異伝 或Vの一生

 私は、1人の女と共に人生を過ごしてきた。

 育児というべきか世話というかべきか、私の扱いにはかなりぞんざいなものが存在したが、そんな女が口癖のように私に言う言葉があった。


「あんたなんか生むんじゃなかった」


 その言葉で傷付いたような記憶は、なかった。その女に言われても心に響かなかったのか、それとも幼い頃から言われ慣れ過ぎてそういうものだと気にしなくなったのか、自分の心のことなのに全くわからなかった。

 それが女のストレス発散手段だと気付いたのは中学生くらいのときだったように思う。手は上げられなかったし、怒鳴るわけでもなく、ただ愚痴のように言うだけだったから、私はこれを生活費を貰うための労働だと思っていた。女曰く家事は労働に含まれないらしいので、私は家事という慈善事業もしていたが。

 まぁ、コールセンターにかかるクレームに比べればずっと良心的だったのではないかと思う。しかも勤務地は自宅だし、女は夜に仕事で居なかったので顔を合わせる頻度も少なかったし、なんと楽なバイトだったんだ。はい、お電話ありがとうございます、こちら私コールセンターでございます。


 ただ、言いたいことがあったとすれば、無難に「誰も生んでくれとは頼んでない」ということだろう。


 その後、女は裕福そうな男と再婚して新しい家庭で私は邪魔になったので家の中で居ないものとして扱われたとか、高校生になった頃には家から追い出されて1人暮らしをしていたとか、そこら辺のDLC追加コンテンツは蛇足だろう。


 そんな家庭で育ったからなのか、あるいは私本来の性質なのか、私にとって人間関係というのは複雑怪奇なーんもわからんと表現せざるを得ないものだった。


 信頼だとか、信用だとか、友情だとか、愛情だとか、目に見えないそれらが全くもって納得できなかった。


 だから、最初にあの子を意識したときに思ったことは割とシンプルだった。


 ──丁度いい子がいるな。


 同期生として何人かが同時にデビューして少し経ち、各々の特性が見えてきた頃、私の目に留まったのは濃ゆいメンバーが揃った同期生の中では比較的「普通」な子だった。

 最初こそブラコンということで話題になったが、それもすぐに下火になり、残った灰から出てきたのは面白みに欠ける中身だった。常に敬語で話し、最初から一貫して優しく振る舞い、ゲーム中でも真面目で、リアクションが特別派手なわけでもなく、トークが突出して面白いわけでもない、特徴があるとすれば楽しそうに笑うくらい、そんな子だった。

 配信がつまらないわけではない。ただ、華はなかった。


 


「可愛過ぎか!!!!!」


 「普通」なのに頑張ってるあの子を応援したいだとか、そういう部分がてぇてぇだとか思ったわけじゃない。全く、これっぽっちも、1ミリたりとも、そう思えなかった。だから、推しということにはしたけれど、別に本当に推していたわけじゃない。

 ただ、皆そういうのが好きだから、そう振舞っただけ。

 ただ、そう振舞うのに丁度いいから、あの子を選んだだけ。


 登録者数が多い方人気者登録者数が少ない方地味な子を気に入って、気に掛けて、その子の虜になっちゃうようなシンデレラストーリー。皆、大好きでしょ?


 自分から積極的にあの子の名前を出して、可愛い、と褒めちぎった。私から積極的にコラボを持ち掛けて、てぇてぇを演じた。あの子にとっても悪い話ではなかったように思う。実際、私が絡み始めてあの子の登録者数は少しずつ伸び始めた。

 おかげで、私も登録者数が伸びた。ほら、Win-Winだ。


 ただ、まぁ、そういう真似を嫌う同性は多い。異性に媚びて自分を可愛く見せる方法を使って、人気者自分より上になろうとしている姿が鼻につく。

 だから、そういう子のために私は自分の家庭の話をしてあげる。貴女以下の女だとそう教えてあげる。

 そうしたら、「私は貴女の味方だよ」なんて嘲笑い神妙な表情をしながらそう言ってくるのだ。それで格付けが終わる。ほら、敵じゃない。気にするほどの価値もない存在だって思わせて、それで、これまで通り。

