誰にも言えない恋は期限つき

和響

第1話

「好きなんだ」


 六月の雨が降る日に好きな人からそう言われた私は、その場で固まってしまった。雨音だけが響く傘の下で、真っ直ぐに私を見つめる大地君の目が私の目から離れない。傘と傘が大地君と私、二人だけの世界を作っていると思った。


 私たちの横を同じ学校の人たちが通り過ぎていくのがものすごく気になっていたはずなのに、大地君が言った「好きなんだ」の言葉を聞いた後はもう誰のことも気にならない自分がいた。


――でも……。


 それは、私のことが「好きなんだ」ということなのか、それとも、私がおすすめの本だよと差し出した小説のことが「好きなんだ」ということなのか、私はまだ正直わからないでいた。


 大地君が小説を書いていると知ったのは、一週間前の修学旅行でのことだった。「誰にも内緒」と言われ教えてもらった小説投稿サイト「シッピツ」の大地君のページには、ひとつしか作品がなかった。


 『隣の席の読書好きな彼女が大好きな僕と、それを知らない君 』とタイトルが付けられたそのページを見て、私は自分のことを言っているのだと勘違いしてしまった。大地君の隣の席で、休み時間の度に読書をしているのは誰でもない自分だからだ。


 でもそれはすぐに私の勘違いだと気づいた。


 学校でもいつも通り私は休み時間に本を読み、大地君はクラスメイトと楽しそうに話をしている。大地君から何か話しかけてきてくれるようなことはなかった。何より、大地君の小説は「絶対誰にも、内緒だから」と書かれていただけで、そこから先、更新がされなかったのだ。


――昨日までは、……ね。


 昨日更新されていた大地君の小説は、日記のような、物語のような、なんともいえない文章だった。正直、私が昨日押した応援ボタンに気づいた大地君から、「応援してくれたんだよね」と聞かれたときには、素直に「うん」と言えない自分もいた。大地君を応援しているけれど、その書かれたお話に応援しているかと言われれば……。


――応援したいって思ったから、大地君のお願いを聞こうと思ってるんだってば。


 大地君からのお願い。それは、「私に国語を教えてほしい」ということだった。大地君は代わりに「体育」を教えてくれるらしい。剣道部の大地君は運動神経が抜群で、何をやってもそこそこの成績を出している。走ればクラスで一番だし、バスケットボールだって、バレーボールだって、高身長を生かして活躍できる。見た目だってイケメンだ。透き通るような白い肌に、整った顔立ちの大地君は、授業参観できていた綺麗なお母さんにそっくりだった。


――あんなかっこいいモテモテの大地君が、こんな読書ばっかりしている私のことなんて、好きなわけないじゃん。


 修学旅行の時に教えてくれた、『隣の席の読書好きな彼女が大好きな僕と、それを知らない君 』というタイトルも、なんとなく付けたタイトルかもしれない。それでも、私は私だけに教えてくれたことが嬉しかった。けども。


「はぁ……」


 思い出しただけで、大きなため息が出てしまう。大地君に一緒に帰らないかと誘われて、傘をさして帰る道々、私はどうやったら大地君のお願いに答えられるかを考えていた。「国語を教えるとはどういうことなのだろうか?」とか、「それって小説を上手に書けるようになるための国語なんだよね?」とか、頭の中はぐるぐるぐるぐるそればかりを考えていて、雨が降っている日で良かったと思った。だって、雨だったら傘がある。傘の下は、雨音だけが響く、自分だけの世界だ。


 それが今日、大地君と向き合って傘をさしたら、大地君の傘と自分の傘だけの空間が出来上がっていて、私はそれだけでも心臓が飛び出そうになっていた。そこにきての、「好きなんだ」発言は、私には情報処理能力オーバーで、つい、小説のことが好きなんだよねって言って、逃げるように家まで帰ってきてしまったのだ。


「はぁぁぁぁ」


 ごろんと自分の部屋のベッドに転がって、天井を見た。あの大地君の真剣な眼差し、そんなにあの小説が好きだったんだろうか。彼女が重い病気で死んでしまう、切なすぎるストーリーの小説が。私はもちろん大好きな小説なんだけども。


「はぁぁぁぁぁぁあ!」


 少し大きな声を出してお腹の中からもやもやを吐き出してみた。少しはスッキリするかと思っていたけれど、何にも心の中は変わらなかった。



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