世界を救った英雄は誰を守りたかったのか?〜無能と蔑まれる貴族の少年、シスターと共に学園で英雄の道を歩く〜

楓原 こうた【書籍6シリーズ発売中】

プロローグ

 ───『全ての魔術師は英雄たる素質がある』


 魔術師界隈では、そんな言葉がある。

 今から百年前、『魔術』という力を編み出し、たった一人の人間を守るために世界を救った『英雄』と呼ばれる存在がいた。


 世界各国が領地や経済を潤すための泥沼の侵略戦争を広げていた時代に英雄は突如現れ、世界を安寧と平和もたらした。

 たった一人の人間を守るために。

 百年経った今では聞いたことのない人はいないほど、その話は有名になっている。


 ひとたび別の街に渡ろうものなら吟遊詩人が謡い、劇場に足を運べばその英雄譚が開演する。

 エルフやドワーフといった長寿種であれば、その時の光景を実際に目にしているかもしれない。


 一人の存在が世界を救い。

 一人の存在を守るために、世界は救われた。

 そして、その英雄は『魔術』という力を世界に与えたのだ。


 魔術師の存在は希少。

 一人がいれば戦場を動かせると云われており、今では国家において貴重な存在となっている。「自分は魔術師です!」と名乗ろうものなら、煌びやかな豪邸と可愛いお姉ちゃん達に囲まれること間違いなしだ。

 いくら泥沼の戦争時代が終わっても、小競り合いの戦争や多国間の牽制は残っているのだから、きっと下克上も容易になるはず。


 それほどまでに魔術師は重宝されるのだが、魔術師は決して「なりたいでーす!」といってなれる存在ではない。

 魔力という資質が先天的になければそもそも魔術は生み出せないというのもあるが、一番はあるルールを満たさないといけないからだ。


 それは『最愛者ラヴァー』と呼ばれる存在である。


 魔術師は一人の存在を術式の媒介として魔術を世に事象として引き起こす。

 簡単に言ってしまえばパートナー。世知辛く言ってしまえばお荷物。

 だってそうだろう? 最愛者ラヴァーが死んでしまえば、己は魔術を使えない。

 そうなってしまえば、魔術師たる存在意義も魔術師たる資格の術式ですら失ってしまう。


 故に、魔術師は一度しか選べない最愛者ラヴァーを守ろうとする。

 とはいえ、今となっては最愛者ラヴァーを『守りたい者』ではなく『媒介』としてを見ている魔術師が多いだろう。

 かの英雄とは意味合いが違うかもしれない───しかし、これこそが英雄たる資格があるということ。

 魔術師界隈で残る言葉の意味とは、つまりそういうことだ。


 ───そしてここで一つ、魔術師界隈では最大級の面白い謎がある。


 かの英雄は十代後半の少年だったそうな。

 素性、容姿、出自共に全てが英雄譚となるほど知られている。


 でも一方で。


 英雄が守りたかった者は、一体誰だったのだろうか?

 それだけは、未だに誰も分かってはいなかった───


「やぁぁぁぁぁぁぁだぁぁぁぁぁぁぁ!!! 行きたくない、ぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇったいに行きたくなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいッッッ!!!」


 ヘルゼン王国、ルルミア領。

 敷地面積出血大サービスで壮大に建てられた屋敷の一室にて、少年の声が響き渡る。

 わがままな子供が駄々をこねるような必死さがこれでもかと伝わってきた。


 室内には一人の少年。

 短く切り揃えた白髪に琥珀色の双眸。体躯はがっしりとしているより、程よくバランスが取れているぐらい。

 顔立ちは決して整っているというわけでもないが、ブサイクかと言われればそうでもないと首を横に振るぐらいの特徴のないもの。


 そんな少年───ルルミア侯爵家嫡男、セシル・ルルミアはソファーにしがみつきながら必死に首を振っていた。

 その姿は見間違うことなくわがままを起こしている子供のようである。


「文句言わないの! 今日から学園始まっちゃうんだから行かないといけないんだよ! 往生際が悪すぎて私が子供を病院に連れていこうとするお母さん的なポジションになってるから! 一児の母になるにはまだ若すぎるんだぞうがー!」


