(柚季視点)私の恋愛事情

「おっはよー、柚季!」

「あ、ミサキ、おはよ!ねえねえ、今朝ファンナイのサイト見た?」

「あー、まだチェックしてないわー。どうしたん?」

「見てよ、これ!!」


 私は自分のスマホに、お気に入り登録してあるファンナイの公式サイトを表示させると、ミサキに見せた。


「なになに……えっ、レイとコラボ!?やば!」

「でしょ!?明日の二十時にPV公開だって。絶対チェックしなきゃだね」

「りょーかい。でもさ、ファンナイも、遂にここまで来たかって感じだよね」

「ね。やばいよね、世の中変えてる感じ」


 VTuberって世間的にはまだまだマイナーだったけれど、ファンナイがそれを塗り替えた気がする。今はファンナイを真似した男性VTuberアイドルユニットも何組か出てきてて、それなりに人気みたい……もちろんファンナイほどじゃないけどね。


 ふふ、実は今週末のデート、ファンナイの配信ライブベントなんだ。頑張ってチケット取ったんだから。新曲もやってくれるかなあ。

 健人君ともこの話をしておかなければ。そろそろ教室に来るかな。


 何気なくドアの方を見てみると、目に入ったのは別の男子だった。

 調だ……自然と、一ヶ月前に告られたことを思い出しちゃって、何だか胸が苦しくなる。


 あれ以降、何だか気まずくて、私は調と上手く話せずにいた。

 向こうもそれを察したのか、積極的に話しかけてくることはない。


 小さい頃から兄妹みたいに育ったから、それ以外の関係を私は知らなくて。


 でも、調の方は違った。それをこの前初めて知って、ビックリしたけど、でも私にはもう、恋人がいて。


 健人君と付き合い始めたのは、調に告白されたよりも、一か月前のこと。

 それまでも同じグループで仲良くしていたけれど、彼の方から想いを伝えてくれて、晴れて両思いとなった。


 健人君は、女子たちの視点でも理想の彼氏だと思う。イケメンでスポーツマンだし、面白いし。クラスの人気者で中心的存在、他クラスの友達も多い。自慢の彼氏だよ。


 『恋愛はタイミング』なんて言葉、雑誌なんかで見かけるけど、本当にその通りだ。


 複雑な気持ちでいると、またクラスのドアが開く。


「おーい、調、おはよ!」


 あれは最近よく見る女の子……月島美音さんだ。


「あ、美音、おはよう。今日はどうしたの?」

「ボロディンの4楽章のことなんだけど、ほら、例のあそこ」

「ああ、昨日引っかかってた」

「そう。昨日から考えてるんだけどさあ――」


 それから二人の会話には呪文のような音楽用語が飛び交い、私にはもう理解できなかった。


 近くにいる男子連中が話しているのが聞こえる。


「月島さん、やっぱ可愛いよな」

「ああ。このクラスも全体的にレベル高いと思うけど、更に上を行ってるな」

「ちくしょー、何で藤奏みたいな地味な奴と……」

「あいつら、付き合ってはないらしいぞ」

「え、そうなん!?……あれで?」

「確かにはたから見たら既にカップルだけどな。藤奏曰く、たまたま楽器を一緒に弾くことになっただけで、そういう関係じゃない、だと。ま、時間の問題な気はするけどね」


 ――何だか、やな感じ。でも、何でだろう?

 自分でも制御不能な感情を持て余していると、またドアが空いた。


 健人君だ。


「健人く〜ん」


 私はモヤモヤを忘れようとするように、彼氏の元へと席を立った。


 ----------------


 翌朝。私はまたミサキに話しかけていた。


「ねえねえ、PV見た?」

「もち。まさか二曲セットって、ヤバいっしょ」

「ね。どっちも良すぎなんだけど!」


 昨朝時点では、『ファンナイとレイがコラボした楽曲が公開される』という情報しか公開されていなかった。

 夜にスマホからWeTubeを覗いたら、何と二つの楽曲がアップされていたの!



 一つは『Season End』。もう一つは『Ray』。


 『Season End』の方は、イントロこそ暗いヴァイオリンだけど、だんだん盛り上がっていって、Aメロが超カッコいい感じで始まる。こちらはファンナイが主体で歌っていて、レイがハモったりしている。でも曲調はいつものファンナイとはちょっと違う感じで、むしろレイっぽい。


