第142話 綾奈の部屋で二人きり

「いつ来ても綺麗な部屋だな」

 西蓮寺家のリビングを出て階段を上がり、俺は綾奈の部屋に入った。「いつ来ても」と言ったけど、ここに来たのはまだ二回目だ。

 白を基調とした部屋で、とても綺麗に整頓されていて、掃除も行き届いている。

「ありがとう。でも真人君のお部屋も綺麗だったよ」

「そう言ってくれるのはありがたいけど、やっぱり綾奈の部屋ほどじゃないよ」

 俺も掃除や整理整頓はしているのだが、やはり綾奈の部屋ほど綺麗には出来ない。

 綾奈の部屋を見渡していると、ベッドに置かれているぬいぐるみを見つけた。

「あ、これは」

 見間違うはずがない、俺がゲーセンでゲットした猫のぬいぐるみだ。オスとメスの二つのぬいぐるみが隣同士で並べられていた。

「うん。真人君が取ってくれた、まぁくんとあーちゃんだよ」

 名前の由来、「あーちゃん」は綾奈で、「まぁくん」は……俺なんだよな。

 ちょっと気恥しさはあるけど、大切にしてくれていることに嬉しさが込み上げてきた。

「大切にしてくれてるんだね」

「もちろんだよ。真人君から貰ったものは、全部私の宝物だもん」

「……ありがとう。綾奈」

 俺は、そう言って綾奈の頭を撫でた。

「ん~~♡」

 綾奈は目を細め、口角を上げており、まるで猫みたいにとても気持ちよさそうにしている。

 俺はそのあまりの可愛さに、綾奈を抱きしめていた。

 綾奈は最初こそ驚いて身体をビクッとさせていたけど、すぐに俺の腰に手を回してきた。

「今日ずっとこうしたいって思ってた」

 綾奈の言葉に俺の心臓が高鳴る。

「そうなの?」

「うん。……今日はお昼からずっと真人君と一緒にいたのに、ハグどころか、頭を撫でて貰うのも出来なくて、内心ずっと我慢してた」

 半日綾奈とデートをして、今日は手を繋いだり、綾奈が腕に抱きついたりしかしていない。

 ドゥー・ボヌールではもちろん出来ないけど、カラオケでもこういったスキンシップはしていなかった。カラオケに熱中していたってのもあるんだけど。

「俺も、ずっとこうしたかった」

「えへへ。同じだね、私たち」

「うん」

 しばらく綾奈の頭を撫でながら抱き合っていたら、綾奈が顔を上げて俺の顔を見てきた。頬は朱に染まり、瞳は潤んでいて、とても綺麗だ。

 俺は鼻を鳴らし、口角を上げて、綾奈の左頬に自分の右手を置いた。

 これが俺のキスをしたい合図と理解している綾奈は、目を閉じた。

 俺はゆっくりと顔を近づけて、綾奈の唇に自分の唇を押し当てた。


 しばらくイチャイチャした後、綾奈は俺に貸すCDを自室の棚から探している。

 時折「どれがいいかな?」なんて聞こえてきて可愛い。

 綾奈から目を離し、綾奈の部屋を見渡していると、本棚が目に入った。

 白い本棚には、漫画やラノベが綺麗に整頓されている。

「綾奈、本棚見ていい?」

「いいよ」

 綾奈の許可を得たので俺は本棚に近づき、置かれているタイトルを見ていく。

 漫画は少女系が大半で、それ以外には人気の少年漫画なんかもあり、ラノベはラブコメものが中心で、それ以外だと異世界ものやミステリーものなんかもある。ラブコメと異世界ものは、大体が俺も持っていて、俺の好きなタイトルもたくさんあった。

