壊れた帰還勇者は、秋葉原でリアル異世界メイド喫茶を経営する
@Miriam
前編
「お帰りなさいませ、ご主人様。」
「「お帰りなさいませっ、ご主人様!!」」
「お帰りなさいませだニャー、ご主人さまー。」
「……オカエリナサイマセ。」
お客さんが入って来たのに合わせて、エルフのロザリンドの優しい声が響き、犬獣人のアーニャとマーニャの元気のいい声がハモった。
それにネコ獣人のウェンディの陽気な声と、ドラゴニュートのケスリーのツンとした声が続く。
今日も我が異世界メイド喫茶、「アードラシアン」は大繁盛だねえ。
ウチのメイドの全員が、人間じゃない種族ってところがセールスポイントの、異世界風メイド喫茶なんだ。
とは言っても、ウチのターゲットのお客さんは一般からちょっとズレてるし、普通のメイド喫茶ほど一般向けじゃないから、つつましく営業してるお店だ。
何店舗も出してる大手さんとは違って店もこの小さい一軒だけだし、場所もアキバのメインストリートから離れた場所にあるしね。
でも、逆に少しでもそういうのに心惹かれる人に対しては、一度でも来店したらアピールが半端ないらしく、特に宣伝はしてないんだけど口コミで広がって常連客は多いんだ。
ウチと似たようなコンセプトのメイド喫茶もあるにはあるけど、ウチの子達はコスプレでもなく仮装でもなく、異世界から来た本物だからね。
ロザリンドのとがったエルフ耳に妖精のような可愛さも、犬獣人姉妹のアーニャとマーニャとネコ獣人のウェンディの耳と尻尾も血が通ってて動きまくりだし、ケスリーの硬質なウロコの皮膚も二つに分かれた舌も尻尾も当たり前だけど自前だし。
営業時間の前に頑張って特殊メイクで準備してると説明しているんだけど、ウチの子達にしてみれば、自宅以外では店にいる時だけが変装なしで、この世界で過ごせる時間だからね。
まあ、それがそもそもアキバでメイド喫茶を始めた理由なんだよ。
世界広しといえども、この日本という国のアキバという特殊な場所だけが、この子らが家の外でありのままの姿でいられる場所だからね。
二週間前に、ようやく偽装の魔道具が完成した事はしたから、それを身につけたら外見だけは人間に見えるようになったし、少しは外出も出来るようになったんだ。
でも実体はそのまま存在するから、見かけだけしか誤魔化せないし、万一誰かに触られたりしたらバレちゃう。
それに魔力消費の効率も悪いから、この子達じゃあ数時間しか使えないし、まだまだ改良の必要があるんだよね。
魔力が極端に希薄なこちらの世界に適応するように、本来は魔力に満ちている環境で使用するアードラシアンの魔術式を改良するのは難しい。
閉店後と定休日に頑張ってはいるけど、どちらかというと理屈を考えずに力でごり押しが得意だったから、一から魔術式の構築は苦手なんだ。
でもこの子らのために、なるべく早く完成させたいし頑張ってる。
この子らのあまりのコスプレのというか、成りきりの完成度に他の店からの探りとか、オタク向けの雑誌やらネットニュースからの取材の申し込みも結構あるけど、全て断っているんだ。
ウチに通ってくるお客さんも、ほとんどは素直な良い人ばかりだけど、中には金持ちやら妙なところと繋がりを持ってて、裏に表にちょっかいをかけてきた奴もいたよ。
でもそういうのは、こちらも裏に表にちょいちょいっと処理したよ。
これでもおじさん、異世界で勇者とかやってたのよね。
店の名前のアードラシアンというのも、ズバリその異世界の名前だし、もしこちらの世界に飛ばされて困ってる人がいたら目印ぐらいにはなるかなと思ってつけたんだ。
十六歳の時に、良くあるお決まりの召喚ってのをされて、それから十五年間は戦いに次ぐ戦いの連続で、やっと二年前に魔王を倒したの。
それで、向こうの女神に召喚された時の契約通り、こっちの世界に帰ってこれたんだよ。
でも時間の流れが日本と向こうでは違ったのか、こちらでは倍ぐらいの時間が経ってて、両親は死んでて知り合いも別人同然になってた。
そりゃあ怒ったし落ち込んだよ。