 逆に『Ray』は、底抜けに明るい曲。初期のファンナイっぽいなと思ったけど、こっちは逆にレイ主体。


 しかもすごいのが、この二曲、雰囲気は全然違うんだけど、所々同じメロディが出てくるの。「二つで一つ」って感じがして、エモい。


 歌詞も意味深。


 『Season End』は、二人の関係の終わり?がテーマに思える。

 『Ray』の方は、逆に出会いの喜びみたいのがテーマかな。


 それぞれで聞いても良い歌詞なんだけど、二つがリンクするって考えると、まるで一つのカップルの出会いと別れを描いてるみたいだ。やっぱり、エモいよ。


 私とミサキは、そんな話で盛り上がる。


「柚季はどっち派?」

「当然両方だけど〜、あえて言うなら?Season Endかなあ。やっぱファンナイが好きだし、メロ様ファンとしては、イントロのヴァイオリンの色気がヤバい!!」


 思わず声のトーンが上がってしまったところ、


「あ、でも、見て、ここ。曲のレビューのところ」


 そこには、


『冒頭の楽器にヴァイオリンでなくヴィオラを選択するところに、メロのセンスを感じます』


 というコメントがあった。

 そうか、これはヴァイオリンじゃなくて、ヴィオラって言うんだ。


 そう言えば、調のやっている楽器も、ヴィオラって言ってたような……。

 それと同時に、あの告白の時、何やら曲があると調が言っていたのを思い出す。

 スマホのブラウザ、履歴残ってたかな……。


「……あった。これだ」


 調からの手紙にあった二次元コードを読み取ったときのURL。一か月前のことだけど、何とか履歴が残っていた。早速アクセス。


「……やっぱり、見れないよ」


 結果はこの前同様、『非公開です』だった。

 でも何となく、気になるな……。

 と言うか、調ともそろそろ、普通に話せるようになりたいよ。


---------------


 それから何日か経ったけれど、胸の中のもやもやは取れない。


「……柚季、おい、柚季ってば!」

「あ、ごめん、健人君!!なあに?」

「おいおい、人が話してるのに、ちゃんと聞けよなあ」

「ごめんごめん、ちょっとぼーっとしちゃった。ええと、翔太君の話だっけ?」


 ダメだダメだ、今は健人君とデート中なんだ。と言っても、バーガーショップで長時間だべってるだけだけど。

 健人君には翔太っていう同中の友達がいるらしい。中学校の頃は相当仲良かったみたいで、しょっちゅう話に出てくる。正直私は会ったこともないんだけど……。


「おう、翔太が宿題忘れてきたときの話。ほら、前も言ったけど、俺、クラス一の秀才だった高野とも話通じるじゃん?それでさ、翔太の奴があんまり頼んでくるもんだから、俺が高野に見せてもらうよう言ってやったんだよ。いやー、やっぱ人脈ってこういう時大事だよな。

 柚季もさ、自分の彼氏はみんなの人気者の方がいいだろ?」

「う、うん……」


 うん、ちょっと前までは、私もそう思ってた。


「ほら、やっぱなー。

 俺としてはさ、男女分け隔てなく、友達は大事にしたいわけよ。

 でさ、ちょっと相談というか、報告なんだけど。二組の由奈と、六組の美穂、知ってる?」

「あ、うん……」


 加藤由奈と、西城美穂。あんまり話したことはないけれど、どちらも可愛くて垢抜けてて、スクールカースト上位の女子だ。


「その二人に誘われてさ。今度の土日、短期のバイトしてくるわ」

「え、三人で?」

「そ。なんか、由奈のおじさんが経営してるペンションで、ちょっとイベントをやるから、その手伝い。男手が欲しいんだと」

「へ、へえ~」


 え、日曜って、前からファンナイの配信ライブイベント行こうって言ってたよね?もしかして忘れられてる?


「でも、日曜って……」


 私が口にしかけたところを制止するように、健人君はビシッと掌をこちらに向けた。


「ああ、分かってる!!

 ファンナイのライブのことだろ?俺、色々考えたんだけど、ファンナイはもちろんすげーと思うよ?でもさ、正直、俺は柚季や美咲ちゃんみたいなガチファンじゃないわけじゃん?そんな俺が行くのも、逆に他のファンの人たちに申し訳ない気がしてきてさ。

 それこそ、美咲ちゃんと一緒に行って来たら?

 その間、俺は頑張って稼いでくるからさ。お金溜まったらさ、旅行行こうぜ、旅行。二人きりで。ライブで人込みに揉まれるより、そっちの方が楽しいよ、きっと」


 私はしばらく何も言えなくなる。


 付き合ってみてわかったけど、健人君は、自分が楽しいこと優先だ。彼はセンスもあるし、楽しいことを見つけるのが上手いから、他の人も彼についてくる。でも、こっちに合わせてくれることはほとんどない。


 今回だって、嫌だと言ったところで……。


「でも、旅行はまだ決まってないし、お金は二人で考えようよ。

 ファンナイだって、新規のファンが増えるのは歓迎だと思うし、よく知らない人が言っても全然大丈夫だよ。だから――」

「あー、ごめん。もう決まったことなんだわ。由奈にオッケーで返事出しちゃったし。今からキャンセルしちゃうと、向こうにも迷惑だろ?だから、さ。柚季は、彼氏にそんな非常識な事させる女じゃないよな」


 ほら、やっぱり……。


「う、うん。そうなんだ。それなら、仕方ないね」

「おー、さっすが柚季、話が分かる!

 あ、それとさ。土曜日はバイト先に泊まるから、会えないしな」

「え、泊りなの?それって、加藤さんと西城さんも?」

「あー、どうだろ。俺は、交通の便もあんまりよくないし、タダで泊まれるけどどうする?って聞かれて、じゃあ泊まるわって返事しただけなんよ」


 ……それって、絶対その二人も泊まるじゃない。


「あ、もうこんな時間か。そろそろバイト行くわ。じゃ、また明日、学校でな!」

「え、ちょっと、健人君!?」


 私が止めるのも聞かず、健人君は席を立ち、行ってしまった。



「……もう、サイテー」

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