第2話 勇者追放
召喚者たちは静まり返って声もない。深刻な事態に圧倒されていた。
「どうした? 名乗り出よ!」
国王は重ねて呼びかけた。
それでも静寂が続き、召喚者たちは顔を見合わせたり下を向いて震えるばかりで、名乗り出る者がいなかった。
「ならば全員に罪を問うぞ!」
王の大音声に被せるように、涼やかな声がその場に響いた。
「僕が抜いた」
クラス全員の顔が声の主を振り向く。姿勢正しく手を上げていたのは、もう一人のクラス委員吉野清太郎であった。
「吉野君――」
「すまない、春香。昨日の測定で僕のステータスがトップだったんでね。勇者と認められるのは確実だと思って、聖剣を抜いてみたんだ」
「なぜそのように軽率な真似を?」
宰相が不審そうに尋ねた。
「いざ勇者に認定された後で、聖剣が抜けなかったら困るじゃないですか? 予行演習のつもりでした」
「聖剣とは――勇者とは、そのようなものではないというに」
宰相は清太郎の言葉に頭を抱えた。
「吉野君、あなた――」
「本当に済まない。全部僕の過ちだ。国王陛下、罰を与えるのは僕一人にしていただきたい」
「もうよい。すべては終わった話である。国法に則って裁くがよい……」
国王は力なく言い渡すと、すべてを宰相に委ね奥の間を去った。
王の姿がなくなり扉が閉ざされると、宰相は改めて生徒たちに向き直った。
「王のお言葉である。サンマリノ国法によって処断を言い渡す」
宰相は清太郎の前に立った。
「セイタロウ・ヨシノ、お前を不敬罪により国外追放とする。以後サンマリノ国内に立ち入らば、即刻死罪。見つけ次第切り捨て御免とする」
「そんな!」
思わず声を発した春香は、自分の口を手で押さえた。
「その他の者は本件に関わりなし。よって、お構いなしとする!」
じろりと春香を見据えながら、宰相は宣告した。
「セイタロウ・ヨシノはただいまこの時を以て罪人とみなす。手枷縄付きにして、城門まで連行せよ!」
清太郎は手枷を掛けられ、近衛兵に連行されようとしていた。
その時、肩を震わせていた春香が清太郎に駆け寄った。
「春香――」
「一分だけ、一分だけ話をさせてください!」
春香は宰相へ必死に呼びかけた。その眼には何があろうと引き下がらぬ覚悟があった。
「――一分だけだ。手短にせよ」
宰相は顔をそらすと、近衛兵を下がらせた。
額を寄せるような距離で、春香は清太郎に話しかけた。
「吉野君。あなた罪を被るつもりね?」
「――! 何も言うな。誰かが追放されるなら僕が行くべきだ」
ステータスが一番高い自分なら、王国の庇護を離れても生きていける。清太郎はそう考えた。
春香は涙をぬぐい、唇を嚙みしめた。
「英雄気取りなの? それで誰かを救えるつもり?」
「分からないよ。でも、これを見過ごして勇者になんかなれないじゃないか。僕はこうするしかないんだ」
寂し気に春香は微笑んだ。
「そう。もう何も言わないわ。落ち着いたら連絡をちょうだいね」
「ああ。命を大切にしろよ。春香は人のことに夢中になりすぎるからな」
「セイ君に言われたくないわ」
どちらともなく手を重ねて、そして離した。
「――時間だ」
宰相の合図で、近衛兵が清太郎を引き立てていった。
「吉野!」
「清太郎!」
クラスメイトから呼ぶ声が上がったが、清太郎は前を見詰めたまま歩みを停めなかった。
「うん?」
ふと気づけば、何もない空中から金粉のような細かい光が清太郎の頭上に降りかかっている。
「おお、これは!」
「祝福だ!」
「女神ミランダの祝福が降りた!」
近衛兵の間にどよめきが起きる。宰相の顔を見て指示を得ようとする者もいた。
「静まれ! 既に国法による裁きは決まった。その者は勇者ではない。連れ去れい!」
よく見る者がいれば、宰相の唇が細かく震えていることに気づいたろうか? 国法と神の恩寵との狭間に立たされた身に、どのような思いが去来したことか――。
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