 ──大抵、そうなのだけれど。


「私の友達のことを、馬鹿にしないでください」


 あれは、間違いなく、激していた。


「私の友達のことを、ウケるとか、笑えるとか、言わないでください」


 今にも怒鳴り出しそうなのを堪えているかのような震える声で、心の奥から溢れ出しそうなものを我慢するかのような声で、青丹あおにらんは朱見あけみさくら──私に、激怒していた。


 予想外な反応に思わず声が詰まったが、同時に、鼻を啜る音が聞こえてきた。

 泣いている。私の話で泣いている。私の話に没入しすぎではないだろうか。そんなに涙腺が緩いとは想像していなかった。

 私の話なんて悲劇の中では軽い部類だろう。


「違います。悲しくて泣いてるんじゃありません」


 はいはい。


「……悔しくて」


 はいはい。


「友達を、馬鹿にされるのが、悔しくて」


 はいはい……仕方ないなぁ、らんちゃんは。


 あの日、お互いの顔は見えてなかったけど、きっと、私たちは同じ表情をしていたと、私は思っている。

 らんちゃん、私も──私も、他人には見せられないくらい、ぼろぼろに泣いていたんだよ。キーボードがぐちゃぐちゃに濡れちゃうくらいに、思いきり泣いちゃってたんだよ。らんちゃんにはバレたら恥ずかしいから、声には出さないように頑張ったんだよ。

 友達だって本気で思ってくれてて。友達を馬鹿にされて悔しいって本気で思ってくれて。私の人生を憐れまないでくれて。否定しないでくれて。対等な相手だってずっと認め続けてくれて。今までの貴女の言葉や態度が、積み重ねてきたもの全部が、本当だったんだって教えてくれて。私と真正面から向き合ってくれて。私だって胸がいっぱいだったんだよ。

 たぶん、この瞬間から本当の意味で貴女を「推し」で「親友」だと私は思えたんだと思う。


 でも、その後、すぐにらんちゃんの泣き声に我慢できなくなって、私も泣きじゃくり出して、2人して大号泣。あれが生配信だったら大事故になるところだったよね。




 ねぇ、らんちゃん。

 活動自粛させられてたとき、みんなの様子を確認したくて配信をチェックしてたけど、貴女の配信を観たの、実は一番最後だったんだよ。

 とっても、怖かったんだ。貴女にまで居ないことにされちゃってたら、きっと、耐えられなかったから。今までなら何ともなかったはずなのに、そんなものだよな、って、普通そうだよな、って、まぁ仕方ないか、って、それで納得できてたはずなのに。

 貴女と出会ってから、貴女と触れ合ってから、私、すごく弱くなっちゃった。


 貴女と一緒にいるだけで感じる幸福が、貴女と一緒に笑うだけで感じる幸福が、貴女と一緒にこれからを語るだけで感じる幸福が──その全部が、私を弱くしたんだよ。




***




愛があれ○。/朱見あけみさくら(Cover)




コメント:歌い出しから感情が感じられない声色、すき

コメント:「もしも」を語り続けるの、痛々しくてつらい

コメント:諦めたように感情が入り過ぎないで淡々と歌ってる感じなのが余計につらい

コメント:抱きしめて、のとこだけ微妙に感情籠るのほんまさ・・・

コメント:らんらんのゲーム実況みてると、家族愛とかそういう系の感動シーンで論理的に登場人物の感情を考察してるくせにらんらんがどう思うかを語ってるとこ見たことないんだよな

コメント:らんらん愛とか語るタイプじゃねぇだろwwwそう思ってた時期が俺にもありました

 コメント:あんなゲラって能天気っぽいらんらんの闇が深い

コメント:「あ、私、あれ言ったことない!“ただいま”ってやつ!」「家に戻ると代わりにキッスされる。らぶらぶかーい!」キッス(意味深)

