第64話 彼女へのサプライズ

 風見高校の文化祭の翌週の金曜日。

 十一月に突入し、段々と冬の足音が少しずつ近づいてるはずなのだが、ここ最近は日によって温かかったり肌寒かったりする日が続いていた。天気予報では昨日は二十度近くあったのに、今日は十三度程と寒かった。

 その日の昼休み、俺は健太郎と学食に来ていた。

 ちなみに一哉は今日は茜と中庭で弁当を食べている。

「明日はいよいよ合唱コンクール全国大会だな」

「そうだね。千佳さんも連日凄く疲れた声してたよ」

 健太郎はあれから千佳さんと毎日連絡を取り合っていたのだろう。千佳さんのことをすごく心配している。

「綾奈さんも同じだよ。毎朝二人に会うけど、疲れが抜けきってない感じだった。麻里奈さんの指導も相当厳しいんだろうな」

 今週も綾奈さんと千佳さんと一緒に登校していたのだけど、日に日に疲れの色が濃くなっていく二人が心配になっていた。

 毎週水曜日は部活が休みのはずだけど、今週末に全国大会が控えているので水曜日も部活があったので、一緒に下校出来なかった。

「確か高崎の合唱部顧問は文化祭で見た西蓮寺さんのお姉さんだよね?見た感じそんなに厳しい先生には見えなかったけど……」

「あの人練習の時は別人かって思うくらい人が変わるぞ」

 以前、高崎高校との合同練習で麻里奈さんの指導を受けた身だから分かる。普段は本当に温厚で優しいお姉さんなんだけど、部活の時は指導に熱が入りすぎてもはや別人に見えてくるほどだった。

 将来俺が綾奈さんと結婚して麻里奈さんが義理のお姉さんになったら、決してあの人だけは怒らせないようにしなければと今から肝に銘じておくほどだ。

「そうなんだ……。じゃあ今日もみっちり部活なのかな?」

 健太郎の心配の色が濃くなった。

「いや、明日が本番だから今日は軽めの調整で終わるって言ってたぞ」

「そうなの?」

「あぁ、千佳さんから聞いてなかったのか?」

「千佳さん、話し始めて少ししたら寝落ちしてたから……」

「なるほど……」

 健太郎の言葉に俺は苦笑してしまう。

 それほどしんどくなる内容の部活が連日続いたのに、綾奈さんは多少疲れた程度で、通話をしていてもそこまで疲れが声に出ていなかったけど、何でだろう?やはり普段から声を出していて鍛えているからかな?

 それをここで考えても答えは出ないので、俺は数日前から考えていたことを健太郎に伝えることにした。

「それで健太郎。今日時間あったら付き合ってほしいところがあるんだが……」

「うん、うん、…………わかった。僕も行くよ」

 健太郎も俺の考えに乗ってくれたので、放課後、俺達は一緒に駅に向かって歩き出した。


 俺と健太郎がやってきたのは高崎高校だ。

 俺が昼休みに健太郎に伝えたのはこうだ。

 連日全国大会に向けて部活を頑張っている綾奈さんと千佳さんに少しでも元気になってほしくて、俺達二人で高崎高校に行ってサプライズで二人を待ち伏せして一緒に帰ろうということだ。

 それは俺達がお付き合いを始めた翌日、部活終わりの俺をその日高崎の文化祭の代休だった綾奈さんがサプライズで俺を待っていてくれたことの逆バージョンだ。

 今日は軽めの調整とはいえ、日々の部活で疲れている二人が少しでも元気になればと思い考えた案だった。

 俺達は今高崎の校門前にいるのだが、二人を待っている間に他の生徒とすれ違うのだが、すれ違う生徒の大半が俺を見て「あの人文化祭で告白した人だよね」なんて話をする声が聞こえた。

 どうやら俺がこの学校の文化祭で告白のスピーチをしたのはまだ記憶に新しいようだ。

 人の噂も七十五日と言う諺があるが、七十五日どころか二週間も経ってないのだから無理もないか。

「有名人だね真人」

「まぁ、綾奈さんに迷惑がかかってないっぽいから良いけどな」

 実際あのスピーチ以降、綾奈さんからその件について質問攻めにあったとは一言も聞いていない。

 俺があの告白の時に敢えて綾奈さんの名前を出さなかったのが功を奏したのか、それとも綾奈さんへの告白だとバレていたけど綾奈さん自身がすごくモテていて告白されまくっているから大して噂になっていないのかはわからない。

