第40話 真人の策
「綾奈さん、何で……?」
綾奈さんが何で泣きながら校舎の中へと戻って行ったのかわからず、ただ呆然と綾奈さんが入っていった校舎を見ていた。
「あ…………」
隣から弱々しい声が聞こえて、茜の方を見ると、顔が真っ青で、震える手で口を隠していた。
「西蓮寺さん!待って!!」
茜が大声で綾奈さんを呼び止めようとするが、綾奈さんは止まらずに俺達からどんどん離れていく。
「真人、走って!」
「え?」
「私じゃダメなのっ!いいから西蓮寺さんを追いかけて!!」
茜の尋常ではない焦りように、俺は心の中でこんな予想をしていた。
もしかして綾奈さんは、茜を抱きしめる俺を見て、あんなに悲しそうな顔をしていた?
「っ!」
なんで泣きながら走って行ってしまったのか、その理由まではわからなかったけど、そう予想した瞬間、俺の身体からぶわっと嫌な汗が全身から流れるのを感じた。
すぐさま綾奈さんを追いかけ校舎の中へと入った俺。
だけど綾奈さんがどっちに行ったのかわからない上に、こうも人が多いと綾奈さん一人を探すのは至難の業だ。
だけどそんな事を言っている場合ではない。
俺は綾奈さんを見つける為、校舎内をあてもなく走り続けた。
「あれ?お兄ちゃん?」
すると、走っている俺を見つけた美奈の声が聞こえた。
「はぁ、はぁ、み、美奈」
「え?どうしたのお兄ちゃん?そんなに息を切らして」
「綾奈さん、見なかったか?」
「綾奈さん?見てないけど……」
肩で息をして、突然綾奈さんの事を聞いてきた俺の姿に動揺する美奈。
「そうか。悪いけど見かけたら連絡してくれ」
「ね、ねぇ、綾奈さんと何かあったの?」
「帰ったら話す!」
「あ、あの!真人先輩……」
「マコちゃん、大した挨拶も出来なくてごめん!美奈と文化祭楽しんでね!」
今は美奈やマコちゃんに説明している時間すら惜しい。
俺は美奈に綾奈さんを見つけたら連絡するように伝え、再びあてもなく校舎を走り回った。
「はぁ、はぁ、……くそっ!」
それからも校舎を探し回ったけど結局綾奈さんを見つけることが出来なかった。
「真人!」
俺を呼ぶ声がしたので、そちらを振り向くと、一哉が俺の方へ駆けてきた。
その腕には茜とお揃いの黒のブレスレットがあった。
「茜から事情は聞いた。すまん真人!」
「いや、お前が謝ることじゃないだろ」
「真人……。本当に、ごめんなさい」
少し遅れて茜もやってきた。
茜は今にも泣きそうな表情をしていて、俺に頭を下げてきた。
いつも元気な幼なじみだけに、調子が狂う。
「悪いのはぶつかってきた奴だよ。まぁ、前方不注意の茜も茜だけど、今はそんな事は良いよ」
「でも、あの時私がぶつからなかったらこんな事には……」
「良いって」
何度も自分のせいと言い張る茜を宥める。出来るだけ柔らかい声音を意識しながら。
「とにかく俺達も協力する。もう一度西蓮寺さんを探そう!」
「……」
一哉はそう言ってくれるが、これだけ探し回って見つからないと言うことは、俺達が知らない所、もしくは部外者が立ち入れない場所にいる可能性が高い。
出来るだけ頭を冷静にして、俺に何が出来るか考える。
ふと脳内に浮かんだのは、綾奈さんの親友、宮原さんの顔だ。
正直この事を伝えると宮原さんはガチでキレそうだからめっちゃ怖い。
でもこのまま闇雲に探すより、宮原さんに相談した方がいいと判断した俺は、覚悟を決めてスマホを手に取る。
「スマホを取り出してどうするんだ?西蓮寺さんがこの状況で出てくれるとは……」
「いや、宮原さんにかける」
「……マジか」
一哉が引きつった顔になる。
どうやら俺がしようとしてる事がわかったらしい。
それから俺は、覚悟が鈍らないうちに宮原さんに電話を掛けた。
コール音を聞く中、焦りと緊張で心臓の鼓動が早くなる。
数コール後、宮原さんが電話に出た。
「もしもし?どったの中筋。綾奈とのデート楽しんでる?」
電話越しの宮原さんは、上機嫌なのか、俺と綾奈さんがデートしていると思っていて、テンション高めに聞いてきた。
こんな中で現状を宮原さんに伝えるのは心苦しいけど、俺は緊張で乾ききっている口を開いた。
「み、宮原さん」
「ん?」
「……ごめん。綾奈さんを泣かせた」
「………………は?」
「っ!」
テンション高めな口調から一変、俺の言葉を聞いた宮原さんは、とても低く、底冷えするような声音だった。
「どういう事?綾奈、そこにいるの?」