 しがみつくセシルの服を引っ張り、引き剥がそうとする少女が一人。

 ウィンプルから覗く艶やかなミスリルのような銀髪。愛苦しくも綺麗で端麗すぎる顔立ちに修道服越しに浮かび上がる凹凸のはっきりとした肢体。

 透き通る、宝石のようなアメジスト色の双眸。


 修道服を着ている少女は、まるで聖女のように綺麗で絵画に飾れるほど美しかった。

 きっと、往来を歩けば周囲の視線を一身に集めるアイドルになれるだろう。ファンサービスでもあれば、客席満員御礼間違いなしだ。


 しかし、今はファンサービスではなくわがままなセシルを引き剥がすために一生懸命だ。

 服が伸びようがお構いなし。少女───アリスは力一杯に引っ張る。


 何せ、今日は入学初日。

 貴族は十五歳を超えると三年間ヘルゼン王立学園に通わなければいけないのだが……この男、当日ボイコットを本気でしているのだ。

 だから必死に引き剥がさなければならない、皆様にご迷惑をおかけする前にッッッ!!!


「手のかかる子供なんか放置して優雅に青春を送って来いアリス! 俺は別に学園なんか行きたくねぇんだよ、誰が悲しくて一日の大半を勉強で縛られなきゃいけないの!? 緊縛プレイはそういう需要のあるやつにやってくれねぇかなぁ、喜んで札束プレゼントしてくれるから!」

「逆ギレ!? そ、そもそも女の子の前でそういうワードを口にする男の子って嫌われるって知ってた!? デリカシーさんはお金と愛と女神様の次の次の次ぐらいに大事なことなんだからね!」

「結構後ろだなデリカシーさんっ!? まだステージのセンターには早かったか!?」


 まぁ、生きていく上でデリカシーは必要のないことだから仕方ないのかもしれない。

 アイドルグループのセンターになるには、まだまだ価値として低かったようだ。


「ぶっちゃけさ、俺ってば別に英雄の守りたかった者とか興味ないわけよ」

「あ、話逸らした」


 セシルはアリスの手を無理矢理引き離し、襟首を整える。


「しかも信憑性さんはほぼ皆無でしょうに。所詮は巷で吟遊詩人共が適当に謳っていただけだろ───今年の学園に『英雄の最愛者ラヴァーがいる』って」

「確かに、信憑性さんは全然集まってないけど気になるじゃん。私達はちょうど年齢的にも学園に入学しなきゃいけないし、せっかくの機会だし!」

「確かに入学はしないといけないな……ぶっちゃけ、行かないと母上と父上から拳骨食らって枕を濡らす羽目になる。だがしかしッ! まだのほほんって自由気ままに遊んでいたいお年頃なんだよ俺はッッッ!!!」

「むぅ〜、私のさんはほんっっっとに変わってるなぁもぉ……行きたくないのは性格上仕方ないって感じで置いておくにしても、魔術師だったら気になることじゃないの? 魔術師界隈最大級、未だに解かれていない謎だよ?」


 アリスは頬を膨らませながら、可愛いらしく不満げにアピールする。

 セシルはそのマシュマロ級の頬を指でツンツンと遊びながら素っ気なく口にする。


「あんな探究心旺盛な研究者集団と一緒にするな、アリス。始まりの最愛者ラヴァーを見つけたら魔術の真理に近づけるとか言ってるけどよ。俺からしたら馬鹿かって話だ───」


 だけどその言葉に、アリスは一瞬だけ目を見開いてしまった。



「魔術師が魔術を極めるのは、守りたいやつを守るためだろうが」



 その言葉は「聞かれたから答えた」だけのような淡々としたもの。

 しかし───


(やっぱり変わらないなぁ……私の魔術師くんは)


