過去と霧雨と幻想の接吻
第15話
火の海が見える。それは、自分が放った火の粉のよって齎されたもの。
その街は、消え去る。今まで見た研究所のように。もとい、消え去った技術のように。
でも、私も幸せに成りたいだけなんだ。いくら命が消えようとも、これから生まれて幸せになる命と比べたら微塵な数。
今、不幸になれば未来は明るい。今は耐えれば良いんだ。今は。
技術は必要ない。怪我で死ぬ命、病気で死ぬ命。確かに尊い。その一つ二つの命を救う技術は、何十人の命を奪う事ができる。最大多数の最大幸福。
一人の命を助ける物は、複数の命を殺す。
ならば、一つを捨てて複数の命を助けた方がよっぽど幸福だ。危険な芽を摘み取るのみ。
だけど、だけど。いざ、命、生命が奪われる光景は、見たくない。
焼かれた遺体。燃える音と同時に聴こえる断末魔、うめき、助けを願う声。私が殺した命の数だけ、細胞が死ぬならば、私はとっくにこの世に居ない。
でも、仕方ないんだ。そう言い聞かせるしかないんだ。
でも、でも。嫌なんだ。
嫌だ。殺したくない。
でも幸せに成りたい。
幸せを願い、それに手を伸ばそうとするだけで、消える命。
アメジスト。君はどうするの? 君ならば、技術をどう扱うの?
助けて、ゆずくん。私は分からないよ。
助けて。
「システム愛。シャットダウン」
「「「完了」」」
揺れた視界。
涙が流れ落ちる。
自分が自分でないよう。
そう思えてくる。
幸せってなんだろう?
技術の有る幸せ。技術の無い幸せ。
嫌だ。嫌だ。考えたくない。考えたくない。
終わりにしたい。
終わり。
終わり。
私が、始めた事だけど。
「ショートカット「抗鬱」。コマンド「思考代行」」
「「「ナノシステム「赤」によりショートカットを実行しています。コマンド、気分改善。コマンド、多幸感。コマンド、忘。コマンド、思考放棄。実行中。完了しました。思考代行コマンドを受け付けました。現在実行中の意識をスリープに移行させます。完了しました」」」
私は、君と家に帰ろうとバスを探していた。ただ、様子がおかしい。
「「「ナノシステム「アメジスト」より警告。エスケープ座標への脅威を確認。迎撃プログラムを実行しますか? y/n」」」
「ねぇ。あれ」
そう君は言って、山の方を指差した。
そこには、微かに見える、大量の煙。場所は、ちょうど自宅がある方向。
「急ごうか」
君の手と握って走り出す。
案の定、自宅を有する町一体は、焼け野原。
もう既に時間が経っているようで、灰と金属が焼ける匂いが漂っていた。人?らしき生物の死骸も転がり、足が挟まり動けなかった者、家具の下敷きになった者、それぞれの悲惨な情景が目に浮かぶ。ただ、奇妙な事に目に映る人間は全て、頭がなくなっている。
心無しに、血の匂いを嗅いだ。
炎の中、一人が立っている様に見える。涙を浮かべて膝から崩れ落ちるその存在は、炎に包まれ幻想のように消えていく。
「「「ナノシステム「アメジスト」より通知。この時代に存在しない生命探知レーダーが使用されました。なお、自身と個体名「亮」は本機器のレーダー妨害により探知されまていません」」」
あの時のレーダー?
気付けば、足が強張り動けない事を自然と自覚している。
「「「警告。形式不明の旧式のレーダーが使用されました。妨害は不可。探知されました」」」
私は恐怖によって動けない。「見つかった」その事実が怖くて怖くて涙が浮かぶ。使用者がどうであれ、この装置は非人道的な殺傷装置。レーダーで発見されれば、即座に殺される。
迎撃は出来ない。攻撃を受けて、回復する事も望めない。
どうすれば? どうすれば良い?
