グリフォンの娘と”刷り込み”代理パパ

湊月 (イニシャルK)

第一話

 グリフォンの卵は高く売れる。

 雛は生後はじめて見た動く生物を親と認識する性質を持っているため、ペットや従僕として欲しがる金持ちが多いのだ。

 加えて、モンスターの中でも極めて高い戦闘能力を有し、親に対して忠誠心を抱かせることができる。


 実際、王家の紋章には力の象徴としてグリフォンが描かれているほどだ。


 俺はそんなグリフォンの卵を巣から盗み、闇市場に高く売り払って生計を立てていた。

 罪の意識がないのかと言われればそうではない。

 子を攫うのは気が引ける。だが、所詮は知能の低いモンスターに過ぎない。それに――


『グリフォンの雛って可愛いね。私も見てみたいな』


 ……もう、どうでもいいことだ。

 暴力と犯罪に塗れた貧民街で生まれ育った俺は、今更真っ当に生きていく方法を知らない。



 そして俺はまた、グリフォンの巣に足を運んでいた。

 この仕事を長く続ける秘訣は、極力親鳥とは遭遇しないようにすることだ。

 奴らは群れで行動し、巣に近づいてきたものには決して容赦しない。

 一羽だけならともかく、群れで襲われれば生き残れる確率はないに等しい。


「…………」


 息を殺し、周囲を警戒する。

 装備はナイフ一本。随分と心もとない。


 だが……今回は運が良い。

 巣に卵がひとつだけ。見張りはいない。

 きっと群れから離れた個体なのだ。


 俺は周囲にグリフォンの気配がないことを確認し、巣の中へと潜った。

 少しばかり卵が小さい。値段は下がるが、それでも質素な生活を心がければ1年はもつくらいの価値がある。


「……ッ!!」


 それに触ろうとした直後、巨大が影が伸びてきた。

 グリフォンが大きな翼を広げて肉薄する。


 俺は咄嗟にナイフを抜いて心臓付近に差し込んだ。


『キィィィィィ――!!!!』


 グリフォンは雄叫びを上げてその場に倒れた。

 その目に最後に映っていたのは、俺への憎しみではなく我が子への憐れみだった。


「……お前は、母親なんだな。あいつと違って」


 ナイフを引き抜き、鞘に収める。

 子を守る親……それが普通なのだろうか。

 俺は知らない。人の愛し方も、愛され方も。


「……まあいい。さっさと卵を回収して――」


 ピキッ。

 そんな音とともに、卵にヒビが入った。

 まずい。孵化の前兆だ。


「な……んだと?」


 その中から孵化したのはグリフォンではなかった。

 5歳児ほどに見える幼女。

 目の眩むような銀髪と、純白の翼をもち、身体のところどころに綿のような毛がある。


 本か何かで見たことがある。

 ごく稀に誕生する、変異種が存在すると。

 モンスターと人間のどちらでもない、グリフォンの性質をもった『ハピ』と呼ばれる異種族。


「…………?」


 幼女が不思議そうにこちらを見つめた。

 吸い込まれそうになる大きな金色の双眸だ。


「…………!」


 そして彼女は笑った。

 あまりにも純粋な笑顔だ。


「うーあー」


 何を伝えようとしていたのか俺には分からない。

 グリフォンには念話という能力が生まれつき備わっていて、離れた仲間の位置が分かったり、呼び寄せたりすることができるらしい。

 ハピである彼女にはそれが備わっていないのか。それとも今のが念話というやつなのだろうか。


「…………」


 悪いが、ハピなんてものは俺の手に余る。

 こいつを欲しがる金持ち連中は多いだろうが、なるべく厄介事は避けたい。

 可哀想だがここに放置させてもらう。


「あーあー! わぁぁぁぁぁ」


 俺が立ち去ろうと踵を返すと、そいつは泣き喚いた。

 わんわんと黄金の瞳からボロボロと涙を零して。

 哀れだ。本当にこいつは俺を親だと思っているのだ。

 そして本能で、置いていかれれば死ぬことを理解している。


 親鳥を殺した以上、自らで餌を見つけられないこいつは飢えて死ぬのを待つだけ。

 それでも、変態貴族に売られて鑑賞物として一生を囚われたままで生きるよりはマシかもしれない。


 ……ただ、その泣き声が脳裏に焼き付いていた。


『お兄ちゃんは優しいね。私が泣いてたらすぐに駆けつけてくれる』


 俺がその場を離れて見えなくなったあとも、そいつはずっと泣き続けていた。

 泣くことしかできない。泣いて、泣き喚いて、誰かに救ってもらうのを待つしかない。


「……やめてくれ」


 俺は耳を塞いで、それでもその場を離れることができなかった。

 気がつけばあたりは暗くなっていて、森閑とした夜の世界に少女の泣き声だけが木霊していた。


 そんなとき、


「……獣臭」


 闇夜に赤い目が浮かんでいた。

 グリフォンはモンスターのヒエラルキーのトップに君臨するが、雛鳥は獣に狙われやすい。

 巣の入口を塞ぐようにして四足獣が群がっていた。


 このまま放っておけば……この泣き声は止むだろう。


『お兄ちゃんは私のヒーローだよ』


 気がつけば飛び出していた。

 少女の元に駆け寄り、ナイフで獣を追い払う。

 俺を覚えているのか、彼女は俺に抱きついてきた。


「あーあー!」

「分かった分かった、どこにも行かない。だからもう泣くな」


 俺にはこいつの親になる資格はない。

 だが、このまま見殺しにすれば、俺はあの世であいつに怒られてしまっただろう。



~~~



 薪がパチパチと弾ける。

 少女は泣きつかれたのか眠ってしまった。

 俺の服の裾をしっかりと掴みながら。


「……何してんだ、俺は」


 炎がゆらゆらと揺れる様を見ながら、物思いにふける。

 あいつが……妹が死んでから、惰性で生きてきた。

 生きる意味なんてないのに、人としてのプライドを捨てて意地汚く生きてきた。


 でも、俺は今でも誇れる兄でいたい。

 重ねているのだ。

 この子と、妹を……泣いてばかりだった弱い自分を。


『ねえ、知ってるお兄ちゃん? この国のずっと東には、異種族さんたちが暮らす「ワンダーランド」があるんだって』


 ……分かったよ。

 必ずこの子を「ワンダーランド」へ送り届ける。

 それがせめてもの償い。


「…………そういえば、名前がなかったな」


 グリフォンに名前という概念があるとは思えないが、これから暫くは行動を共にするのなら名前がないと不便だ。


「……アリス。それがいい」


 妹が好きだった絵本の主人公の名前だ。

 その少女もまた、虐げられ理想郷を目指して旅をしていた。

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