第768話 体育祭の話

「それはそうとお兄ちゃん。高崎高校って今月体育祭があるの知ってた?」

「いや、知らない。今月にあるんだ」

「うん。二十八日の日曜日だよ」

 へぇ。高崎はこの時期に体育祭をやるんだな。うちの高校は秋にやるのに。

 秋といっても残暑が厳しいなかやるからなかなかキツいんだよな。

 五月のすえなら、まだ本格的に暑くなる前だから、そこまで汗もかかなさそうだし、熱中症の心配もほとんどない。

 いいなぁ……。うちもこの時期に体育祭やってくれないかな? 球技大会の代わりに。

 日曜日だと、当然だけど俺は休みだけど、見に行けたりするのかな?

「ねえ綾奈」

「なぁに真人?」

「その体育祭。俺みたいな外部の人間も見に行けたりする?」

「えっと、家族なら大丈夫だよ」

 家族!?

「えっと……それは俺、どっちなんだろう?」

 綾奈とは婚約していて、お互い夫婦って認識だし、弘樹さんと明奈さんは俺を『息子』って呼んでくれる時があるし、高崎の教員の麻里姉ぇにも『義弟』と呼ばれてる。

 だけど実際のところは本当の家族じゃない。家族でなければ俺は綾奈の勇姿を見ることができない。

「美奈。お前一年飛び級できないか?」

「無茶言わないでよ……」

 くそ、やっぱり無理か。

 美奈が今年から高崎生だったら、こんなにも頭を抱えなくて済むのに……!

「じゃあ、お姉ちゃんに確認してみようか?」

 そうか。麻里姉ぇに聞けばいいんだ! 麻里姉ぇならそこら辺もきっと知ってるだろうしな。

「綾奈、お願いできる?」

「もちろん。真人が乾かし終わったらお姉ちゃんに電話してみるね」

 そうと決まれば、綾奈の髪を早く、それでいて丁寧に乾かそう!


「わかった。ありがとうお姉ちゃん。うん、またね」

 綾奈の髪を乾かし終え、そして今、麻里姉ぇとの会話が終わったようで、綾奈はスマホを耳から離した。

「綾奈。麻里姉ぇはなんて?」

「お母さんたちと一緒に来れば問題ないと思うって。うちの学校の先生も、厳しく取り締まることもしないと思うから」

「マジで!? やった!」

 これで綾奈の活躍が見れるぞ。二十八日……楽しみになってきた。

「お義姉ちゃんが出る競技って決まってるの?」

 それも気にはなっていたけど、美奈が先に質問をした。

「まだだよ。週明けのホームルームで決めることになってるんだ」

「そうなんだ。じゃあ来週のお楽しみだ」

「でもリレーとかの競技は運動部の人や、ちぃちゃんのような運動神経がいい人が出るから、私が出るとしたらそこまで得点に関わる競技じゃないと思う」

「それでも、俺は綾奈と綾奈のチームを全力で応援して、綾奈が頑張ってる姿を目に焼きつけるだけだよ」

「か、活躍できるかはわからないけど、真人が見てくれるから、頑張るね」

 綾奈は胸の辺りで、両手で握りこぶしを作った。

 でも、五ヶ月近くほぼ毎日ランニングをしているから、そんな綾奈が活躍しないはずがないと思うんだけどな……。

 そんなことを考えながらお嫁さんを見ていると、気合いを入れていたのに、突然眉を下げてしょんぼりした顔になった。

「どうしたの綾奈?」

「うん……私は球技大会で活躍する真人を見れないなって……」

 な、なるほど。それで気落ちしていたのか。

「か、活躍はしないと思うけどね」

 めちゃくちゃ可愛い理由で、思わず抱きしめたくなってしまったけど、美奈がいるからここは我慢だ。

 俺も、綾奈に来てもらって応援してくれたら、もしかしたら本当に活躍するかもしれないけど、体育祭とは違って授業の一環だからなぁ。

「さすがに来るのは無理かなぁ。平日だし」

「理由はそれだけじゃない気もするけど……まあいいや。それよりお義姉ちゃん。風見の誰かに動画撮ってもらったら?」

「動画?」

「うん。一哉君と清水先輩と香織さんは同じクラスだから無理かもだけど、茜ちゃんか杏子お姉ちゃんなら撮ってくれそうじゃない?」

「そっか! じゃあ早速杏子さんに───」

「いや、さすがに球技大会にスマホは持ち込めないと思うよ」

 杏子姉ぇに連絡しようとした綾奈にそう伝えると、綾奈がまたしょんぼりしてしまった。何度も落ち込ませて心が痛むけど、今伝えた方が落ち込みも幾分マシだと思って伝えた。

「ちょっとお兄ちゃん! お義姉ちゃんがまたしょんぼりしちゃったじゃん!」

「いやこれはどのタイミングでも仕方な───」

「あっ!」

 美奈の講義に反論しようとしたら、綾奈が何かを思いついたようで大きな声を出した。

 突然のことで、俺たち兄妹は驚き綾奈を見る。

「び、びっくりした。どうしたのお義姉ちゃん?」

「莉子さんがいた!」

「……あぁ、なるほど!」

「お兄ちゃん。莉子さんって?」

「風見の音楽教師で、麻里姉ぇとは友達なんだよ」

 確かに坂井先生なら問題なくスマホを携帯できる。球技大会の撮影係としてこれ以上うってつけの人はいない。

 坂井先生の撮った動画を綾奈に送れば、綾奈の望みを叶えられる。

「ところで綾奈は坂井先生の連絡先、知ってるの?」

「……知らない。そうだ、またお姉ちゃんに───」

「夜に何度もかけるのは姉妹といえど控えた方がいいよ。まだ日もあるから、明日部活で言えばいいと思うよ」

「……うん。そうだよね。ありがとう真人」

「いえいえ」

 この話が一段落したタイミングで、美奈が自分の部屋に戻っていった。

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