高校生の時に人攫い同然に召喚されて、そこからそれまでの人生と同じ年月を命を削って戦って、やっと帰ってきたと思ったら誰もいない別世界と同じだもんね。
品川区の端っこにあった実家に行ってみたけど、両親がやってた定食屋は跡形もなくなってて、マンションが建ってたよ。
もし送り返してもらう時に、一緒についてきたこの子らがいなかったら、誰もいない山奥とか世界の秘境で世捨て人になってたかも知れない。
それとも逆に、勇者の力で好き勝手暴れてたかも知れない。
でも十年以上の長い間、育ててきた子らが一緒にいたから、その子らが日本で暮らしていけるように何とかしようと思ったんだよ。
幸いというか、召喚されてた国の王族は良い人がいたから、送り返される時に報酬として宝石とかお金もいっぱいくれたんだよね。
召喚されてからは、辛い事や苦しい事の方が圧倒的に多かったけど、あの国が最後まで残ったのは良かったと思ってる。
魔王の軍と戦ってる間には、最悪な国もいっぱいあったからね。
こっちが魔物と殺し合いしてる間にも、味方のはずの人間から裏切られたり騙されたりは日常茶飯事だったし、暗殺者もそれこそ日替わりでいろんな陣営から送られて来たし、戦場でも後ろから撃たれたり置き去りにされたりも何回もあったからね。
日本に帰ってきてからも手段は選んでられなかったから、勇者の力でいろいろゴニョニョっとして、持って帰ってきた宝石を換金したり全員の戸籍を作った後に、アキバでこの店を開いたんだよ。
向こうの世界で本当に、直接の殺し合いからそうでない殺し合いまで、親の顔よりも多く見てきたからねえ。
平和に暮らしてきた何も知らないウブな日本の高校生が、いきなり命を削る血みどろの毎日に放り込まれて十五年も経っちゃうと、そりゃあそうなるよね。
おじさんも躊躇なく、どんな手段でも使うぐらいに、すっかりスレちゃったよ。
「ただいま、ウェンディちゃん。 会いたかったよ! いつものをお願い。」
「かしこまりましたニャー。 ちょっと待っててニャー、ご主人様。」
オーダーカウンターに来るウェンディの尻尾が右に左に揺れるのを、幸せそうな顔で常連さんが見ている。
日本は平和だねえ。
「「ご主人様、おまたせしました! おいしくなーれ、萌え萌えきゅーん!!」」
アーニャとマーニャが別の常連さんに持ってきたオムライスをテーブルに置き、合わせ鏡のような可愛いポーズで踊り、胸の前でハートマークを作る。
常連さんは両手に花状態で、二人のフサフサの尻尾が左右に揺れて体に当たるのに頬を緩めて、ピクピクと揺れる二人のケモノ耳に交互に熱視線を浴びせてるよ。
ウチの子は最初から全員が楽しそうにしてたけど、三十を超えたおじさんには、このノリは慣れるまでは辛かったねえ。
そもそも召喚された三十年以上前にはメイド喫茶という存在からしてなかったし、アキバも単なる電気街だったけど、いまは全く別の街だもんね。
売ってる物もそうだけど、みんなが普通に使ってる技術も全然違うし、最初はどうしようかと思ったよ。
まあその辺も含めて全部、勇者としての力で強引に何とかしたけど。
おっと、注文が沢山入ってきたかな。
ウチの店はぼったくりにならないように、食べ物にも力を入れてるんだ。
実家が定食屋だったから、召喚されるまでには料理の基本を叩き込まれてたし、召喚されてたアードラシアンも過去に日本人が同じように召喚されてたから、食材も調味料も日本の食事レベルに使えるぐらいの物は揃ってたしね。
ただ、料理できる日本人が召喚されてなかったのか、残されてたのが日本語で書かれたメモだけだったのが理由なのか、ぶっちゃけ食事は不味かった。
だから向こうでは自分で食事を作るようにしたんだけど、それがえらく好評だったなあ。
こちらに返る前にレシピだけは全部残していってくれと頼まれたよ。
まあ、殺し合いなんかするよりも、料理してる方が良いのは決まってるからね。
「殺人クマさんのオムライスと、コカトリスのハンバーグ、ドライアードの雫、妖精のスペシャルパフェ、あがりましたー。」
「「「「はーい!!」」」」
みんなからはメニューの名付けセンスがないと言われたけど、そんなことないよね?