”遺体の頭が無い”事を考えるに威力は察しが付く。だとすれば私がどうにか出来る威力じゃない。
「逃げて!」
絞りきった声だけが響く。
動く事を忘れた足に、逃げる事を無理やり叩き込む。
元来た道を只管に走る。
トンネルを逆走し、海の有る方へと必死に足を進める。
そんな暗く静かな空間の中、一台のボックス車が止まっているかと思えば、聞き慣れた声がした。
「水奈とその彼氏! 早く乗って!!」
硝子だ。
ドアの開けられたその後部座席に、私達で飛びこむ。
助手席に硝子が現れ、車が動き出す。
「あー、アメジストちゃんがその様子なら、レーダーに引っかかったぽいね。で、言い方おかしいけど新型? 旧型?」
「旧型。私達の世代の型は妨害でなんとかした」
自然と声が震えている。
「流石、と言わざる負えない技術力だね。昔の君と同じだ。旧型はどうしようもないけど、幸いな事に、旧式レーダーと私達の型、つまり最高技術のレーダーはリンクしていない。君の恐れた攻撃はしてこないから安心して」
その言葉を、どれだけ飲み込めたのか自分でも分からない。体のいたる所が震えて、喉は掴まれたかのように収縮し不快感を覚える。動機、目眩、寒け。
内蔵を持ち上げられるようで座ってられない。
私は、座席を支えに足場に座り込む。
そんな私の背中を、彼はさする。
彼には申し訳ない事をした。守るべき存在の前で、私は尻尾を巻いて逃げた。
立ち直らなければいけない。でも”この世とは思えない程に恐ろしいんだ”。私達と一緒に生活し研究した博士、その命を奪った張本人。使い方を間違えたあの技術。
元から、無ければ良かったのかもしれない。でも、あの技術が多数の人間の命を救ったのも事実。軍が悪用した、生命探知レーダー。殺戮兵器にも成りえて、救命装置にも成りえる、諸刃の剣。
私は、何をすれば良いのだろう?
技術を継続させ、誰もが長生きが出来て幸せな一方で、時に一瞬で無数の命が消える世界。
技術を抹消させ、誰もが短命で有るものの幸せな一方で、一度に奪われる命は少ない世界。
私を大切に思い、背中を撫でた君は、どちらを選ぶだろうか?
私は、技術の発展の為に、彼を守る予定だった。いざ接してみれば、人間では無いのに、私は恋をした。人間を模した人工生物の”者”なのに恋をした。
我々の恋とはなんなのだろうか?
「アメジストちゃん悩んでるねぇ」
そんな声が思考を遮った。
「今は、水奈ちゃんって言うんだっけ? 覚えているかい? 君たちを見つけだ教授だよ」
場所は運転席から。彼は今日お世話になった屋台の店主だった。
「教授?」
「そうだよ。”
「いや、教授、アメちゃんは覚えて無いでしょう。だって、蛇の姿で活動していたんですから。人間になったのは、ここ十数年ですよ?」
「ごめんなさい。僕、この話ついて行けないのですが」
「あー。ごめんね。彼氏くん。俺は昔、とある大学の教授をやっていてね。その研究と検証の結果、君の彼女さんや、今問題を起こしている存在を見つけ出してしまったんだよ」
「どういう?」
「わからないよな。まぁ簡単に言えばこの世に存在する、古代文明の結晶、
「まぁ、僕ちゃんは、気にしなくても良いよ。これは私達の問題だから」
そんな、重たい空気と話が、夏だというのに場を凍らせる。
教えなければいけない情報。でも、教えたくない情報。これでは、彼は私を”彼女”として、扱ってくれないかもしれない。
そんな、思考はより体調を悪化させる。
吐き気、震えは、より凍った思考へ導き、私は、孤独になると確信する。
ただ、完全に信じる事が出来ず、”誰かが、後ろからハグをしてくれるのを”期待していた。
ふと視界に彼の顔が映る。彼なら彼女と扱ってくれると信じ表情を読み解く。
しかし、水晶体が映し出したのは、酷く困惑した彼の顔だった。
手を差し出そうとしたのだろうか? その手は不自然な場所で静止している。
「助けて」
そんな、声は声帯で発される事はなかった。
ただ、その時間だけは色濃く残り、信じ難い事実のみループ再生される。彼の顔、彼の目つき、彼の手、全てが信じ難い事実。受け入れる事が出来ずにプカプカ浮いた。
彼はなんて思ったのだろうか?