「でも、注目を浴びてるのは俺だけじゃないみたいだぞ」

「え?」

 すれ違う生徒……主に女子だが、健太郎の事を言っている生徒もいた。

 聞き耳を立てると「あの人凄くかっこいい」と聞こえてきた。通り過ぎた後も何度かこちらをチラチラ見てくる女子生徒も何人かいた。

「モテモテだな健太郎」

「いやいや、僕なんて全然……」

「でも「かっこいい」って口にした女子は大体お前を見てるじゃないか」

「うぅ……困ったなぁ」

「ねぇ、あなた達」

 そんな話をしていると、二人組の女子生徒が俺たちに話しかけてきた。

 一人は身長百六十センチ程で背中まで伸びたピンクブラウンの髪が特徴的なつり目の女子。

 もう一人は身長は綾奈さんと同じぐらいで背中まで伸びた黒髪のタレ目の女子だった。

 二人とも美少女と呼べるほどの容姿をしている。

「何ですか?」

 俺は二人の女子生徒に聞き返した。

「暇してるなら私たちと遊びに行かない?」

 これは、噂に聞く逆ナンと言うものなのか?

 マンガやラノベで見たことはあるけど実際にお目にかかったのは初めてだ。多分健太郎の容姿を見て声をかけてきたんだろうな。

「違います。俺達はここで自分達の彼女を待ってるんです」

 俺は正直にここに来た目的を女子達に告げた。

「またまた~。そうやって逆ナンされるの待ってたんでしょ?あなた達、特に背が少し低い方のあなたは顔がいいからさ。私たちと遊びに行こうよ」

 しかし、女子達は俺の言葉を信じず、自分達の要求を押し通そうとしている。

「あの…………」

 健太郎も少し困り……いや、呆れているようで、女子達に対して口を開こうとしていた。

「……あたしらの彼氏に何やってんの?」

 健太郎が女子達に対して何か言おうとした瞬間、俺達の後ろから聞き慣れた、しかし低音で底冷えするような声が聞こえてきた。

 次の瞬間、俺の左腕に何かがぶつかった様な衝撃が走った。

 一体何がと思い、衝撃がした方を見ると、そこには綾奈さんがいて、綾奈さんは俺の左腕に密着する様にしがみついていて、逆ナンしてきた女子達を睨んでいた。

 まるで「この人は誰にも渡さない」と言わんばかりの必死さがあり、俺の心の中は現在驚きと嬉しさが同居していた。

「あ、綾奈さん!?」

「むぅぅぅー……」

 綾奈さんが女子二人に向かって唸っている。怖さは全くなく可愛さしかない。

 そして先程ドスをきかせた声を発した千佳さんは、健太郎の傍まで来ると健太郎の左腕をグイッと自分の方へ引っ張った。

 千佳さんのたわわに実った果実が作り出す谷間に健太郎の腕がすっぽりと収まった。

「ち、千佳さん!?」

「この二人はあたしらの大事な恋人なんだよ。だからちょっかいかけないでくれる?」

 その場でぽかんとしている女子二人に千佳さんは再度威嚇した。並の男子ならビビって退散してしまう程の目力がある。

 それだけ健太郎を大事に想ってるってことだよな。

「な、なーんだ。本当に彼女いたんだ」

「あ、あーつまんなーい。行こ行こ」

 二人の女子生徒はすごすごと帰って行った。

 俺達から離れていく時に「まさかあの二人の彼氏だったとは」って聞こえてきた。

 どういう事だろう? やはり綾奈さんも千佳さんもさっきの女子生徒以上に凄く可愛いから学校で話題になっているのだろうか?

 そんな綾奈さんは俺を本当に好いてくれていると言う事に顔が熱くなった。

「助かった。ありがとう綾奈さん、千佳さん」

「本当にね。ありがとう千佳さん、西蓮寺さん」

 女子生徒が見えなくなったタイミングで俺達は二人にお礼を言った。

「まったく……てか、なんであんた達がここにいるのさ?」

「うん。びっくりしちゃった」

 驚いている二人に俺は今日ここに来た経緯を話した。

「ありがとう真人君。凄く嬉しいよ」

 綾奈さんが満面の笑みを見せたかと思ったら、さらに身体を密着させてきた。

 綾奈さんの決して小さくない果実の感触が俺の腕に当たるのでドキドキする。

「まぁ、ありがとね健太郎。真人も」

 千佳さんは照れて顔を赤くしながら、健太郎と俺にお礼を言ってきた。

 サプライズ作戦は大成功を収めた。

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