向こうの食材もアイテムボックスに使いきれないぐらい入ったままだけど、もちろん店で出しているのは日本の業務用の食材から作った料理だよ。
「「みんなありがとー! 大好きだよーっ!」」
「大好きなのニャー!」
本日一回目の、アーニャとマーニャにウェンディの獣人トリオのショーが終わって、大量のコインがステージに投げ込まれた。
すごく阿漕な商売をしてる気になるけど、このおひねりシステムはお客さんの方からやってくれとリクエストが来たんだよね。
なんでも「好き」という気持ちを具体的な形で示したいとからしいけど、あんまりえげつない事はしたくないから、一枚が百円のコインを、一回のステージで最高で十枚まで購入できるようにしているんだ。
別におひねりがなくても、ウチの子らは好意を向けてくる日本人には笑顔なんだけどね。
ステージは他にも、ロザリンドの精霊魔法ショーと、ケスリーの槍を使った演武ショーがあるんだけど、そっちも同じぐらい大好評で熱心な常連さんがついている。
それぞれのショーは、一日に二回公演なんだ。
「お気をつけて、いってらっしゃいませ、ご主人様。」
「「いってらっしゃいませっ、ご主人様!」」
「いってらっしゃいだニャー、早く戻ってきてニャー、ご主人様ー。」
「……イッテラッシャイ。」
そのまま忙しく働いて、最後の常連さん送り出した後、表の看板を店の中に入れて、ドアにかけてある可愛らしいサインも裏返して「Closed」にした。
やれやれ、今日という日も終わったね。
このご時世にもかかわらず、平日でも満員御礼なのはありがたい事なんだけど、ここまで繁盛するのは予想外だったかな。
日本のオタクのパワーというのを、ちょっと過小評価していたかも。
この子達の居場所を作るだけに始めた店だから、ここまで忙しくなくてもいいんだけどね。
向こうから貰ってきた宝石とか貴金属はまだまだあるし、必要なら勇者の力でいくらでもゴニョニョっとするし。
もう人生の目標とかやりたい事とか全然ないけど、何もせずにいると時間が経つのが遅すぎるんだよね。
ウチの子達も殺し合いとは無縁の平和な日本で、ほぼ良い人ばっかりのお客さん相手の生活を楽しんでるから、しばらくはこのままで行く予定だけど。
最初の頃は、お客さんが自分らを見ても悪意とか軽蔑の視線じゃなくて、好意とか楽しい感情を向けられるのに、みんな凄く驚いてたからね。
それからウチの子は楽しく働いてるんだけど、いくら日本でも、それはこのアキバという場所だけの話というのは教えておいたよ。
「あー、疲れたのニャー、今日も頑張って働いたのニャー。 この疲れを癒すには、ご主人様の特製オムライスが必要なんだニャー。」
「また駄ネコの我がままが始まりましたか。」
「我がままじゃないニャー、ウチの働きに対する正当なご褒美だニャー。 優しいご主人様ならきっと叶えてくれるニャー。」
「その誘い受けみたいなウザいチラチラ目線は止めなさい。 ご主人様に失礼です。」
机に突っ伏していつも通りの台詞のウェンディに、これまたいつも通りにロザリンドが冷静に突っ込んだ。
君達、毎日毎日よく飽きないね?
