第4話『初めての総統』


 ひたすら反復を繰り返すリハビリも、その成果が如実に表れると、日々喜びと化す。

 それは、そう時間がかからなかった。


 偉大なる組織の偉大なる科学者。

 そうなのだろう。

 自然とあの女科学者の事を、俺はオーガスタ博士と呼ぶ様になっていた。


 オーガスタ博士の生み出した究極の細胞とやらのお陰で、俺は見る間にその機能を取り戻しつつあったからだ。


 今や歩行走行は難無くこなし、戦闘体形になれば、その表皮は硬質化し、赤黒い甲羅の様になり、拳銃程度の弾ならばその表面で止められる。

 左の腕は、小さいながらも鋏の様に変じ、その力で鉄のパイプ程度、まるで紙の様に切り裂いて見せた。


「おい、誰か俺と模擬戦をやろう!」

「良いだろう!」

「やる!」

「私も!」

「俺様もだ!」


 数体の被験体が名乗りをあげ、訓練室の広い床面で対峙した。

 みな、見る間にそれぞれの戦闘形態に変じ、身構えた。

 人ならざる改造人間。

 動物や植物等の細胞組織を取り込む事で、人を超えた存在となった俺たちは、もはや何度死んでも簡単に蘇る究極の生命体だ。

 もっとも、蘇ったばかりで、その力の大半は失っているが。



「いくぞ!」


 俺は体節を跳ねらせ、宙を舞った。それがこのバトルロワイヤルの合図。

 自在に跳ねる力は、この訓練室の天井程度容易に届いてなお余りある。たかだか三階程度だ。だが、それは他の者も似たようなもの。


 視界の隅を縫うように、透明な昆虫の羽を激しく振動させ被検体七号が素早く飛ぶ。

 それにも増して、唸る様に飛翔する九号。

 俺は身をくねらせ、軌道を変えた。

 が、俺の脚を引っ張る感覚に、やられたと判じ、その力をも利用し、俺は迫る九号を思いっきり弾いては、その衝撃にピンと張った右脚に絡まる一号の糸を断ち切った。

 その反動に、コンクリートの壁面に着地するや、俺はその衝撃に思いっきり身を屈め、空中で組み打つ七号と九号、糸を切られて体制を崩した一号、そして姿を消した六号の影を一度に視認し、跳ねた。


「くく!」

「ぬう!」


 視界いっぱいに白い糸が広がり、俺はそのまま腕を十字に組んで一号に突っ込んだ。

 フライングクロスチョップ。

 一号の体表組織は、俺に比べて柔らかい。この勢い、どちらのダメージが大きいかは、容易に想像出来た。


 だが、一号はその六本ある腕を巧みに使い、瞬時に織り上げたネットでやんわりと受け止めて見せる。一号は、強靭な糸を自在に生み出し、操る能力があるのだ。


「やるな!」

「ぐぐぐ……」


 ひからびた老人めいた唸りをあげ、ネットを閉じようとする一号に、俺は体液を浴びせた。

 以前なら、人間程度一瞬で溶解させる強毒も、今では目つぶし程度にしかならない。それは判っているが、粘着性の糸が絡まるのを防ぐには有効だ。

 僅かに白い煙を上げるネットを切り裂き、脱出した俺は飛来する気配に跳躍した。


 風景に溶け込んでいた六号が姿を現し、数メートル先からその長い舌を飛ばして来た。それは判ってる攻撃だ。不意打ちしか出来ない弱い奴だが、その隠密性は脅威。


「バカめ!」


 俺は大体の立ち位置を把握していたから、迷わずにその真上に躍り出た。

 振り上げた鋏を、まっ直ぐに振り下ろす。コンクリート塊すら砕いてみせる一撃だ。悪いが再生カプセル送りにしてやる!


 そう思った瞬間、室内の光が暗転した。

 更には、聞き覚えのある様な、無い様な、野太い男の声が響き渡り、俺はその手を寸でのところで止めた。


「再生怪人どもよ、聞くが良い」


 壁面にある組織のエンブレムから赤い光が明滅し出し、声はそこから響いて来る。


「至急、作戦室に集まるのだ。これよりお前たちに作戦を伝える」


「総統……」

「いよいよか……」

「おお、待っていたぞ! 待っていた!!」


 皆が歓喜の声を挙げる中、俺だけが愕然とその身を強張らせていた。


 初めてだけど、初めてじゃない。

 ぶるり。ぶるぶると不可思議な震えが走った。


 何だこれは?


 頭の中で、何かのスイッチがカチリと入る感覚。一気に俺の世界が転じてしまった。


「……思い……出した……」


 皆がそれぞれに口にする言葉から、俺はその声の主が総統である事を思い出し、全身を歓喜の震えが走った。

 何という存在感!

 心の底から沸き起こる忠誠心!!

 これが、俺の脳に刻み込まれていた、偉大なる総統の声だった!


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