第141話 お泊まりの約束

 時刻は夜の八時を回っていた。

 夕食を食べ終えた俺は、西蓮寺家のリビングでくつろいでいた。

 片付けを手伝おうとしたけど、明奈さんに「今日は自分の家だと思ってくつろいでちょうだい」と笑顔で言われたのでお言葉に甘えることにしたわけだ。

 俺の隣には綾奈がいて、手をつなぎながら一緒にテレビを見ていた。

 ちなみに弘樹さんはお風呂に入っている。

 片付けを終えた明奈さんが、俺たちのところにやってきた。

「真人君、もう遅い時間だけど、どうする?」

 確かに、今から家に帰っても時間的に特に何かを言われることはないと思うけど、いつまでもここにいるのはお二人のご迷惑になるかもしれないから、そろそろおいとましようと思っていた。

「そうですね。そろそろ帰ろ───」

 俺は言葉を途中で止めた。正確には止めざるをえなかった。

 その理由は、立ち上がろうとした俺を、綾奈が上目遣いで俺の腕を掴んで阻止したからだ。

 どうやら綾奈はまだ離れたくないようだ。俺も本心では綾奈と同じ気持ちだ。

「綾奈、真人君が困ってるわよ」

「……むぅ」

 明奈さんが注意をしても、綾奈は俯いて俺の腕を離そうとしない。

 さて、どうしたものかと考える。

 すると、俺の頭の中である提案が閃いた。

 今すぐどうこうするって事じゃないけど、これなら綾奈は喜んでくれるし、俺も綾奈と一緒にいられる時間をグンと増やせるから嬉しいのだが、これには綾奈のご両親と、俺の両頬の許可がいる。

 でも、やっぱり綾奈と一緒にいる時間を増やしたいと思った俺は、その提案を口にした。

「綾奈」

「……なに?」

「……冬休みの間さ、うちに泊まりに来る?」

「ふぇ!?」

「まぁ!」

 まぁ、当然ながら二人は驚いていた。

「もちろん綾奈のご両親や、うちの両頬や美奈の許しがいるけど、もし許可が出れば冬休みの間はずっと一緒にいられるから、どうかな?」

 俺の提案に、綾奈は最初こそ驚いて目を見開いていたけど、次第にその瞳が潤んでいった。

「い、行きたい!お母さん!」

 綾奈は明奈さんの方を見て懇願した。

 それを見た明奈さんは「うーん」と言って、どうするか考えていた。

「お父さんと、真人君のご両親の許しが出たらいいわよ」

「! ありがとうお母さん!!」

 綾奈は喜びのあまり、明奈さんに抱きついていた。

 とりあえず明奈さんの許可は得ることが出来た。あとは弘樹さんだ。

 俺たちは弘樹さんが風呂から上がるのを待った。


「いや~いい湯だった。ん?三人ともどうしたんだ?」

 弘樹さんは上機嫌で風呂から出てきたが、俺たち三人が真面目な表情で弘樹を見たから、それを見た弘樹さんは首を傾げていた。

「弘樹さん。実は───」

 俺は、冬休み中のお泊まりの件を弘樹さんに話した。

「───もちろん、以前弘樹さんと交わした約束はきちんと守ります。だからどうか、綾奈がうちに泊まるのをお許しいただけないでしょうか!?」

 そう言って、俺は弘樹さんに頭を下げた。

 俺は弘樹さんと初めて会った風見高校の文化祭の日、綾奈との交際の条件として二つの約束をしていた。

 一つは綾奈を泣かせないこと。これに関しては既に何度か泣かせているが、綾奈は嬉し泣きと言っていたのでまだ約束を違えていない。

 そしてもう一つは、高校生らしい、節度ある交際をすること。これに関しては弘樹さんのボーダー次第なのだが、キスまでしかしていないので、これもまだセーフなはずだ。

「…………」

 弘樹さんは今までの上機嫌から一変、真面目な表情で俺と綾奈を交互に見ている。

「お父さん、お願いします!!」

 綾奈は勢いよく頭を下げて、弘樹さんにお願いをした。

「…………わかった」

「「っ!」」

 弘樹さんの言葉に、俺と綾奈は揃って頭を上げた。

「いいの?お父さん」

「あぁ。二人の本気は伝わったし、真人君は俺との約束を反故にする子じゃないと理解してるから。真人君。冬休みの間、綾奈のことをよろしく頼む」

「は、はい!ありがとうございます弘樹さん!!」

「ありがとうお父さん!」

「ああ。綾奈も、真人君とそのご家族に迷惑をかけないようにな」

「もちろんだよ!」

 一番懸念していた弘樹さんの許可を得ることが出来た。後は俺の家族の許可だ。

 うちの家族は全員綾奈に好印象を持っている。綾奈のご両親の許可を得ていると話したらそっちも許可を出してくれるだろう。

「あ、そうだ」

 何かを思い出したように、綾奈が口を開いた。

「今日カラオケの時に言っていたCDなんだけど、今貸すから……わ、私の部屋、来ない?」

「へ?」

 突然の綾奈のお誘いに驚き、俺は素っ頓狂な声を出してしまう。

「……えっと、お二人とも、……いいでしょうか?」

 綾奈の部屋に行くと言うことは、CDを借りてそのまま帰るということではない。

 恋人としてのスキンシップを綾奈はお望みだ。……もちろん俺も。

 弘樹さんと明奈さんも、もちろんそこら辺は理解しているだろうから、これもお二人の許可が必要だと判断した俺は、お二人に同意を求めた。色んな意味で心臓がバクバクしている。

「……あまり遅くならないうちに真人君を帰してあげなさい」

 まさかこれも弘樹さんからお許しが出るとは思わなかった。

「ありがとうお父さん。じゃあ行こ。真人君」

「わ、わかった。お二人共、失礼します」

 そう言って俺は、綾奈に手を引っ張られるかたちで綾奈の部屋に向かった。

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