第81話 大きくなる愛しさ

 中筋家を後にして、私はお姉ちゃんの運転する車の助手席に乗って自宅に向かっていた。

「綾奈、今日は帰ったら手洗いとうがいをいつもより入念にしときなさい」

 突然お姉ちゃんがそんな事を言ってきた。

 私は健康には気を使っていて、あまり生活リズムを崩さないように心がけていて、手洗いうがいは毎日きっちりしていた。

「もちろん帰ったらするよ。でも何で……?」

「もし綾奈が風邪でも引いてしまったら、真人君は自分のせいだと責任を感じてしまうでしょうね。彼に悲しい顔をさせない為にも、ね」

「……うん」

 お姉ちゃんの言う通りだ。

 今日私が真人君の看病をして、それが原因で私まで寝込んでしまったら、優しすぎる真人君は自分のせいだと言って責任を感じずにはいられなくなってしまう……結果彼を苦しめてしまう。

 私は、自分の行いのせいで真人君にそんな思いをさせたくない。

「今日はいつも以上にしっかりするよ」

「ええ。……ところでどうだった?」

「何が?」

 お姉ちゃんの言葉が一体何を指しているのかわからず、首を傾げて聞き返した。

「初めて見た彼の寝顔」

 お姉ちゃんの言葉を聞いた私は、今しがた見ていた真人君の寝顔を思い出していた。

 私の手を握って、私に頭を撫でられていた真人君は本当に穏やかで、気持ちよさそうに眠っていた。

 そこだけ見ると、熱を出して寝込んでいるとはとても思えないほど……。

「……真人君の部屋に入った時は凄く辛そうにしてたんだけど、帰る前に見た真人君の寝顔は、すごく、かわいかった」

 普段はかっこいい真人君なのに、私に甘えてきた真人君が可愛すぎて、凄く胸がキュンってしちゃった。

「ふふっ。ねえ綾奈、女性が男性を可愛いって思う時って色々あって、母性本能がくすぐられて思う時とか、その彼の事が本当に愛しく思った時なんかもあるらしいわ」

「うん。わかる気がする」

 真人君のことが好き。

 その気持ちは付き合い出した時はこれが限界なんだと思ってたけどそんな事はなくて、私の中の好きって感情が毎日毎日大きくなっていって止められない。

 真人君が眠る前、私は大好きって言葉では足りない気がして自然と「愛してる」って口にしていた。

 その事を思い返して、心が温かくなって、彼への想いがまた少し強くなったのを感じた。



 送ってくれたお姉ちゃんにお礼を言って自宅に入った私は、両親に挨拶をしてから脱衣所に向かい、着替えた服や下着を洗濯カゴに入れて、洗面台で手を洗い、薬を使ってうがいをした後にリビングに向かい、手をアルコールで消毒もした。これで私が万一にも風邪を引いて真人君に辛い思いをさせる事はないよね。

 それから自分の部屋に入って荷物を適当な所に置いて、ベッドの上、枕の傍に置いてある猫のぬいぐるみの「まぁくん」を抱き抱えた。

「ただいま。まぁくん」

 このぬいぐるみは私が真人君と付き合う前、初めてゲームセンターに行った時に真人君がクレーンゲームで取ってくれたぬいぐるみで、私はこのぬいぐるみに「まぁくん」という名前をつけた。由来はもちろん真人君。私の一番の宝物。

 私は持ち上げたまぁくんの顔を正面からじっと見て、そして───

 ちゅっ。

 まぁくんの鼻に自分の唇を当て、そしてギュッとまぁくんを抱きしめた。

 真人君の体調が早く良くなりますように。

 そんな願いを込めてまぁくんを抱きしめて、そっと元の場所に置いた。

 それから私は部屋着に着替えて、夕食を食べる為にリビングに降りて行った。

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