第722話 ふたりのキューピット

 中村が帰ったあと、俺たちは一度駅を出た。

 空はすっかり茜色に染っていて、スマホで時刻を確認すると、もう夕方の五時を過ぎていた。

 解散しない理由……それは、なんか江口さんたちが俺たちに聞きたいことがあるみたいだからだ。

 早く帰らないと空が暗くなってしまう。女の子に夜道は危ないから、俺は早速本題に移すため江口さんに聞いた。

「それで江口さん。聞きたいことって?」

「うん! 昼休みに夕姫ちゃんが言った、『中筋君は不真面目』を綾奈ちゃんが肯定してたのがどうしても気になってね!」

「あ、その話、したんだ」

 八雲さんの肩が跳ねたのが横目で見えた。彼女はあまり話したくない内容だろうな。

「中筋君が不真面目……やっぱり全然イメージない」

「あたしも。綾奈ちゃんがアレを肯定したのがいまだに信じられないわ」

 一宮さんたちもザワザワしてるな。

 それだけ俺がみんなに『真面目』と思われていると考えると、ちょっと嬉しくなる。

 それはそうと、みんなが気になっている以上、話さないわけにはいかないが、その前に。

「八雲さん。聞きたくない話なら、先に帰っても大丈夫だよ」

「……え?」

 俺は八雲さんに先に帰るように促してみた。

「綾奈を怒らせてしまった……八雲さんには精神的にキツくなる内容だと思うからさ。辛いなら───」

「い、いえ! 私も残ります! その……確かに綾奈先輩に怒られて、それを思い出してまだちょっとビクビクしちゃいますけど、でも知りたいんです! 中筋先輩を不真面目と思っていた綾奈先輩が、どうして中筋先輩を好きになったのかを……!」

「八雲さん……」

 彼女の目はどこまでもまっすぐで、本当にそれを知りたがっていると感じた。

 どうやら余計なお世話だったみたいだな。

「そっか。ごめんね」

「い、いえ! お心遣い、ありがとう、ございます」

 まっすぐな目をしたかと思ったら、八雲さんは目を見開いて、そして俺から目を逸らした。

 それにしても、なんで言葉が尻すぼみになったんだ? まぁ、いいか。

「じゃあ綾奈…………綾奈?」

「むぅ……」

 俺と手を繋いでいた綾奈は、なぜか頬を膨らませて俺の腕に抱きついてきた。

 仲直りしたのに、なんでまた八雲さんを睨んでるんだ?

「この人たらし……」

「何か言った千佳さん?」

「何も言ってないよ! ほら綾奈、早く話して帰るよ」

「わかったよちぃちゃん!」

「?」

 なんなんだろうな一体?

 でもマジで暗くなるから、早く解散するのには賛成だ。

 それからすぐに、綾奈は俺を不真面目だと思った理由、そしてそこから俺を好きになってくれた理由を話した。

 よく遅刻ギリギリで登校し、テストの点数も悪かったから俺を不真面目と思っていたこと。

 ある日、綾奈が珍しくいつもより遅い時間に登校し、その途中、歩道橋の上に俺とおばあさんが立っていて、俺がそのおばあさんと一緒に学校とは真逆の方へ歩いていったこと。

 俺の遅刻ギリギリの理由を知った綾奈は、そこから俺が気になりだし、自然と俺を目で追うようになって、気付いたら恋に落ちていたこと。

 そしてそのおばあさんが、綾奈の実祖母だったことを。

 綾奈の話を相槌を打ちながら聞いていたみんな……最初に感想を言ったのは江口さんだった。

「……す、すごいね中筋君! そんなことしてたんだ!」

「ま、まぁ……放っておけなくて」

「でも、誰にでもできることじゃない」

「本当に……あたしも素直に尊敬するわ中筋君!」

「く、楠さん、金子さんまで……!」

 というかここまで褒められることをした覚えがないんだが……。初めてさちばあちゃん……新田にった幸子さちこさんに声をかけた時も、マジで自然と体が動いていたし。

「でもこれは運命です!」

「い、一宮さん?」

 一宮さんたちを見ると、みんな目をキラキラさせて感動している。

「真人神様がお散歩のお手伝いをしていたおばあさんが、まさか西蓮寺先輩のおばあさんだったなんて!」

「これはもはや! おふたりは結ばれるべくして結ばれて、西蓮寺先輩のおばあ様がおふたりを繋いだキューピットなんですよ!」

「あぁ、それは俺も思ってるよ」

 幸ばあちゃんの散歩の手伝いをしていなければ、今の幸せはなかった。

 だから俺は、幸ばあちゃんが俺と出会ってくれたことは、本当に感謝しかない。

「一宮さんが言ったように、私も運命って思ってるよ」

 綾奈は俺の腕を離し、俺に熱い視線を送ってきた。

「綾奈……」

「真人……」

 俺はドキドキしながらも、綾奈の両手を俺の両手で包み、手を胸の高さまで挙げて見つめ合う。

「はいはい! 続きは帰ってからしなって!」

 千佳さんが手をパンパンと叩きながら突っ込んでくれたことにより、俺は現実に戻ることができた。

 あ、危なかった……あのままいけば、多分綾奈とキスをしていたかもしれない。

 さすがにみんながいる前ではできない!

「ご、ごめん千佳さん! みんなも」

「ご、ごめんね。あぅ~……」

 空がだんだんと夜に染まってきた頃、話も一段落したので江口さんたちと別れ、俺たち六人は電車に乗って自分たちの家えと帰った。

 当然ながら俺は綾奈の家まで送って、玄関前で綾奈とちょっと激しめのキスをしてから、名残惜しい気持ちを堪えながら自宅へと戻った。

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