぶ無茶して、そのせいで眠気がすごいことになったけど、家に帰ってきてからは普通に過ごしたつもりだったんだけどなぁ。

 あ、もしかしてさっき俺にジト目を向けていたのも、自分が戻ってくるまで昨日みたいに勉強していたと思ったから?

 だとすれば合点がいく。どうやらアレも綾奈には俺が無茶していると思ったようだ。

 綾奈は横目で俺を見て、少しだけ頬を膨らませながらこう言った。

「今日、真人はもうゆっくりしないとダメだからね? これ以上は、本当に心配しちゃうから……」

 最初は頬をふくらませていた綾奈だけど、途中から声が弱くなり眉も下がった。

 ……そうだよな。綾奈にかっこいいところを見てほしいと頑張るのは間違ってないけど、頑張りすぎはいけないよな。

「ごめんね綾奈。今日はもう本当に勉強もサッカーの練習もしないから」

「……うん」

 綾奈は頷いて前を向き、また俺にもたれかかってきた。

 ……それにしても、見張ってるのか。

「見張らないといけないのなら、イチャイチャはしないの?」

「……むぅ!」

 綾奈はさっきよりも頬をふくらませて俺の右ももをペチンと叩いた。

 うん。わかってはいたけど、やっぱりイチャイチャはしたいみたいだ。

「……真人のバカ」

「ごめんごめん。もう言わないし、俺も綾奈とイチャイチャしたいから許して」

「……ちゅうしてくれたら許してあげる」

「いいよ。喜んで」

 俺たちはこの体勢のまま、唇を重ね、すぐに舌を絡ませた。

 数分後に唇を離し、優しく頭を撫でたら綾奈はふにゃっとした笑みを見せてくれて、機嫌は完全に直してくれていた。

 それからもイチャイチャし続け、気がつけばまた日付が変わる前だった。

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