「今、彼女の体は半分以上人間なんだよ」
その言葉が、車内に響いた。
車が止まった。そこは、山奥だった。
「私の家がある」そんな言葉を、薄っすら聞いて彼について行く。
そこは、地下室で平屋建てと同じ程の広さがあった。
「私の家にようこそ!」
「あーはいはい。この地下って、俺らが昔使っていた所だろ? たしか、硝子。お前が作った」
「そうです! 私が作りました!」
この光景を彼はどんな目で見ているのだろうか?
分からない。知りたくない。
「でも、寝室が三つしかないので、そこのカップル。二人は一緒の布団で良いかい? 良いよね? 良いね。決まり」
「あの、寝室の話は良いですけど、ここは安全なのですか? 地下なので直接的な攻撃以外は大丈夫でしょうが、機械特有の電磁場を拾われては場所はわかってしまうのでは?」
彼は真っ直ぐな目で、得体のしれないであろう存在に質問をしている。
だって、青半透明な触手、まるで海月の腕。そんな物をぶら下げた、人型の生物。
「彼氏くん。君は頭が良いね。確かにその電磁場は存在しているけど、この内壁
と外壁は、それを遮断するように作られているんだよ。何故なら私が作ったからね!」
「あーはいはい。俺の力を借りてな」
蝿を払うように、そう教授は言う。
そんな会話が、リビングのような空間で広げされる。
「まぁ、ここの場所の事は私に訊いてね!」
そんな言葉の後、私と彼は部屋に案内された。その部屋には、二つのベットが置いてあるが、それがスペースの限界で、他には特に何も置いていない。
「シャワーなんだけどね。って彼氏君大丈夫?!」
ベットに腰を掛け、俯いて居た私は気付けなかった。そのすぐ近く、彼が泣いている。
そんな彼を、硝子は宥めているが、どうやら上手くいっていないらしい。
「両親はどうしているだろうか?」と疑問が聞こえてきた。そんな疑問に、硝子は「大丈夫だよ。きっと」と答えを出した。
その言葉を飲み込んだのだろうか。彼の徐々に鼻をすする音が薄くなった。
「ごめんなさい。大丈夫です。ありがとう」
そう彼は言った。
一方で私は俯いたまま、空を見上げたかのように思考を遅延させていた。
僕の目から涙が溢れていた。両親の心配も勿論有る。だけど、何より彼女が別人かのように暗く深い溝に落ちていった。
僕に何が出来るだろうか? この事件の事も、何もかも全て。今は家族を失った事を嘆くより先に、今後の行動を考える必要が有る。
それは分かっているのに、涙が流れるのは自然な事で、自分にも止めることは出来なかった。それは仕方ない事だと押し切って事を進める。
「教授や硝子から話が聴きたい」
そう僕は口にし、部屋を出ていく。
「所で、何の話が聴きたいのかな?」
場所は、先程のリビング。そこに三人が集まった。
「加害側の考え方と、硝子さんなどの世界線の話です」
「君は、面白い事を訊くね。よし。話すか」
教授は足を組み直す。
「まず、あの世界線を理解するには神話を理解する必要がある。内容はこう。環境破壊が進んだ世界に神様がやってきて、人間を叱る事から始まる話だ。この神様は、概念を司る名も無き神で、こう言った
「自然にこれ以上手を出すな」と。すると、王様に仕えていた大臣がこう言ったのさ。
「わかりました。しかし、それを実現するには我々の技術力は少々足りないようです。ですから時間をください」ってね。そしたら、神様は力を貸してくれたそうだ。その力は二つ。通称、”基盤”と”者”だ。
基盤は、自己改善や、自己改良と言った概念を司る神だった。より良いものを作る事を好んで、この後に暴走を始める。
者は、人間の形をした人間では無い生物だった。一応、生命を司る神でもあった。
人間は、先に者の力を借りて、奴隷を大量に作った。労働力を得た人間は、基盤と共に文明を発展させた。労働力は巨大な船を造船し、それを外の世界に打ち上げたと伝えられた。その時、神はお守りとして”アメジスト”を渡した。そして、地に残った研究員と奴隷は新たな、文明を築いた。
