第3話
そうだ。この少女はだれだ?
聞き覚えの無い声に、ここにいる理由。
検討すらつかない。
「あ、名前言ってなかったね。覚えてるかな?
水奈?
その名に聞き覚えは無く、そっとその顔を確認しようと僕は振り向く。
見慣れない制服に、案の定、見慣れない顔。
本当に誰だ?
「すまん覚えてないわ」
「そう? それは残念。でも、一緒に居れてうれしい」
そう笑って見せる。
なんか少し、不気味な感じも拭い切れないが、まぁ無視しよう。
ただ、本当にこの少女について覚えていない。
「で、なんで僕の事を好いているんだ?」
「なんか、守りたくなったから、一緒に居て楽しそうだったから?」
「なぜ、疑問形」
「わかんない」
そう言って歩きだす少女。
一番近いその窓を開け、風を感じるように胸を開く。
桜の花弁が数枚ヒラヒラ室内に入り、短い髪は動きこそ少ないものの、確かに揺れている。
飛び出しそうな雰囲気を醸し出し、少女は笑う。
さて、この感情をどう説明して良いかわからないが、恐らくこれは”一目ぼれ”というものだろう。おかしな話だ。告白した人に一目惚れをしたのだ。
気付けばこの世界の人間は二人だけで、また”朽ちた学校で”と、そう錯覚しているだけかもしれない。そう僕は思い、空を見上げる。空は澄んでいて、またその下を歩いていられない程に、神秘的だった。
「これからよろしくね。亮君!」
あれから、何時間と言う時が経っただろう?
すっかり、日は落ちていて僕は、家に居た。
「君ってさ、人肌恋しいの? 抱き枕にくっついてさ」
布団の温もりを感じる。しかし、その中に自分ではない熱源があることに気づくには時間を要さない。
「抱き枕じゃ、物足りないでしょ?」
そう、言って彼女は僕の顔に、その申し分ないほどの胸に押さえつける。
息ができない程に強く強く。
やっとの思いで吸うその空気は、すっかり彼女の物で、柔らかく優しい、そんな匂いが濃く甘く、脳に充満する。
記憶が消えているような、そんな感覚に陥る。
目を覚ませば、朝。
僕は、顔を洗い食卓に向かう。
そこに少女はキッチンに立っていて、何かが焼ける音がする。
「もうちょっとで出来るから、待ってて」
そう言って、微笑む。
家を出れば通学路。
いつもは騒がしいその道も、今日だけは静かで、落ち着ている。
少女と僕は手を繋ぎ、学校へ向かう。
その道中、何気ない会話がとても面白い。
学校も、夜逃げしたみたいに居座っていて、教室、体育館、運動場、その全てが僕たちの物。
目を開けば、そこは夏。
グローブ片手に、運動場でキャッチボールをする。
彼女は楽しそうにボールを高く投げた。
空には大きな入道雲。
プールに入る彼女は、その綺麗な肌を自慢していた。
水を掛け合って、また潜水対決をしたりと。
そこは、赤い日差しを水面に映していながら。
手を振れば、そこは、夜。
浴衣姿の彼女はと手を繋いで、見る花火。
その音は、これからの関係を表すように、大きく響いて、存在する事を誓う。
顔を見れば、そこは、家。
彼女の肌を感じ、眠りつく。
チャイムが鳴る。
今日は夏休み中の登校日。
「亮君ってさ。またどこか行きたい所ある?」
帰り道、そんな事を訊いてくる。
「じゃぁさ、またお家行っても良い? 中で何してたかは私が言い訳考えるからさ」
「全然いいよ」
「やったー」
そう言って、手を握り直す彼女。
「おうちでーとってやつ?」
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