家康屋!
@Doubutumura
第1話 家康との出会い
少年の名は、伊藤泰示といった。特にごく普通の竹谷町中学二年生だ。彼は今、帰宅途中である。
「今日の歴史は面白かったな。俺、家康が負けたことがあるなんて、知らなかったよ」
泰示は横を歩く、クラスメイトの森浩二に言った。浩二は額の汗をぬぐった。
「三方ヶ原のやつか。信玄に敗れて、糞を漏らしながら撤退するなんて、家来も笑いこらえるのが大変だっただろ」
浩二は大の歴史オタクだ。先週の土曜日も、他県の歴史的遺跡を見学に行ったらしい。おかげで、社会のテストはそれなりに高い。
「家康が負けた戦いって他にはもうないっけ」
泰示に浩二は首を横に振った。
「ほかにも意外とあるよ。あの真田幸村に負けたり、武田信玄の子供の勝頼に城採られたり」
「それ聞くと、俺、うれしくなるな」
「なんで?」
「俺、家康あんまり好きじゃないんだよね」
「僕は家康かっこいいと思うけど。っていうより一番好きだし、尊敬してる」
浩二は泰示に反論した。
「そうかな。俺は人柄とかあんま好きじゃなくて。あの最後まで待って天下を取るっていうことが俺は何か…」
泰示が持論を披露していると、後ろから声をかけられた。
「会話中すまぬがよいかね」
泰示たちに声をかけたのは耳が驚くほど大きい若いお兄さんだった。着物を着ている。また、昔の人のように、月代を沿ったかつらをつけていた。なにか、祭りにでも行くのだろう。
「どうかしましたか?」
泰示がお兄さんに尋ねた。
「ここはどこだね」
お兄さんは頭をかいた。
何だ、迷子か。
「ここは△×県の竹谷町です」
「そうではない。どこの国かと聞いておる」
お兄さんは少しイライラしたように尋ねた。
「日本国ですよ」
泰示は何気なく答えたが、お兄さんは顔を赤くして、怒鳴り始めた。
「そういうことではないのだ!ここはどこの国かと聞いておる。三河国のようにな」
泰示と浩二は顔を見合わせた。
「す、少し待ってくださいね」
泰示はそう言うと、お兄さんから少し離れて、浩二にこっちに来るよう促した。
「ちょっと変じゃね、このお兄さん。急に国名聞いては怒りだして。それにそのいでたちもまるで、昔の人がタイムスリップしてきたようじゃないか」
「確かに。これに刀を持ってたら、本当に戦国時代の武士のように見えるよ」
浩二は興味深そうにお兄さんを見た。
「それより、質問に答えないといけなかった。あのお兄さん、三河国とか何とか言ってたぜ。ここって昔の国名だと何国になるか、お前知ってる?」
泰示に浩二は大きくうなずいた。泰示はそれで、一安心した。
「上前国だよ。上前国っていえば、納得してくれるんじゃないかな」
「分かった」
泰示たちは再びお兄さんの前に向かった。
「ようやく話し合いは終わったようだな」
お兄さんは少し馬鹿にしたように言った。
「上前国です」
泰示は浩二に言われたとおりに言った。
「何だって!」
お兄さんは目を見開いた。
「上前国といえば、岡崎から数一〇〇里はあるぞ。それに、この辺りは変わった屋敷が立ち並ぶな。それにお前たちのいでたち。まるで南蛮人だ」
お兄さんはいきなり泰示に近づくと、泰示の服の素材を触り始めた。
「やめてくださいよ。警察に通報しますよ」
泰示は少し後退した。
「警察?それよりこの私には向かうとは良い度胸だな。こうなれば、切り捨ててくれようぞ」
お兄さんはいきなり、着物の中から刀を取り出した。小刀だった。隠していたらしい。
「じゅ、銃刀法違反ですよ」
浩二は震えながら言った。
泰示たちは少しずつ後ずさり始めた。お兄さんは少しずつ、泰示たちとの距離を詰めてきた。
「あの、名前を教えてもらってもよいですか?」
浩二は何を思ったのか、いきなりそう尋ねた。
「どうせお前たちは殺されるのだから、教えてやってもよいだろう」
お兄さんはそう言うと、泰示たちの反応を確かめるように一呼吸置いた。泰示たちは恐怖で何もしゃべることができなかった。
「私は三河国の主、松平…いや、徳川三河守家康だ」
お兄さんは自慢するように、自分の名前を極端に大きな声で言った。
「え…家康様ですか!僕、尊敬してます」
浩二が驚いて言った。
家康は尊敬というワードに引っかかったのか、刀を引いた。
「私の名を知っておるのか。それならば、それなりの身分に違いない。名を二人とも教えてほしい」
家康に尋ねられて、泰示たちは名を名乗った。
「伊藤泰示です」
「森浩二といいます」
二人の名を聞いて、家康はうーんとうなった。
「変わった名だな。この辺はそう言う名前が普通なのか?」
「普通っていうより、今の世の中はみんなそんな感じってどころか、キラキラネームって言って、それ以上の変わった名前もありますよ」
泰示は言った。
「キラキラ?南蛮の言葉か?」
やはり、家康は本物のようだ。泰示と浩二はここが家康が生きている時代よりも四五〇年程未来の日本だということを詳しく教えてやった。
「そうか。道理で街並みが南蛮らしかったのか」
「家康さんはどこから未来にもぐりこんだんですか?」
浩二はすっかり家康と対面して気合が入ったらしく、目をランランと輝かせていた。
「この道をもう少し行ったところにある、竹谷神社だ」
家康は自分の後ろの道路を指さした。
竹谷神社なら、途中で通る。泰示と浩二は家康とともに、神社へ向かってみることにした。
竹谷神社までの道の中ほどまで来たところだった。
「あの建物は何だね」
家康は向かって左側の建物を指さした。
「あれは図書館ですね。大量の本が納められてますよ」
浩二が言った。
竹谷町図書館は周辺の市町と比べて、新しいせいか、蔵書の量も群を抜いている。勉強スペースも広く、カフェも館内にあるので、泰示はよく、浩二とともに図書館を訪れていた。
「気になるのう。戦国の世に戻る前に、図書館だけ見に行ってみたいなあ」
「いいですけど、その服装じゃ、怪しまれますよ」
泰示は家康の着物を見た。
「そうか」
家康は肩を落とした。
「そうだ。俺の家の服を貸しましょうか」
泰示がそういうと、家康はすぐにうなずいた。
「すまぬな。頼む」
泰示たちは泰示の家に急行した。
幸い、人には会うことなく泰示の家まで行くことができた。
泰示の両親は共働きで、帰りが遅い。また、大学生の姉がいたが、バイトをしているので、さすがに今は帰ってきていなかった。
「少し待っていてくださいね」
泰示は父のたんすを開けて、なるべく家康のサイズに会いそうな服とズボンを選んだ。
「家康さん、これでいいですか」
泰示は家康に服を見せた。
「大きさは良さそうだが、これはどうやって着るのかね」
家康は服と自分の体を眺めまわした。
「手伝いましょうか」
泰示たちが手伝って、何とか家康に服を着せることができた。小刀は家康が持っておくことになった。
「髪はどうする?」
家康がちょんまげを指さした。
「俺の家のかつらをかぶってもらうってことでよいですか?」
泰示は家康にかつらをかぶせた。幾分現代人のように見える。あとはしゃべり方だが、これは家康にしゃべらせなければ大丈夫だ。
「では、行きましょう」
泰示が先導して、図書館に向かった。
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