 アリスの胸の鼓動が少しだけ早く脈打つ。

 心なしか、頬に熱が上った感覚さえも覚えた。


「か、かっこいいこと言ってるけど、学園には絶対通わせるんだからね。セシルくんは貴族なんだから、通わなきゃダメ。誤魔化そうとしても無駄なのです」

「おっと、バレたか」


 セシルは悪びれもなく飄々と肩を竦めた。


「でも私はすっごい気になる! あ、別に真理うんちゃらかんちゃらとかじゃなくてね!? あの世界を救った英雄は誰のために世界を救おうとしたのか! 私も最愛者ラヴァーの端くれとしてゴシップ以上に好奇心が煽られるんだよ!」


 やっぱり憧れるよね、と。

 赤くなった頬を無視してお目目を輝かせる。

 とても感情表現豊かな女の子だ。


「煽られないし、学園に通ったら夜更かしも昼起きもできないじゃん。知ってた? 学び舎は今時の若人から収容所って言われてるんだぜ? 行ったら最後、俺は悲しい悲しい籠の中の小鳥ちゃんよ」

「勉学は学生の本分なんだよ」

「だから学生になりたくないんだよ! 今ならまだ学生じゃないからセーフ、小鳥になる前に大空へ羽ばたく! 俺は好きな時に寝て食べてを繰り返す自由気ままなライフを謳歌したいわけなんだぞ、うぅん!?」

「それじゃ羽ばたく前に肥えて、美味しくいただかれるチキンになっちゃうよ……」


 一人勝手に盛り上がるセシルを見て、アリスは大きくため息を吐いた。


「もうっ! グダグダ言うのは禁止! だからやればできる子なのに「無能貴族」って皆から馬鹿にされるんだよ!?」

「いや、別に言われてもいいし紛うことなき事実なんだけども?」

「言い訳はダメ、絶対! セシルくんのお母さんから「息子を学園にちゃんと行かせてね」っていう任務を承ったアリスちゃんはセシルくんを強制連行しなきゃなの! 頑張れ、私! 初クエストは黒星大勝利だー!」

「お、おまっ! 耳は反則でしょ!? いたっ、痛いからやめてちゃんと行くから本当にッッッ!!!」


 と、喚くセシルの耳を引っ張り無理矢理部屋の外へと連れ出そうとするアリス。

 その時───耳の痛さが涙目を誘う中、ふとセシルは思った。


「あれ? このまま連行されたらアリスの着替えを横で見ることになるのでは……?」


 状況を考えてみよう。

 行く気がまったくなかったセシルはもちろん部屋着。そして、目の前にいる女の子は修道服を着ている。

 これから学園に通う生徒は、学園指定の制服を着用することになるのは常識的に考えれば分かるだろう。


 簡潔に言うと学園に行くなら制服に着替える。

 つまり、修道服を着ているアリスは制服に着替える必要があるわけでして、一度上からするりと一糸纏わぬ姿になるということになるわけでして、一緒に行動させられるなら必然的に神秘アガルタの扉を叩くことになるということなわけでしてッッッ!!!


「〜〜〜ッ!? ば、ばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「ぶべらっ!?」


 一回、二回、三回と。

 アリスの渾身の平手打ちがセシルの体をピンポン玉みたいにバウンドさせる。

 か弱そうな女の子から放たれた一撃とは思えないほどの威力に、周囲の物を巻き込みながら地面を転がるセシルは驚きを隠し切れなかった。


「へ、変態さんは嫌いっ!」


 アリスは頬を染めて、小さなため息を吐く。


「もぅ、ちゃんとしてる時はかっこいいのに……私のくんは」


 その呟きは果たしてセシルの耳には届いたのだろうか?

 それは分からないが、ともかくアリスはもう一度セシルの首根っこを掴んで部屋を出ていく。

 ピクピクと干された魚のようになっているセシルは、抵抗一切なしで連れていかれるまま部屋をあとにするのであった。




 なんの……なんの劇的も変哲もない序盤。

 どこにでもいそうな魔術師の少年が、どこにでもいそうな最愛者ラヴァーの少女と学園に入学する話。


 だが、しかしである。



 これは紛れもない───英雄譚のプロローグだ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


次話は12時過ぎに更新!


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