閉じた箱は満月に開く ~俺の初恋相手は“アヤカシ?”でした~
長月そら葉
第1話 駄菓子屋の話
満月が美しい夜、俺―
当時、俺は小学四年生だった。
住んでいたのは日本の何処にでもありそうな静かな住宅地。十分も歩けば小学校に着いて、行きつけの駄菓子屋は通学路の途中にあった。
「透夜、帰りに駄菓子屋寄ろうぜ!」
「ああ、良いな。今日こそはレアカードを当てる!」
「その意気だ」
そんな会話は日常で、その時大人気だったマンガキャラとコラボしたカードとガムがチョコ菓子がセットのそれは小学生の間で流行っていた。男女問わず、誰が好きだ嫌いだと話せる話題だ。
俺と仲の良かった
二人で、もしくはもう一人のクラスメイトの少女と三人で日が暮れるまで遊んだものだ。
その少女というのは、幼稚園の時に隣に引っ越してきた
「何、今日も駄菓子屋さん行くの?」
「おう。和奏も行こうぜ」
「しかたない。ついて行ってあげる」
放課後、子どもたちはそれぞれに散っていく。部活に行く者、塾に行く者、遊びに行く者、帰る者。俺たちは、遊びに行く方だった。
和奏は大人びて、顔もきれいな女の子だ。クラスでも可愛いと評判高く、小四で告白された回数は数え切れないだろう。一度、一日に三回男子と女子に呼び出されているのを見たことがある。腰まである黒髪と大きな目は、確かに群を抜いてかわいかった。
呆れたという顔をしながらも、和奏はいつも楽しそうについて来た。彼女も駄菓子が好きで、同じマンガが好きだったから。
「おばちゃん、これちょうだい!」
「オレはこれ!」
「あ、わたしも」
「はいはい。今日もあなたたちは元気ね」
駄菓子屋は、小学校の先生たちも公認の寄り道スポットだった。何せ、店主が校長先生のお母さんだったから。ここで何か悪いことをすれば、学校に筒抜けだ。
店主のおばあさんにお代を払い、俺たちは店の外のベンチでそれぞれ駄菓子を食べる。俺が真っ先に開けたのは、カード付きのチョコ菓子だった。
「――っよし、俺の好きなキャラ!」
「いいなぁ! オレは……あ、これ安藤の好きなやつだ。あげるよ」
「本当? ありがとう!」
安藤が好きなのは、マンガのヒロインだ。ちなみに俺が好きだったのは、主人公のライバルキャラ。竜人は主人公と主人公を導く先輩が好きだった。
いつものようにしょうもない話で盛り上がり、日が暮れかけたら帰る。その日もそうなると思っていた。
だけど、店のおばあさんが帰ろうとする俺たちを呼び止めたんだ。珍しいからどうしたのか尋ねると、おばあさんは真剣な顔をして「いいかい?」と口を開いた。
「満月の夜は、早くおうちに帰りなさい。
「やおびくに?」
「何だ、それ?」
俺と竜人が首を傾げる中、安藤が「あっ」と声を上げた。
「八尾比丘尼って、人魚の肉を食べて不老不死になった人のことでしょう!?」
「何それ、妖怪? あやかしってやつ?」
「透夜、そうじゃないけどそれに近いと思う。八尾比丘尼は、元々人間の女の人だから……」
安藤の簡単な説明を聞いても、俺も竜人もピンと来なかった。でもおばあさんは大きく頷いて、話を続けた。店にはもう、俺たち以外の客はいない。
「いいかい。八尾比丘尼は満月の夜だけ姿を見せる。この町には昔からそんな言い伝えがあってね。さらわれたら、二度と友だちに会えなくなる。気を付けて帰りなさい」
「……わかりました」
殊勝に頷いた俺たちに、おばあさんは「いい子たちだ」といつもの笑顔で言った。
「なあ、本当にそんなのいるのかな?」
分かれ道で、竜人が少し怯えながら訊いてきた。そういえば、こいつはお化け屋敷とか苦手だった。
俺も正直怖かったけど、あやかしなんてマンガやアニメの中の存在だ。「そんなわけないだろ」と笑い飛ばした。
だけど安藤は真面目だから、首を横に振って人差し指を俺たち二人に突き付けた。
「八尾比丘尼はいないだろうけど、最近変な人が出るって先生も言ってたでしょ? だから、早く帰るのは正解。ほら、帰ろ?」
「うん。透夜、安藤、また明日」
「おう、またな」
「また明日ね」
一人になる竜人の背中を見送って、俺と安藤も近くの自宅に帰った。
それですませればよかったのかもしれないけれど、俺はどうしても『八尾比丘尼』というものが気になった。だから、一人で夜中に家を抜け出したんだ。
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