その文明こそが、者とシステムを作った。アメジストテクノロジー社だ。AT社は者の力と基盤の力を独占、販売し大きくなった。基盤は人間と研究する事を楽しく思い、その類似する人達に囲まれた。その結果、暴走を始める。基盤は植物を改良。この世界で言う所の遺伝子改良だね。しかし、アギピドはその行為を禁忌とした。それに、生命を処理するのは”者”の役目であって、後々怒りを買う事となる。
怒りを覚えた者は、自身の力を使い、三人の生命を作った。名前は、水晶、石英、硝子だ。
水晶は思考を司る神。
石英は情報を司る神。
硝子は再現を司る神。
これらは、二酸化ケイ素類と呼ばれ基盤と別方向科学を発展させる。ナノマシンとシステムだ。まずナノマシンは、二種類ある。基盤の作ったトランジスタ型。者が作ったニューロン型。この装置を使って動作させたシステムはナノシステムと呼ばれている。ナノシステムは、特定のコマンドを使いその機能を使用する。そのコマンドをまとめた物がショートカット。
その三人を使用し、緑の沈静化に成功した者は死亡するまでの間、人間の世界で暮らす事となる。者が死亡する時、同時に緑も死んだと言われ、二酸化ケイ素類もその数年後、後を追うように自害した。AT社は、それを不都合に思い、既存に存在する技術を使用し、水晶と石英を復元した。硝子の代わりにはアメジストを使った。そうお守りの、アメジストだ。
そして同時期に偶然に生まれた、神と同じ程に優秀な存在である、母性。これは、以上な再生能力を持ち合わせ、その後、ナノシステム「愛」を稼働させる事となった。
愛を稼働させた事件として、者の人権問題のテロだ。
このテロを最後に、この神話は終わっている。テロの内容は大量の血が流れたとだけ伝えられている。
そして、コイツが作られたのは、その数年後のAT社が完全に衰退した頃の話。母性が技術に疑問を持つ。コイツはその頃、まだナノマシンを保有せず、文明が完全に破壊された後に手に入れたと言った」
「正確には、母性、とその夫。石英、水晶、私、アメジストだけが生き残って、母性の夫に貰った。ナノシステムは、ナノシステム「アメジスト」を自分用に改良してたら「硝子」になってた」
「生き残っていたと言っても、その形は人間ではなかった。まぁ、ナノマシンの結晶など、だね。母性は兎の姿で、アメジストは蛇。石英と水晶は本、母性の夫は結晶だった。
で、俺が好奇心で一種の封印を解いてしまった事で、今に至る」
「つまり、母性は自身のトラウマによって今の行動にでていると」
「だね。ちなみに私はずっと意識もってて海で蛸になってました」
「コイツは不死身だから問題ない。ただ、母性がもし”者”と等しい能力または、それを超える性能を持ち合わせているのであれば、再び神話の一部が始まる。名も無き神は、止めようとはしているらしいが、なんか知らんが勝手に鬱病発症しているし、神頼みは難しい」
「ほんと、概念を操るなら鬱病っていう概念を消せば良いのにね」
「それは出来ないと思います。鬱病はという概念は消せても、その病名にたどり着くまでの概念は存在するので、病名がなくなった鬱病が続きます」
「まぁ、硝子そんな所だ」
「もう一つ、質問良いですか?」
「なんだ?」
「アメジストが怯えた、装置とは?」
「あの殺戮兵器か。簡単に言えば、生命探知レーダーを使用した自動攻撃機だ。範囲内に居る生命を全て破壊するそんな装置」
「幸せを望むなら、何故使用を?」
「あー君は、自身の未来を知らないようだね。狙いは君だ」
「僕ですか?」
「君は、数万の未来予測プロセッサの未来に写り込んだ存在なんだ。疑問に思ったはずだ。何故、アメジストが自身に近づいたのかと。理由は、
「でも、バタフライエフェクト。ラプラスの悪魔は存在しませんよ?」
「歴史はバタフライエフェクトが重なってもある程度、同じ道を辿ろうとする性質を持つ。君はその道だ」
「どういう」
「まぁ、そういう事だ。遅かれ早かれ時間が発見させるのは、必然だろ? そういう事だ。文句を言うなら、
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