四章 メイドと花嫁⑥
ジェシカはもう何もいわずに甲斐甲斐しく王の遺体を聖水につけた布で拭っていった。全身は黒の斑が行渡っており、【人狼病】の発症となった魔物の噛み痕が微かに残っていた。
黒い斑に紛れ、体のあちこちに傷跡がある。王の日課は訓練という話であった。
その傷痕なのか脇の下には火傷のような痕があった。
(……)
(どうした?)
(ゴーレムさんその火傷のような後、少し調べてもらえないですか?)
「御意」
ゴーレムは身体を拭きながらその火傷の後を探る。こつりと指先に固い突起が当たる。
「御意?」(どうしました?)
「御意」(……ゴーレムさん、それは抜き取ることはできますか?)
「御意」(何かあったのか?)
ゴーレムが火傷の痕から針金のような細い何かを抜き取った。
窓から差し込む月明かりにゴーレムの手元が照らされる。それは鈍く光る針だった。
(針……?)
(そのようですね)
その後、作業は三十分ほどで終わり、ジェシカと共に沈黙のまま兵舎へと戻った。
ゴーレムはジェシカとは別の部屋をあてがわれ入室した。
部屋に一つしかない窓の隅に、机と椅子が置かれ、反対側の壁にはベッドが置かれている。後は壁に備えつけられた魔法石の明り。
「なんだかどっと疲れたな……というかゴーレム、御意としか言っていないんだが? なんで会話が成立してんだ」
「『魔法言語』というものです。シウスさんから聞けば通り一遍等「御意」としか聞こえませんけど、ゴーレムさんは今姿もそうですけど幻を見せているような状態。そして言葉もまた魔力を含み、発せられる言葉はゴーレムさんの感情を乗せ相手に伝えているような状態、彼らにはその感情を直接ぶつけられているようなものですね。そしてそれは感情に沿った言葉に彼らの中で変換されるのです」
「なんか、すごく都合がいいな?」
「まあ少し予定とは違いましたけど、本来の目的は達成されましたね」
「ああ、王の体は黒の斑が『人狼病』が再発してたみてーだな。つまりは病死か」
「ええ。やはり誰かが再び王様にあの症状をおこさせた」
ふと、ベアトリーチェの言葉に疑問を抱く。
「ちょっと待て、あんたの言い方だと。誰かが王を再び病気にしたって聞こえるんだが?」
「その通りです」
「いや、まてまてまて、王は病気を再発し、そして病状が悪化し、病死したんだろ?」
「正確には違いますが。王はあの症状で死にいたりましたね」
シウスは違和感を覚えた。
「一つ聞きたいんだが。あんたは一貫して別の誰かが王を殺したと言っていた。俺ももちろんそうだと考えた。誰かが俺達を王殺しの犯人として祭り上げ、自分の犯行の隠れ蓑にするために。だから――王の死因は病気の再発ではなくまた別のものだと予想した。だが王の体は病気の症状が出ていた。だから俺は王を殺したのは誰でもなく病死だと判断した。だがあんたの言い方だと――何者かが王を殺すため病気を再発させたと言っているように聞こえるんだが?」
「その通りですよ?」
疑念が確信にかわる。
「逆に聞きますけど。仮に病死だと、つまり誰の手でもない死。目的が王の死であるのなら、すでに目的は達成されている。では、私達に罪を擦り付ける意味はなんなのでしょう? あえて私達を王殺しの罪人に仕立て上げる意味は?」
目的がただ王の死であれば、自分達に罪をきせる必要はないが、例えば大臣辺りが王の死を受けいれられずに殺されたんだと、つまり逆恨みで俺達に罪を着せたのではないのかと考えた。だがベアトリーチェはそうではないと暗に告げている。
「なぜ……、そう思うんだ? 俺とあんた何が違う? 正確にはって何のことを言っている?」
ベアトリーチェはきょとんとした顔で一度首をかしげ、ぽんっと手を打ち、口元に手を添えてこそこそ話をするようにシウスの耳もとに唇を近付け囁く。
「あれ、先ほどから病気、病気と言ってらっしゃいますけど、あれ病気じゃないですから」
まるで仲の良いあのパン屋の夫婦が実は仮面夫婦で家だと仲が悪いのだくらいのテンションで告げられるその衝撃内容に窓ガラスに罅割れが起きたような音と共にシウスの時間が止まる。
そういえばベアトリーチェは一度も『病気』とは口にしていない。
確かにあれが病気ではなく例えば呪いのような類によるものならば、王のあの状態は何者かが人為的に引き起こしたことになる。
いや、しかし、この城には側使えの魔法医もいるだろう。なぜ、その魔法医は病気などと診断した? そう理由は王が狩に出かけ、そこで魔物に噛まれ『人狼病』を発症したと伝えられていたから。
「ま、待て待て、じゃあ……あれは、何なんだ? あの症状は『人狼病』だろ?」
「簡潔に言えば、あれは『エンチャント』魔法ですね」
「エンチャント? バカな――。『人狼病』の間違いじゃなくあれはエンチャントだっていうのか? 見たところ凶暴性は突き抜けてアップしてたみたいだが、あれじゃあまるで呪いじゃねーか。それにエンチャントはあくまで一時的なもので長期間続くようなものじゃない――」
「【狂戦士】というエンチャント魔法をご存知ですか?」
「……【狂戦士】?」
「ええ、光の女神ルムミナの奇蹟の物語はご存知でしょうか」
光の女神ルムミナの奇蹟――古王国時代、『人狼病』を患った人々を治した女神の話だ。
冒険の途中、シウスはその奇蹟が描かれた廃墟と化した教会を訪れたことがある。
「……知っている。だけど、ありゃ古王国時代に『人狼病』が流行し、それを治した女神の話だろ?」
「違いますよ。女神ルムミナの物語は――古王国時代に魔族と人族との戦争を機に生まれた忌まわしき魔法【狂戦士】を掛けられた人々を救う物語なのです。ちなみに【狂戦士】とは――掛けられた者は凶暴性とともに身体能力が劇的にアップし、視界に入った者は敵も味方も関係なく命尽きるまで襲いかかる禁忌の魔法です。『人狼病』は【狂戦士】を生み出すにあたって元となった因であるために、症状が似ているので間違いやすいといえばそうなのですけど。きっと長い歴史のなか、いつのまにか【狂戦士】が症状の似ている『人狼病』へとすげ変わって認識されていったのでしょう」
もし、あの廃墟が、いや教会だけでも生き残っていれば【狂戦士】という魔法は語りつがれていったのだろう。忌まわしき魔法として。
「そんな魔法初耳だぞ? そうか、だから魔法医は『人狼病』だと診断したのか。知らなければ、症状が似ている『人狼病』だと判断する。そして、『人狼病』の治療を行なうが、まったく回復せずに……、だがよ本来エンチャントってのは」
「ええ、本来であればエンチャントは一時的なものとしてかけた相手に身体能力の強化を行います。これは時間がたてば元に戻り、肉体への負担はそうかかりません。ですが――」
その通りだ。あくまでエンチャントは一時的な身体能力強化。シウスの知り合いの冒険者もエンチャント魔法を使う。だが時間がたてばその効力は消え失せる。もっと長い時間魔法の効き目があればどんなに冒険の役にたつかと考えたことは限りない。
ベアトリーチェが一度息を吐いて、二の句を次ぐ。
「だからこそ禁忌の魔法なのです。そして、その状態変化がずっと続けば」
「続けば――」
「掛けられた者はその体の激変に苛まれ続け、精神が崩壊しそのうち肉体が限界を迎え、そして――死に至る」
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