 コメント:家に帰ると舌打ちされるとかさぁ・・・ほんまさ

 コメント:なんであんな明るく語れるんや・・・

 コメント:家に“帰る”じゃなくて“戻る”なんよな・・・

 コメント:とうとうお嬢に「ただいま」言わされてもう満面の笑み

 コメント:あれかららんらんが青丹家のワールドに行くことを「帰る」って表現してるの最の高

コメント:お嬢と絡み出してからだんだんらんらんが本気で笑い始めたような気がしてる。愛想笑いとまでは言わないけど、ずっとどこか冷めてる感じがあった。

 コメント:わかる

 コメント:同じこと思ってた

 コメント:花弁、意外と俺だけはらんらんの本心わかってたぞみたいな厄介オタク多いよな・・・

 コメント:ガチ恋多いぞ。当人はガチ恋営業してるつもりないらしいが

 コメント:恋愛以前に必要なのは家族愛なんだよなぁ・・・

 コメント:お嬢と結婚すれば家族愛になるが?(天才の発想)

 コメント:お嬢、らんらんの親友でお母さんで妻で推しになるのか(困惑)







“朱見さくらさんによって固定されています”


青丹らん:ぎゅっ


 コメント:あぁ^~

 コメント:あっあっ

 コメント:あらぁ^~

 コメント:もしかしてお嬢がコメントしてるらんらんの歌ってみたってこれだけか・・・?

 コメント:お嬢、らんらんの歌、全部プレイリストに入れてるくせにコメントしてるのはこれだけとかさ

 コメント:お嬢、らんらんのこと大切にしすぎじゃない???

 コメント:お嬢かららんらんに対して抱きついてて普段のらんらんならそんなの余裕で受け止めそうなのに初めての愛に戸惑っちゃってろくに反応できなくて結局コメントを固定に置くだけで精一杯になってる童貞らんらんということでよろしいか?

 コメント:急に早口になったな・・・




***




君○神様になりたい。/青丹あおにらん(Cover)




コメント:お嬢「私の答えはこれや」

コメント:らんらんが「君○神様になりたい。」を投稿した一週間後に投稿されて完全にらんらんに対する返答

コメント:お嬢、こんなかっこいい感じに歌えるんか・・・

コメント:声色違い過ぎてチャンネル間違えたかと思った

コメント:お嬢、普段は丁寧に歌い上げるのに、この歌に関しては気持ち第一で歌ってるのマジ

コメント:お嬢の歌で唯一らんらんにリプ付きで直接送りつけててがっつりらんらん宛になってて拙者にやにやが止まらない

コメント:らんらんの方が自分の無力を嘆くようにどうしようもない気持ちをどこかにぶちまけるように歌ってるのに対して、お嬢の方は完全にらんらんの方に向けて真っ直ぐに自分は何にもしてあげられてなくてらんらんはらんらんが自分で幸せにしてるんだから自信持てって感じで歌ってる

コメント:らんらんは救いたいのに救えないって感じだけど、お嬢は救いたいけど貴女は自分で勝手に進むよねって信頼って感じ

コメント:究極のところでは人間は他人同士で自分のことは自分でどうにかするしかないんだって感じでちょっと突き放したように感じるけど、君を救いたいって想いだけは本物なんだって感じられて子どもの成長を見守ってくれてる親って感じだわ







“青丹らんさんによって固定されています”


朱見さくら:あぁ^~まま^~


 コメント:草

 コメント:草

 コメント:草

 コメント:こいつ・・・

 コメント:この歌聞いてこの反応とかオタクくんさ

 コメント:ホントにそれで合ってる???コメントも固定も

 コメント:別の動画にコメントするつもりだったのに自動再生のせいでこんなことになったなどと供述しており(Tw○tt○rより)

 コメント:どの動画にコメントしてもアウトやが?

 コメント:らんらんがコメントしようとしてたらしい動画→「【切り抜き】ばぶみ集【青丹らん】」

 コメント:あっちにも同じコメントしてるじゃねーか!

 コメント:コメント欄地獄過ぎて草

 コメント:再生数多すぎませんかねぇ・・・

 コメント:なおお嬢は配信でこの動画を見つけて爆笑してた模様

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