私が春を嫌いな理由
月花
第1話 冬が好き
冬。
空気が水のように透明で、清々しくて。
雪が積もれば、世界中が純白に染まる。
私は、冬が好き。
反対に、春は嫌い。
桜も、あんまり好きじゃないな。
綺麗さよりも、散り際の寂しさが何となく目について。
お花見とかしようと思わないもんね。
人にそう言うと「あんた、変わってるわね」なんて言われちゃうけど。
帰宅部の私は、学校が終わると、さっさと撤収する。特に寄り道したい所もないし。
私は、肌に程よく染みる冬の空気を吸いながら、いつもの道を歩いていく。
と、額に微かな冷たさを感じて、私は空を仰いだ。
「あ……雪」
空から、白い結晶が花びらのように降り注ぐ。
「綺麗」
私は一人呟きながら、空から舞い散る、真っ白な祝福を受けた。
冬は美しい。
だから、好き。
ずっと、この白い世界で、時が止まってしまえばいい。春なんて来なければいいのに……。
家に着くと、私は「ただいま」と言って、誰もいないリビングに入っていった。お父さんもお母さんも、夜まで仕事なので、いつも日中の家は、私一人きり。窮屈な学校指定の革靴を脱ぎ捨て、鞄を投げると、そのままリビングに向かった。
冷蔵庫を開けて、牛乳を取り出す。グラスに注ぐと、それを片手に階段を上がって、二階の自分の部屋に入った。
グラスに注がれた、真っ白な牛乳を一気に飲み干すと、暖かいベッドに、ぽーんと飛び込む。ベッドの弱いスプリングに、少しだけ押されて、体が跳ねる。
「ん~幸せ」
私はお気に入りの枕を抱きしめながら、ベッドの柔らかさを心ゆくまで楽しんだ。
……どれくらい時間が経っただろう?
ベッドがだいぶ温まってきたのか、体中がほかほかしている。目は覚めていたけれど、その温もりが気持ち良くて、私は目をつむったまま、ごろごろしていた。
すると、顔や、手のひらに何かが触れてくる感触がある。
「……雪?」
私は少しだけ寝ぼけながら、呟きを零した。
あれ?でも、私、今家にいたよね?
何で、雪が?
不思議に思って、私はゆっくりとベッドから起き上がった。
そして、言葉を失う。
「これは……」
私の顔や手のひらに落ちてきているのは、雪ではなかった。
「桜?」
辺りを見渡すと、私は、終わりの見えない桜色の世界にいた。
信じられない。こんなことって……。
私は家にいて、しかも今季節は冬じゃない。
なんで?
延々と続く桜並木の世界で、ぽつりとベッドの横に立ち尽くす私。
「う~ん」
ぽかぽか春の陽気の中、私は腕を組み、首を傾げた。
そして、少し経って。
「あ、ここ夢か」と納得した。
だけど、よりによって嫌いな春の夢を見るなんて、私もついてないわね。現実通りの綺麗な冬でいいのに。
ぶつぶつ言いながら、私は桜の木々の間をゆっくりと歩き始めた。
すると。
「恵梨香」
不意に名前を呼ばれた。
「えっ」
私は後ろを振り返る。そこには、とても懐かしい顔の男の子が立っていた。
「桐島君……」
振り返ったその先には……密かに好きな気持ちを伝えられないまま、小学五年生の春、転校していった桐島君が立っていた。
「恵梨香、久しぶり!」
あの頃と変わらない声と姿で、桐島君は呼びかけてきた。久しぶりの桐島君の顔を見て、頬が熱くなるのを感じながら、私は返す。
「桐島君!何でここにいるの?」
「何でって言われても……」
困ったように彼は頭をかいて、ぽつりと。
「夢、だからさ」
そう言って、ころころと笑った。何だか当時と全然変わらない桐島君に、私もつられて笑ってしまった。
「そうだよね。夢だもんね!それにしても懐かしいなぁ。三年振りだもんね!」
思いがけない初恋の彼との再会に、私は子供のように、はしゃいだ。
それから、二人で、あの頃のいろんな思い出話に夢中になった。
ここが、夢の世界であることも忘れて。
ひとしきり話した後、私は、あらためて、この夢の世界を見渡した。
「それにしても、ここ、すごいよねぇ。見渡す限り、ずっと桜並木」
「ああ」
二人して、夢の世界をぐるりと見回した。
青い空と、一面の桜並木。
そして、この夢を全て覆い尽くすかのように、舞い散る薄紅色の花びらたち。
私は、深いため息をついた。
「まったく何だって春の夢なんか……」
私が、そう言うと、桐島君は小さな手のひらを空に向けた。色白の手のひらに、桜の花びらが、ふわりと舞い落ちる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます