第41話 親友
「真人君……ぐすっ」
私は教室棟の屋上へ続く階段に座って蹲って泣いていた。
真人君から逃げて走り回って、体力がなくなり行き着いたのがここだった。
さっきの真人君が北内さんらしき人を抱きしめていた光景が瞼に焼き付けられて頭から離れない。
「嫌だよぉ……真人君」
真人君に彼女がいた事がショックで、現実を受け止めたくなくて、でも考えれば考えるほど頭の中はぐちゃぐちゃになっていってどうにかなりそうだった。
「ここにいたんだ」
「!」
近くで声がして頭を上げると、そこにはちぃちゃんがいた。
ちぃちゃんは私の横にゆっくりと腰を下ろした。
「話は中筋から聞いた。で、あたしは中筋に頼まれて綾奈を探していたんだよ」
真人君から聞いたって事は、ちぃちゃんも真人君に彼女がいる事も知ってるんだよね。
ちぃちゃんは私に、真人君の事は諦めろとでも言うのかな。
そうしないといけないと思っていても、現実を受け止めきれないのに、そんなのは無理だよ。
「真人君、彼女さんいたんだね」
「彼女?」
「だって、あんなに大勢の人の前で彼女……北内さんを抱き締めていたんだよ。真人君は北内さんの事が大好きだったんだね」
「それ、中筋から聞いたの?」
「ううん。聞いてないけど、あんな光景見たら誰だってそう思っちゃうよ」
「綾奈……」
「真人君に彼女がいることも知らずに、真人君と会える事がとても嬉しくて、真人君が私にかけてくれる言葉、その一言一言も嬉しくて、真人君といる事で私は幸せを感じていた。でも、それは私だけだった」
「…………」
「馬鹿みたいだよね?真人君に彼女がいることも知らずに、真人君と一緒にいる事で私は一人で浮かれていたんだよ。真人君は私の知らない所で北内さんとお付き合いをしていて、私と一緒に帰ることを真人君も楽しみにしてくれていると思ったけど、真人君は頼まれたから仕方なく一緒に帰ってただけなんだよね」
「…………綾奈」
「さっきも和装姿を真人君に褒められて、文化祭デートもオッケーしてくれたのに、きっと文化祭デートも、北内さんと付き合ってる事をきちんと伝える為に、私との関わりを終わらす事を告げるためにオッケーしてくれたんだよね。……嫌だよ。真人君と離れ、たくない……ぐすっ」
どんどんと良くない感情が私の心を何重にも締め付けていくのがわかる。
これで真人君との関係も終わり。そんな受け入れたくない現実を容赦なく突き付けられて、私の心は負のスパイラルに陥っていた。
「はぁ……綾奈、こっち向きな」
ちぃちゃんが深いため息とともに、私に声をかけた。その声はとても冷たいものだった。
ちぃちゃんに呼ばれて、私は涙でぐちゃぐちゃになった顔をゆっくり上げて、ちぃちゃんを見た。
すると───。
パァン!
突如響いた音。
ちぃちゃんの方を向いていたはずなのに、その音と共に私は壁の方を向いていて、そこから私の頬にジンジンとした痛みが伝わってきた。
私はちぃちゃんに頬を思い切り引っぱたかれていた。
「……え?」
どうして叩かれたのかわからず、痛みが走る頬を抑えながらゆっくりちぃちゃんに視線を戻すと、ちぃちゃんは私を睨みつけていた。
ちぃちゃんにこんなに睨まれたのは初めてだ。
「あんた、いい加減にしなよ」
「……ちぃ、ちゃん?」
「さっきから聞いてりゃうじうじとつまんない事で悩んでさぁ、何全てを悟った気になってんのさ!?」
「だって、真人君は北内さんと付き合って……」
「それ、中筋からちゃんと聞いてないんだよね?」
私は首を縦に振った。
「本人から聞いてもいないのに、何でそう結論付けようとするんだよ!中筋から何も聞いていないのに、何であんたはそれを見ただけで全てをわかった気になってるんだよ!?」
「だって……あんな事、真人君は好きな人とじゃないとしないはず」
「何か事情があってそうなったとか考えなかったの!?目に映ったものが真実だと思い込んで、つまんない答え出してんじゃないよ!」
「……」
「あたしはあんた達二人のことを一番見てきたから、中筋が決して頼まれたからと言う理由だけで綾奈と一緒に帰ってるだけじゃない事も、綾奈と話している時の中筋がとても楽しそうな顔をしている事も、今日の綾奈の衣装の感想も心からの言葉で、あんたからの文化祭デートも本心でオッケーした事もわかるんだよ!あたしでもわかるのに、なんであんたはそんな簡単な事もわからないんだよ!?」
そこからもちぃちゃんの話は止まらない。
「あんた麻里奈さんに言われたんだろ!?中筋の事を最後まで信じろって。確かにあんたの見た光景はショッキングな物だったろうさ。でも、あんたはその事について中筋からまだ何も聞いていないのに、一人で勝手に回答を導き出して無理矢理それを正解にしようなんて絶対に間違ってる!この事を本人から聞くのは怖いのはわかるよ。でも、それでも、中筋から真実を聞いていないのに北内って女と付き合ってるなんて、中筋を信じれなくなるのはまだ早いよ!」
「っ!」
「あたしはあんたに幸せになって欲しいって心の底から思ってる。小学生の時にあたしを孤独から救ってくれた綾奈には……だから、一人で考え込もうとしないでよ。勇気を持って、中筋と話を、してよ……」
ちぃちゃんの目から涙がこぼれ落ちていた。
ちぃちゃんが私に対してそんな事を思ってくれていたなんて、全然知らなかった。
私は目を瞑り、真人君の事を、九月から真人君と一緒に過ごした時間を考える。
真人君は優しくて誠実な人。それは私が誰よりも知っている自負がある。
真人君は私と下校したり、寄り道をした時は本当に楽しそうにしてくれていた。
真人君は黒島先輩に言い寄られていた私を勇気を持って守ってくれて、その時私の事を「大切な幼なじみ」と言ってくれた。
真人君はお互いテスト期間中で部活がない二週間程、毎日一緒に帰ろうと言ってきてくれた。
私はそんな真人君に甘えて、彼を本当の意味で信じきれていなかったんだ。
真人君が何故抱きしめていたのか、真人君の言葉を聞かずにその場面だけが全てだと信じて、危うく取り返しのつかない判断をしそうになった。
ちぃちゃんが私を引っぱたいてくれて、私に心からの思いを打ち明けてくれて、私の心が次第に軽くなっていっているのを感じた。
「ありがとうちぃちゃん。私を叱ってくれて。いっぱい心配かけて、迷惑もかけてごめんなさい。もう逃げないし最後まで真人君を信じる。だから私、真人君と話をしてみる」
「っ!綾奈ぁ」
さらに涙を流すちぃちゃんを優しく抱きしめる。
しばらく抱きしめていると、
『風見高校一年、中筋真人です』
外から真人君の声が聞こえてきた。
「ぐすっ……始まったね」
私は突然の事で混乱したけど、続けて聞こえてきた好きな人の言葉に耳を傾けた。
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