第765話 雛の心配ごと
「ところで雛先輩。専門学校はどうですか?」
俺が気になっていたもうひとつのこと……雛先輩の向こうの学校でのこと。
衣装系の専門学校に行ってるけど、授業はどんなのがあるのかとか、友達が出来たのかとか……色々気にはなっていた。
まぁ、雛先輩の作る衣装はマジでクオリティが高い。去年の風見の文化祭で貰った、あの執事服の完成度たるや、コスプレショップや本物の執事さんが来ている服と遜色ないほどだ。……コスプレショップに行ったことないし、本物の執事さんも見たことないけどな。
「私も気になってました! 雛さん。教えてください」
綾奈も聞きたかったらしく、ちょっと前のめりになったかと思ったら、俺の肩に顎を置いた。初めてのことでちょっとドキッとする。ものの数秒で離れたんだけど、また今度やってもらおうかな?
「学校も楽しいわよ~。学ぶことも多いし、服もいっぱい作れるし~。お友達もできたわ~」
「そうなんですね。それを聞いて安心しました」
やっぱり問題ないみたいだな。きっと向こうでも人気者に違いない。
人気者故に、男からいっぱい言い寄られてそうだけど、その辺りは大丈夫なのかな? これは俺からは聞けない内容だから、雛先輩の言葉通り、楽しくやってると信じるしかない。
「これからいっぱいコスプレ衣装を作っていくから、真人君も綾奈ちゃんも、必要な時は言ってね~」
「は、はい」
「わかりました」
コスプレ衣装が必要な時っていつになるかはまったくわからないけど、雛先輩の厚意を無下になんてできないから、俺も綾奈も頷いておいた。
俺たちの返事に微笑み頷いた雛先輩だったけど、次の瞬間にはとても心配そうな表情で俺を見て、こう言った。
「真人君。あれから合唱部の人たちとはうまくやれてるのよね?」
「あ……」
雛先輩……もしかしてあれからずっと、そのことで俺を心配してくれていた?
あの件があったその日にグループチャットでみんなにことのあらましを説明して、杏子姉ぇや香織さんは怒っていて、その反面清水姉弟は心配してくれていた。
特に雛先輩の心配のしかたがすごくって、向こうでの生活が始まってまだ三日目だったのに、俺を心配して『こっちに帰る』なんて言い出したのだから。
もちろん断ったけど、あれは本当に嬉しかったのは事実だ。
そして今もすごく俺を心配してくれているのが表情からも、そしておっとり口調じゃなくなっていることからもわかる。
「事件のことを聞いた時から今まで、本当に心配してるの。解決したってメッセージで見た時は安堵したし、ここに来るまでの道すがらで健ちゃんにも聞いて、今は本当に他の部員と仲良くしていると聞いたわ。もちろんあのメッセージも、弟の言葉も疑ったりなんてしないけど……私は、真人君の口からちゃんと聞きたいわ」
「雛先輩……」
「雛さん……」
ただ一言『うまくやってる』と言えばいいのに、雛先輩の本気の心配に、五秒くらい固まっていた。
すげーな雛先輩。本当に優しい人だ。RPGなんかだと『慈愛の女神』なんて二つ名が与えられそうだ。
びっくりしすぎてよくわからないことを考えてしまったけど、これ以上の沈黙は逆に雛先輩の心配を煽ってしまうので、俺は雛先輩の目をまっすぐみて、こう告げた。
「はい。もう心配いりません。部員のみんなとはちゃんとコミュニケーションを取れてますし、部の雰囲気もいいです。全国で高崎に勝つために、もっともっと頑張りますよ」
「……」
雛先輩は何も言わず、黙って俺を見ていた。
俺は言い終わると、チラッと綾奈を見た。
綾奈はにっこりと微笑んでいたけど、次の瞬間には俺の手を離し、俺の腕に抱きついて顔を近づけてきた。
「私も……私たちも風見に負けないからね」
俺たち夫婦は笑い合い、それから雛先輩に向き直ると、雛先輩は先ほどの表情が嘘のように、俺たちにその美しい笑顔を見せていた。
「ありがとう真人君、綾奈ちゃん。うん、もう心配はいらないわね。私も風見と高崎を応援するから、頑張ってね~」
「「はい!」」
雛先輩の表情は、まるで憑き物が取れたかのように晴れ晴れとしていた。
それからしばらくは、雛先輩と楽しく会話し、雛先輩と出会ってから卒業するまで以上の言葉を交わすことができた。
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