第161話 覚悟を決める真人

 観覧車の中に入った俺たちは、隣同士ではなく対面で座っていた。

 この観覧車は遊園地にあるような大型のものではないが、速度が比較的ゆっくりなので、一周するのに十五分程の時間を要するとネットに書いてあった。

 つまり、あと数分で勝負に出なければいけない。

 呼び捨てにするのもだいぶひよってしまった俺だが、ここでそれを発揮してはいけない。

 綾奈の返事がどうであれ、俺は『綾奈とずっと一緒にいたい』という気持ちを、このボディーバッグに入っているプレゼントと共に伝えるんだ。

「うわー。夜景が綺麗だねー」

 綾奈の言葉で我にかえった。

 さすがデパートの屋上に設置された観覧車。まだ全然下の方なのに、ここからでも夜景が一望出来る。

「そ、そうだね」

 俺は緊張からそんな返事しか出来なかった。ここは『君の方が綺麗だ』とかベタなセリフで返すべきだろ……って思ったけど、さすがにそんなキザなセリフは俺には似合わない。それでも綾奈は「えへへ」と照れてくれるだろうけど。

 綾奈は夜景でテンションが上がったのか、立ち上がり、窓の方を見る。

「急に立つと危ないよ」

「手すりにつかまってるから平気だよ。それに───」

 途中で言葉を区切った綾奈が、その美しい双眸で俺の方を見る。

「何かあっても、あなたが助けてくれるから。だから私は安心していられるの」

「っ!」

 そんな優しく微笑みながらそんなことを言われたら……綾奈への愛しさがどうしようもなく溢れる。今すぐ抱きしめてキスをしたい。でも、ここで本能に身を任せたらプレゼントを渡すどころではなくなってしまう。

「もちろん。何があっても綾奈を守るよ」

 俺は理性を総動員して、笑顔でそう答えた。

 しかし、さっきの「あなた」はどっちの意味なんだろう?

 綾奈はいつも、俺を『真人君』と呼んでくれる。たまに『あなた』って呼んでくれる時があるけど、それは未来の旦那様的な意味があると知っている。

 ……ってことは、やっぱりさっきの『あなた』はそういう意味で解釈しても良いってこと……だよな?

 もうすぐ一周の四分の一が終わる。

 俺はこのタイミングで一度下を向き、大きく深呼吸をして、眼鏡を外し、綾奈に向き直った。

「綾奈」

「なに……え?」

 俺の声で振り向いた綾奈は、俺がいつになく真剣な表情をしているのを見て驚いていた。

「大事な話がある」

 真剣な表情、そして真剣な声音の俺を見て、綾奈は生唾を飲んで俺の対面に座った。

 両手のひらの汗が凄い。喉がカラカラになる、足が震える、心臓が緊張でバクバクいっている。

 正直、高崎の文化祭の大告白祭より、その後のちゃんとした告白よりもさらに緊張している。

 緊張が最高潮に達している中、俺は口を開いた。



 真人君と観覧車に乗った。

 デパートの屋上に設置されている観覧車は、少し上がるだけで辺りの夜景を一望出来る。

 こんな素敵な夜景を、大好きな真人君と一緒に見れるなんて夢みたい。

 この時間がずっと続いてほしいな。

 観覧車に乗り込んですぐに、私は夜景を見るために立ち上がって窓の方を眺めたら、真人君が「急に立つと危ないよ」と言って、心配してくれた。些細な事だけど、私を気づかってくれて嬉しかった。

 そんな真人君の言葉に対して、私は「何かあったら、あなたが助けてくれるから。だから私は安心していられるの」と返した。

 真人君を頑張って呼び捨てにしようとするけど、なかなか呼ぶことが出来ない私は、つい『あなた』と言って逃げてしまった。

 真人君はさっきの『あなた』をどう捉えたのかな?やっぱり結婚している女の人が旦那さんに言う『あなた』で解釈したかな?そっちで捉えたとしても、いずれ私たちは結婚するから問題ないけどね。

 夜景を堪能していたら、突然真人君が真剣な声音で私を呼んできた。

 真人君の方を振り向くと、とても真剣な表情をしていて、さらに眼鏡を外していた。

 真人君の大事な話ってなんだろう?

 私は真人君の対面に座り直し、ドキドキしながら真人君の次の言葉を待った。

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