「いや、一緒にはいない」
「とりあえず中庭に来てくれる?話、聞かせてくれるんだよね?」
「あぁ、わかった」
それだけ言うと、宮原さんは電話を切った。
相当怒っているのは容易に想像出来た。
俺は一哉と茜に中庭で宮原さんと会う事を伝えると、三人で中庭に向かって移動した。
中庭に着くと、既に宮原さんがいて、仁王立ちで俺たちを睨んでいた。
「で?何があったわけ?」
「実は……」
俺は綾奈さんが泣いていた理由、綾奈さんを追いかけて学校中を駆け回った事を伝えた。
「つまり、あんたがわざと綾奈を泣かせたわけではないんだね?」
「そんな事するわけないだろ!俺が自分の意思で綾奈さんを泣かせるなんて絶対にない!」
宮原さんに言われた事に、つい力を入れて否定してしまった。悪いのはこっちなのに。
「はぁ、あんたがそんな事するわけないか」
宮原さんは数秒考えたら後、嘆息しながら言ってきた。
「信じてくれるの?」
「綾奈はけっこう思い込みが激しい事がたまにあるからね。今回のも中筋と山根の彼女が抱き合ってる所だけを見てしまって誤解していると思ったからね」
「ありがとう宮原さん」
信じてくれた宮原さんにお礼を言うと、宮原さんの後ろから一組の男女が近づいてきた。
その二人は、和風喫茶を出る時に行列に並んでいたイケメンと美少女だった。
「だから言ったでしょ千佳さん。真人は自分からそんな事をする人じゃないって」
ん?なんでこのイケメンは俺の名前を知ってるんだ?
そんな疑問を抱いていると、宮原さんはその答えを口にした。
「別にあたしもそこまで疑っちゃいなかったよ。でも、話を聞くまではわからないからね、健太郎」
「「健太郎!?」」
イケメンの名前を聞いた瞬間、俺と一哉の声が見事に被った。
そこにいるのは、俺達の知っている清水健太郎とは似ても似つかないイケメンで、普段前髪で目を隠していたのに、その伸びた髪をばっさり切って、その顔があらわになっていた。
とても清潔感のある爽やかなイケメンだ。
「やぁ真人、一哉。僕は信じていたよ。真人は理由もなしに人を傷つける人じゃないって」
「あ、あぁ。本当に健太郎なんだな。ってか、彼女いたんだなお前」
俺は健太郎の横に立っていた穏やかでほんわかした女性を見て言った。
すると健太郎はきょとんとした顔になって、その女性の方を見て、笑いながら俺達にこう告げた。
「あはは、彼女じゃないよ。この人は僕の姉さんだよ」
「「姉さん!?」」
またしても俺と一哉の驚きの声が被った。
健太郎の家には何度かお邪魔したことがあって、健太郎からその存在は聞いたことがあったけど、お姉さんには一度も会った事がなかった。
「え?健太郎お姉さんいたの?」
一哉が言った。こいつもまた知らなかったみたいだ。
「うん」
「はじめまして~、健太郎の姉の雛です。中筋君、山根君、いつも健ちゃんがお世話になってます」
健太郎のお姉さん、清水雛さんはとてもゆっくりとした口調で、自己紹介した後、俺と一哉に頭を下げてきた。
美少女でとても穏やかで、姉弟揃って同じ性格みたいだ。
「姉さんは風見高校の三年生で……って今はそんな話をしてる場合じゃないよ。これからどうするの真人」
清水姉弟の登場で、話が脱線したけど、健太郎が真剣な表情になり話題を元に戻した。
「正直、どうすればいいかわからない」
現状、綾奈さんが何処にいるかわからないし、例え見つけた所でまともに話を聞いてくれるとは考えにくい。
なんでもいい、綾奈さんと話をするきっかけを作らないと。
先程より落ち着いた頭をフル稼働させて、どうすれば綾奈さんが話を聞いてくれる所まで持って行けるかを考える。
そこでふと、校門にあったあるイベント開催の告知を思い出した。
このイベントを上手く利用できれば、綾奈さんに俺の声を届かせて話が出来る所に持って行けるかもしれない。
今の状況で綾奈さんの目の前に行くより、このイベントで俺が思っている事を伝えれたら……俺の考えは決まった。
「宮原さん、頼みがある」
俺は真っ直ぐ宮原さんの目を見て告げた。
俺が思いついた案を話すと、皆は驚いていたけどその案に賛成してくれた。
「わかった。任せなよ」
宮原さんはそう言うと踵を返して走り出し、俺は覚悟を決めて部活棟の屋上へ歩き出した。
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