姉たちから逃げ出したい

@umineco1203

姉から逃げたい俺の一日は土下座から始まる

俺には、悲しいことに三人の姉がいる。




―はいそこ。今姉が三人もいて羨ましいとか思ったな、変われるのなら変わってほしいくらいだ。




 姉という生き物は、みんなが思い浮かべるような、甘えさせてくれたり、自分に甘えてくるような姉や加護欲をそそる様な姉という空想上の産物はおらず実際は、


『弟を召使か何かと勘違いしている姉』


『普段から何を考えているのか分からず、度々俺を毒殺しようとしてくる姉』


『優しいと見せかけて、俺がいないと分かると喜々として俺の陰口を叩きまくる姉』




―こんな姉でも欲しいと思うなら本当に差し上げたいくらいだ。




 こんな姉たちを純粋に姉として慕っていた時期は、俺にとってこれから黒歴史として俺の記憶の隅に残っていくのだろう。


 昔の俺は良くも悪くもこの姉たちの内に秘めたグズグズになった性格を知らなかった。


 朝に暗黒物質(卵だったもの)を食べさせられることは、姉からの愛情と教えられ、折角の休日を返上して、荷物持ちをさせられたり、姉に似あう服を選ぶのは弟の使命と教えられ、姉が疲れたら全身洗礼でマッサージを行うのも弟と姉のスキンシップと教えられた。




 この時の俺は、たいへん幼く姉たちの言葉を鵜吞みにするしかなかった。


 俺が、この姉たちの言動に対して疑問を呈し始めたのは、俺がまだ中学生の頃だった。




 今考えてみればもっと早く気付けるような場面がちらほらと転がっていたような気もしなくはないが、まあここは横に置いておくとする。


 周りには、ちらほら俺と同じような姉を持つ同級生たちがいた。


 その同級生たちも俺と同じように悩みを持つ者が多かったが、悩みの質が全くもって違っていた。


 他の同級生が、からかわれて困るだのすぐコンビニにお菓子やジュースを買いに行かされて困るだの些細なものばかりだった。


 友人たちとの姉との関係は、これまでの俺の人生観をひっくり返すには十分だった。


 ようやく俺は今まで自分が受けてきた不当な扱いに対し気付くことができたのだ。


 もしここで気付くことが出来なかったと考えると今でもぞっとしてしまう。




 だから俺は今日も姉たちから逃げる。




「父さんお話があります」


 俺は平日の朝っぱらから、自分のプライドを粉々にしてフードプロセッサーにかけ、みっともなく頭を地にこすり付け懇願していた。


 俺を見る父さんたちの目は、またかと呆れを通り越して哀れみすら感じていた。


「兎斗何度も言うが、高校生で一人暮らしはさすがに早い。高校を卒業したらどうせ家を出るんだ、今は実家で暮らしなさい。それにお前がいなくなったら、お姉ちゃんたちが悲しむぞ」


(その姉たちに問題があるから、一人暮らしがしたいんだよ)


 俺は喉まで出掛かった言葉をぎりぎりで飲み込み、次の作戦を脳内で練る。


(本当のことを白状するか?いや、さすがにリスクが高すぎる)


 結局いくら脳内で何回もシミュレーションするも、父さんから了承を得られることは難しいと判断した俺は今回は撤退することにした。


「はい、父さんそうですね。姉さんたちに迷惑をかけるわけにはいきませんからね」


「そうか、分かってくれてうれしいよ」


 父さんはそういうと、嬉しそうに微笑みながらおいしそうな料理が並ぶ食卓に着く。


 そんな上機嫌な父さんの顔を見ると俺はもうこのままでも良いのではないかという気もしてくる。


(いやいや、何俺は流されそうになってるんだ。姉さんたちから逃げるためには、父さんの説得は必須事項。絶対姉さんたちから逃げて見せるぞ、えいえいお~)


 俺は心の中で結論付け、拳を突き上げる。


 脳内会議が一通り完了した俺は今日の説得を諦め、食卓に着き母が作った朝食を食べていると、


「ねえお母さん、髪全然纏らないんだけど」


 と言いながら、危険度S+のモンスターこと長女の姉咲沙希あねさきさきがぼさぼさの髪を必死に直そうと手で押さえ続けながらリビングに現れた。


 長女の姉咲沙希、鮮やかなロングの銀髪に切れ長の大きな目、肌は新雪のように白く、体のラインは主張すべきところは主張していて足はスラリと伸びており、腰は抱きしめたら折れてしまうのではないかというほど細い。


 しかし、完璧な見た目に反して性格は勝手気ままで乱暴、すぐ俺をパシリにするし俺が休日一人自室でゆったり自堕落な生活をしていると、突然部屋に入ってきて「買い物いくわよ荷物持ちなさい」なんて言って俺を連れ出すのだ。


 俺は、そんな暴虐武人なS+級モンスターにバレない様に、こそこそリビングを出ようとする、気分はさながら序盤では勝てないフィールドモンスターから逃げるかのごとく


「ねえ、姉が困っているのにどこに行くんだい、我が弟よ」


 あ、エンカウントした。


「いや姉上、私は今日日直のため早めに学校に行かなければならないのです、ですから何卒ご容赦ください」


「そんな畏まった言い方をしてもダメ、早く髪纏めるの手伝いなさい」


「いや、私も自分の準備とかいろいろありまして時間がないといいますか」


「うるさい、弟はつべこべ言わず姉が手伝えと言ったら手伝う、死ねと言ったら死ぬのが弟よ」


「どこの暴君だよ」


「いいからささっと来る」


 喜々として、俺の首根っこを掴み引っ張るモンスターの背中を見ながら俺はため息をつく。


——今回は俺の負けでいい、今度こそ絶対に逃げ切って見せる




 俺は心の中でそう決心し、姉のご機嫌を取るために姉の髪に細心の注意を払ってアイロンを当てるのだった。


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