 俺と話をしたかったからと言って、これだけ集めるのは大変だったろうな。

 俺の心の中では、申し訳なさはもちろんあったけど、それよりも嬉しさが勝っていた。

「何か気になる本でもあった?」

 俺が本棚を見ていると、背後から綾奈が声をかけてきた。

 身体ごと振り向くと、綾奈はすぐ近くに立っていて、その手にはピンクの小さめの紙袋を持っていた。恐らくこの中にCDが入っているのだろう。

「いや、綺麗に整頓されているなぁとか、ラノベは俺が持ってるのも多いなぁって思ったんだ」

「う、うん。ライトノベルは真人君とお話したくて、真人君が好きそうなものを集めたから」

 俺の予想は当たったみたいだ。

 ただ、本人から直接言われると照れるし、何よりすごく嬉しい。

「すごく嬉しい。ありがとう綾奈」

「う、ううん。お礼を言うのはこっちの方だよ」

「え?」

 俺、綾奈に感謝されるようなことしたっけ?

 簡単に思い返してみても、それらしいのは思い浮かばない。

「真人君とお話したくて読み始めたライトノベルだけど、いつの間にか私自身がそのまま面白さにハマっていったから。真人君のことを好きにならなかったら、ライトノベルの面白さに気づかないまま過ごしてただろうから……だからありがとうだよ」

 俺が直接何かをしたわけでもないのに、それでも綾奈は俺のおかげだとお礼を言ってくれる。

「俺は何もしてないけどね」

「もしそうだとしても、やっぱり真人君のおかげだから」

 これに関して、綾奈は譲るつもりはないようだ。

 このまま俺が否定したら無限ループに陥りそうだ。

 そうなると、貴重な綾奈との二人きりの時間がもったいないので、ここは俺が折れることにした。

「じゃあ……お礼をありがたく受け取るよ」

「はい」

 そう言って綾奈は満面の笑みを見せてくれた。

「それとこれ。私のお気に入りの曲が入ったCDだよ」

 綾奈は手に持っていた紙袋を自分の胸の高さまで上げて俺に見せてきた。

 綾奈のお気に入り楽曲か。今から聞くのが楽しみだな。

「ありがとう綾奈。じゃあ、遠慮なく貸してもらうね」

 俺が紙袋を受け取ろうと、持ち手の部分を持って自分の方に引こうと思ったんだけど、綾奈は何故か紙袋を離そうとしなかった。

「綾奈?」

 何度か俺の方に引いてみるも、やはり綾奈の手に力が込められていて、紙袋から手を離そうとしない。

 綾奈は瞳を潤ませながら上目遣いで俺を見てくる。その仕草にドキッとする。

「これを渡したら、……真人君帰っちゃうよね?」

「え?」

 言われてハッとする。

 確かに、綾奈の部屋に来たのはCDを借りることが目的だ。イチャイチャする為に来たわけではない。

 目的を達成したらここにいる意味はなくなってしまうから、綾奈は俺を少しでも引き止めたくて、紙袋を俺に渡そうとしないんだ。

 あまりに可愛い理由に、俺の心臓はまた高鳴っている。

 時計を見ると、時刻は八時半を回ったところだ。

 明日は日曜日だし、父さんと母さんにも、今日綾奈とデートするって伝えているから多少遅くなっても問題ないだろう。

「綾奈と一緒にいたいから、まだ帰らないよ」

 俺は優しく綾奈に言った。

 すると綾奈は、泣きそうだった表情から一変、パッと笑顔になる。

「本当!?もっとお話出来る!?」

「もちろん。でも……」

「?」

「お話するだけで、いいの?」

「あぅ…………ばか」

 俺の言葉に、綾奈は顔を真っ赤に染め、目を左右に泳がせたと思ったら、俺にゆっくり抱きついてきた。ちょっとイジワルな質問だったかな?

 結局その後、明奈さんが呼びに来るまでイチャイチャ、そしてお喋りをして過ごした。


 帰宅して綾奈が冬休みの間うちに泊まる事、綾奈のご両親も了承済みな事を両親と美奈に伝えると、三人とも二つ返事で許可してくれた。ちなみにその間は美奈の部屋で寝泊まりしてもらう事になった。

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