第120話 綾奈、本気の怒り

 綾奈はゆっくりと中村の方に歩いていく。顔は相変わらず俯いて表情がわからないけど、俺には綾奈から何かしらのオーラが見える。

「綾奈……」

 俺の手を離し、自分の方に近づく綾奈を見て中村は心底意地汚い笑みを浮かべている。

「やっとわかってくれたか。さぁ、そんなキモイ奴のことは忘れて、これから俺と楽しいこ───」

 中村の勝利宣言のような言葉はバチンッ!という大きな音と共に遮られた。

 腕を広げて綾奈を抱きしめる用意が既に出来ていたであろう中村の頬を、綾奈が渾身の力を込めて引っぱたいたのだ。

「……は?」

 中村は、ビンタされた左頬を手でおさえながら、ゆっくりと綾奈の顔に視線を戻した。

 その目は驚きで見開かれていて、口も半開きになっている。イケメンが台無しだ。

 中村の顔を見るに、なぜ自分がビンタされたのかわかっていない状況のようだ。

 綾奈は顔を上げ、中村の目を見て叫んだ。


「私の大事な彼氏を……私の未来の旦那様を、バカにしないでっ!!」


「「……」」

 俺も中村もびっくりして言葉が出ない。

 今、綾奈はなんて言った?

 困惑する頭でなんとか綾奈の言った言葉を咀嚼し、理解しようとしたのもつかの間、綾奈が続けて口を開いた。

「あなたは真人君のことをなんにもわかってない!真人君は誰に対しても優しい、とても心根の綺麗な人だよ! あなたみたいに平気で人を傷つける言葉は絶対に使わない。そんな誰に対しても優しい真人君だけど、私だけを特別に見てくれて、私だけを本当に愛してくれているの。もちろん私自身も真人君を心の底から愛してる! 罰ゲームでも、ましてや冗談半分で付き合ったりなんかしてない! 私は真人君の優しくて誠実なところを誰よりも理解してる。一年前、真人君のことを本気で好きになった時から、私はずっと真人君を、真人君だけを想って、真人君も私と同じ時期から私だけを想っていてくれていた。それが私にとってどれだけ嬉しかったか……。あなたには理解できない。ううん、理解してほしくもない! 私の真人君を愛する気持ちは、未来永劫決してなくなったりしない!」

 そう一気に捲し立てると、綾奈は踵を返して俺の方に走ってきた。その目には涙が見えた。

 綾奈を泣かせて、中村許さん! と思っていた俺だったが、次の綾奈の行動で、俺の思考はストップした。

 そのままの勢いで俺に飛びついてきた綾奈は、無理矢理俺にキスをしてきた。

「んん……!?」

 綾奈の大胆な行動に身動きが出来なかった。

 綾奈とキスをしている間、俺はさっき中村に言ってくれた言葉を思い返す。その言葉から、そして綾奈の身体全体、そして唇から、俺への愛情がとめどなく溢れているようだ。

 やがて俺から唇を離した綾奈は、俺の腕に抱きつきながら、中村を睨みつけ、さらに言葉を続けた。

「私の身も、心も、全部真人君の物なの! 他の人には髪の毛一本だって絶対にあげないんだから!」


 中村君が真人君に言った暴言が頭から離れない。

 真人君が陰キャでキモい? クソ? バカ? 最底辺? なんの取り柄もない? 彼は一体何を言っているの?

 中村君の言葉が私の頭で反芻はんすうするたび、はらわたが煮えくり返るような怒りが込み上げてくる……。

 私は本気で、真剣に真人君とお付き合いをしているのに、罰ゲームで告白って何なの?

 もし仮に罰ゲームで真人君と付き合ったとしても、変わらずに今の気持ちになっていただろうし、罰ゲームを仕向けてくれた人に感謝していたと思う。

 それだけ真人君は素敵な人。真人君以上の人は見たことがない。

 それなのに中村君は、心無い言葉で真人君を侮辱した。他の誰が許しても、私だけは絶対に許さない。

 中村君をひっぱたいた時、勢い余ってとんでもないことを口走ってしまったけど全く気にしない。だって、将来は絶対そうなるから。

 真人君は私の、私だけの彼氏で、将来私の旦那様になる人。

 そんな真人君を悪く言う人に、私は絶対に容赦しない。

 非力で、いつも真人君に助けられてばかりの私だけど、私だって真人君の助けになりたい。今みたいに真人君のことを悪く言う人から真人君を守りたい。そんな自分に、私はなりたい。

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