第12話
時が流れて朝が来る。
彼は午前五時に起きて眠たそうな顔で私に抱きついてきた。胸に埋まり、柔らかく「おはよ」と言って。
しかし何かがおかしい。
本来は、この時間に未来予測を走らせていた。でも私が我に返ったのは、午前ニ時過ぎ。愛の妨害を受けずに予測もできている。
何が起こっている?
バタフライエフェクトだろうが、まず過去に干渉する事は無い。いや、有る。私よりも前に私達の未来を予測した存在が居るのであれば、その後の予測は、それの未来になる。
ならば、愛の関係者が干渉を解いた?
未来予測の中で未来予測を見させた?
考えすぎかも知れない。もしくはただの夢だろうか?
でも、なにか気持ち悪い感触が蠢いている。
「今日楽しみだね」
そう君は笑う。
無垢なその心を汚したくない。
だとしたら端子も必要ないかもしれない。
朝日が昇り始める。
雀は歌い、アサガオは笑う。
そんな朝。日々の朝。
今日が始まる。
「朝ごはん作ってくるね。冷蔵庫の中、卵とか使って良い?」
そう、君に言う。
「もうちょっとこうしていたい」
と、君は言う。
「そっか。なら仕方ないね。もうちょっと後で良っか」
「だって温かい。久しぶりだよ。こんな気持ちになったの」
時刻は、六時を回った頃。
キッチンに君のお母さんがいた。
私は、その手伝いをして、サラダ、卵焼き、味噌汁を作る。
何かされてない? そう聞かれたけど、特に何も。と答えておいた。実際、彼は何もしていない。何かしているのであれば、きっと私の方。そんな事は言えずに私は黙々と菜箸で盛り付けを、感情を抑え込むように急がせる。
すると君が二階から降りてきて、あくびを漏らした。
この二人で作った朝食に、目を光らせてから上機嫌に顔を洗いに行った。
「美味しそう」
そう言って、戻ってきた君は食卓の椅子に座る。
彩られた没個性な朝食。
それに一礼し、君は口に運ぶ。
幸せそうなその笑顔につられて、私も口元が緩む。
いつも通りの彼。その他に何もない。
それさえ有れば良い。それ以外いらない。
朝食が終わって、君は海に行く準備をしている。その小さなカバンに、財布や替えのTシャツ、下着を入れて。
君は、鼻歌を歌いながら家を出て、手を繋ぎ、私の家に向かう。
何も無い、平凡な住宅街。植物は風を撫で、水を運ばせた。冷ややかな朝。しかし、すっかり太陽は笑っていて、今にも空気は元気を貰いそう。
人通りの少ない道。そんな道を何も考えず、陽気だけを感じて家のある森に向かう。
家に着いた私は、自宅の玄関に彼を待たせて、私自身の準備をする。
いかにも男の子が好きそうな水着を着て、ワンピースを上から羽織る。私も小さなカバンに荷物を入れて、苔むした床に落ちていた麦わら帽を被り、玄関に向かう。
朽ちた廃墟。そこが私の家。
着替えた私を見た君は少し顔を赤らめて、無言で手を伸ばした。その手を優しく取って、バス停に向かう。途中の道でアイスを買い、私達はそれを持ってバスに乗り込む。
最後部の座席に座った私達。
他には誰も居なくて、二人の空間。
海で何する? なんて話をして、その海に期待をした。
山の中、そんなトンネルを抜ければもうそこに、海がある。
点々と広がるビーチパラソル。それと人が楽しく泳いでいる様子が見える。
太陽の光をキラキラ反射する海。所々、白い地面の中に黒い石があって海藻が生えている。
バスを降りて、一番近いビーチに歩く。
その海の砂は砂利に近く、全てが白い宝石のようだった。海は透き通り、どこを見ても非日常で、心が踊る。
服を脱ぎ捨てて、海に駆ける二人。
走った君を追いかけて、私も足を急がせる。
だけど、君は渚で立ち止まって、本当に入ろうか迷っていた。
「触ってみてこの水。思ったより冷たい」
追いついた私にそう言った。
君の言う通りに私は屈んでその水に触れる。
「あー確かに。思ったより冷たい」
心無しに屈んだまま、君の顔を覗く。
同時に君も私を見て、目が合う。けど、直ぐに君の視線は少し落ちて、君は一歩、足を引いた。
そうして耳を真っ赤に染めて小さくこういった。
「そ、そうでしょ?」
それを面白く思った私は、彼の体に、この冷たい水飛沫を飛ばす。
「何照れてるの? 朝だって触ってたでしょ?」
そう悪戯っぽく笑って見せ、心を冷やすかのように水を飛ばした。
「て、照れてねーし!」
そう君も水飛沫を上げる。
「やったなー! えい!」
しばらくの間、水飛沫が飛び交うが、私達は笑い合って、いつの間に体はすっかり冷えていた。
海に入った君は少し沖に行って、海を背にプカプカ浮いていた。
私はその近くで、潜水したり君を観察している。
時刻は、十一時頃だろうか。太陽はもう山頂に登ろうとしていた。
すると不意に君は口を開いた。
「お腹空いた」
確かに時間はその頃。空いてもおかしくない。
「売店で何か食べる?」
「そうしようか」
と、浮いたままの君は言った。
海からあがって、私達はカバンを取り、売店や屋台を探す。ふと目に止まったのは、山の木に隠れた建築用の足場で建てられた古い屋台だった。
その店にはおじさんが居て、雑にお品書きが書いてあった。価格も街の相場よりかは少し高いものの、場所を考えればリーズナブル。
君は、保温ケースの中身を見ながら少し迷った素振りを見せたけど、その中には無い、カツ丼を選んだ。私はなんとなく君と同じ選択をする。
お金を払って、置いてあった簡易的なベンチで待つ。皆、お昼を食べているのか、海で遊んでいる人は少ないように見えた。
「お待ちどうさま」
と、二つの同じカツ丼が出てきた。
発泡スチロール製の白い丼ぶりに、お米と小さめのカツ。卵とじのそれでないようで、ソースが白い器を斑に汚している。
君は少し固いけど美味しいと言って、箸を進める。
少し、揚げ過ぎかもしれないカツに味の濃いソース。こんな雑な料理もここはご馳走。それに塩水にさらされた舌にはこれ以上ない程に美味い。
君の笑顔を見ていた私は微笑ましいと思う。だけど、ほんの少しなんだけど、私の心は雲行きを詰まらせていた。
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