「ご主人様、そこの馬鹿ネコとお澄ましエルフは放っておいて、ご飯にしましょう!」
「ご飯にしましょう、そうしましょう!」
いつもの二人のじゃれ合いに呆れた視線を投げかけて、アーニャとマーニャが尻尾を左右にブンブン振りながら寄ってきた。
そのまま両側に回ってしがみついてきた。
君達も毎度毎度、胸を押し付けてくるのは止めなさい。
小さい時は全員が、何でも素直に言う事を聞いてくれたのになあ。
「あーっ、そこの犬コロ姉妹、何をやってるニャー!!」
「ご主人様に失礼な事は止めなさい!」
さっきまで言い合ってたウェンディとロザリンドも、今度は二人一緒にこちらに走ってきた。
「……お腹がスキマシタ。」
ケスリーがいつも通り無表情のまま、薄っすらウロコが浮かぶ顔をこちらに向けて言ってきたけど、君もいつも通りのマイペースだね。
とにかくご飯にしよう。
おっと、その前に戸締りしないと。
ドアと窓に設置してある、侵入者除けの魔術刻印を起動させた。
ウチの子は全員人気があるからね。
いくら取材を断ってても、個人のブログに写真をアップされるのはどうしようもないし、防犯は大切だ。
エルフのロザリンドは世界中の有名女優と比べても、文句なしで圧勝するぐらいの美しさに可愛さがあるし、ドラゴニュートのケスリーも凛とした雰囲気のある大人の美女だからね。
一応は全員が向こうでトロールを倒せるぐらい、という事はこちらの世界ではヒグマぐらいなら倒せるぐらいまで鍛えたんだけど、それでも親として心配になるのは変わらないよ。
「はいはい、みんないい子だから喧嘩しない。 今日も頑張って働いてくれたし、好きなメニュー作ってあげるから。 明日は休みだから食材も使っちゃわないと駄目だし。」
「ご主人様、私はもう子供じゃないですよ。」
「いつまでも子ども扱いしないで欲しいニャー。」
「「もう大人なのです!」」
「……立派にソダッテマス。」
全員揃って異議ありと言いたげだけど、体は大きくなっても中身はまだ子供だからなあ。
順番に頭をグリグリと撫でると、何か言いたげな顔をしつつも全員が黙ったよ。
「「「「いただきます!」」」」
手早く準備をしてテーブルに並べ、遅めの夕食の始まりだ。
こちらの習慣にも慣れたのか、全員が普通に「いただきます」と「ごちそうさま」をするようになった。
まあ、向こうの世界じゃ宗教的にも、ウチの子は全員がろくな扱いされてなかったからね。
「とっても美味しいです、ご主人様。」
「うまいニャー! やっぱりご主人様のオムライスは最高ニャー!!」
「「いつも美味しいです!」」
「……幸せナノデス。」
ウェンディには注文通りのオムライス大盛り、ロザリンドにはカルボナーラ大盛り、アーニャとマーニャにはカレーと牛丼、ケスリーには超レアのステーキだ。
テーブルの真ん中には温野菜にヨーグルトも置いたけど、この子ら野菜食べないからなあ。
種族的に大丈夫だとは思うんだけど、こっちが言わないと好きな料理しか食べないし。
こっちの常識的に見て、栄養に偏りがありすぎる気がして心配になるんだよねえ。
「明日はご主人様とお買い物だニャー、楽しみなんだニャー。」
「駄ネコと同意見なのは気に食わないですが、その通りです。 高級ホテルで食べ放題も楽しみですね。」
「「楽しみです!!」」
「……お肉がタクサン。 ……タノシミ。」
娘たちがくつろいでいるのを聞きながら、洗い物を片付ける。
明日の移動は車だし、食事もお一人様ウン万円の予約制高級バイキングで混雑もしないから、偽装の魔道具で大丈夫。
いくら気に入ってくれてるといっても、あまり外にも出ずに朝昼晩とおじさんの料理だけじゃあ可哀想だからね。
せっかく日本にまで一緒に来たんだし、子供達にはテレビやネットで見るだけじゃなくって、この世界をもっと楽しんで欲しいよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます