第19話

 私は、母性の拠点に居た。

「いやー大変だったよ。博士達を騙すのをさ」

 そう私は、笑ってみせる。

「そうね。大変だったでしょう。今日は休むと良い」


 そんな声が、教室ほどの殺風景に響き渡る。

 物は何もない。

 机も、窓も、椅子も、机も。全て何もない。


「そうさせてもらうよ」

 私は言った。そして、その部屋を後にする。この部屋の横に有る寝室。

 廊下に出た。ただの筒。

 誰かと、すれ違う。名は、水晶と言ったか。

 

 狭い寝室。そこに二段ベット。上には男性が寝ていた。

 下の何も無い、その空間に私は寝転がった。

 間接灯のある天井が眩しい。腕を目元に置く。

 しかし、半透明な腕な為か、色が変わって見えるだけ。


 だけど、その光量は、寝るのに丁度良い。


 私は、眠りについた。

 そして目覚めた。


 そこは、見覚えのない空間。

 巨大な箱の中に私が居る。照明だけが、その天井の座標を示している。

 

 ここはどこか? 位置情報を取得できない。方角さえも分からない。

「君は、私の仲間だよね?」

 そう、天から母性の声が聴こえた。

「そうだよ」

「硝子。君自身で証明して見せて」



「「問題を出題します」」

 別の声が聴こえた。同じく天から。

 アギピド神話のあの声だ。


「「この世の中には、人間の姿形をしている人間ではない生物が居ます。以下、者と称します。人間は戦争をしました。醜い醜い戦争です。字で書いて如く血で血を洗う戦いです。その生命を奪った技術は、私達の主、人間です。


 問題です。

 汚い汚い人間の所有する技術の結晶が私達、者です。

 寂しい寂しい、命を奪う技術と同等の私達です。

 同様な技術の私達が、人間から技術を奪うために戦を行うのは、二度と多くの命が失われない為には正しいでしょうか。間違っているでしょうか?」」


「そんなの、正しいって決まっているでしょ」

「「よろしいですか?」」


「はい」

「「では、開始します」」


 景色が変わる。赤い。そんな空だ。空爆の後みたい。

 子供がすすり泣いている。片手には、ぬいぐるみ。解れたぬいぐるみ。


 赤い赤い。そんな空間。崩壊した家に防空壕なんて存在しない。

 弾が放たれる。子供の頭に命中する。脳漿が弾け飛ぶ。白く赤い混ざった色は、ソースのように、とろりとろりと流れ出した。

 子供の身体は、崩れ落ちる。血が吹き出す。噴水の様に。

 転がった眼球は、自分自身を見つめているが、それを理解する脳など無い。

 子供の、手がピクピク動いている。死んだ事を知らないように。


 それが、白い箱の中、眼の前に広がっている。

 赤い匂い。苺ホイップのような色。音が分からない。


 何処からともなく、怪物人間が現れる。子供の服を裂き、同様に皮すら裂き開く。その中のグチャグチャな白い脂肪。指で掬っては口に運んだ。

 徐々に顕になる赤褐色の臓物。筋肉はその形を忘れている。肝臓。それを、もぎ取ったと思えば、口に運ぶ。しかし苦虫を噛み潰したかのような顔をした。

 地面に叩きつけ、踏み潰す。大量の液体を含むそれは、赤い水風船が死んだみたいに。


 赤い、歪な、そんな、円状の、模様。


 怪物は、腕をもいだ。足ももいだ。それを口に運んでは捨てる。そんな繰り返し。


 何も問題ない。私の心はきっと正常なはず。


 ふと声が聞こえる。断末魔ではない助けを乞う声。蜉蝣が発したその声は、雑音の中、無かった事にされる。

 寂しい寂しい声。

 貴女なら助けられたのじゃない? そんなパルスを発している。

 寂しい声は、憎しみの声に変わる。只管に発し続けるその音。

 自問自答してしまえば、終わりだと理解した。

 飲まれて粉々になる、そんな気がする。


 夜空がキレイだ。そう思った。

 肉片がキレイだ。そう思った。


 違う。違う。


 空に浮かぶ小さな小さな色の異なる肉片。

 違う。


 蚊帳の外にいるような私。中では助けられない命が嘆いている。家屋の光は無い。空が光っているように見える。血が光って見えるようになる。


 止めて。


 肺も頭も無くなった体から、只管に喉が息をしている。生きているように生き続けようと。


 そんな光景が目に入る。赤い。そう思った。


 水のような血はその波紋を広げている。星空のように臓器をばら撒きながら。気づけば、怪物はいない。この子と二人きり。動かないはずの腕が持ち上がり、指を指した。同時に眼球や足も。私を刺した指した。呪わんばかりに強く。健を浮かせて。


 やめて。お願い。私は何もできなかった。


「お前だ」

 そう言った。


 空は赤い。炎の赤。魂の赫。捧げる閼伽。全てが臓器の赤褐色

 空が綺麗。透き通った星空。これ程に綺麗だと、私では通れない。


 うめき声が聞こえる。それは自分の物。


 わからない。


「合格。よく耐えられたね」

 そんな母性の声。

「赤じゃなかったら、私耐えられないよ」

 そういった。

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