誰にも言えない、初めての帰り道

和響

第1話

「えっと、じゃあ帰ろっか」


 中学校の昇降口で、僕が小宮こみやさんにそう声をかけると、小宮さんは小さくうなずいて、急いで上靴を下駄箱にしまった。眼鏡の下の表情は僕にはよくわからないけれど、上靴を下駄箱にしまうときにさらりと落ちた髪の毛からのぞいた耳たぶは、きっと僕と同じくらい赤かった。


 微妙な距離感で隣に立ち、お互い傘を広げる。周りには同級生もたくさんいて、これまた微妙な距離感で僕たち二人から離れているような気がする。まるで僕たち二人を囲むように周りとの距離が広がっている。先に昇降口から出た人の中には傘をちらりとあげてこちらを振り向く人もいるし、さっき通り過ぎて行った後ろの席の田中は思いっきり僕の背中を叩いていった。あれは、どういう意味なのだろうか。


――やな感じだ。


 修学旅行が終わって約一週間。僕の中では修学旅行で小宮さんに告白をしたつもりだった。読書が好きな小宮さんの気を少しでも僕の方に惹きたくて、小説投稿サイトに『隣の席の読書好きな彼女が大好きな僕と、それを知らない君 』というタイトルの小説を公開して、それをこっそり小宮さんに教えたのだ。でも、小宮さんからはなんの返事もなかった。


 だから僕は、そのタイトルの小説らしき物の続きを昨日書いた。


 その小説は、僕のことを知ってもらいたくて書いた、「僕の話」だったのだけれど、僕でもわかるくらいの最悪の文章力のその小説を、小宮さんは僕が修正する前に読んでしまったのだ。そして今日僕が小宮さんにもらった感想がこれだ。


《 正直にいうとね、少し、読みにくかったけど、お話は面白かった 》


――ぐおー! それは本当の俺の文章力じゃねぇ!


 そうはいっても、如何程いかほどの文章力が自分にあるのかなんてわからない。小説家の母さんみたいに誰かを感動させることができる文章が書ける気なんて1ミリもしていない。しかも、小宮さんは母さんの小説の読者なのだ。僕は絶対にそのことを小宮さんに知られてはいけないと思っている。


 今日の二時間目に隣の席の小宮さんから、僕の小説の感想をノートの端っこにもらった時は、脇の下や耳の後ろから冷や汗がじわりじわりと湧き上がり、体育の柔道の授業で締め上げられた時のように、僕の心は締め付けられた。


 いまだ、「僕」と「俺」の一人称に悩み続けている僕は、どうやらまだ自信を持って自分のことを「俺」と心の中で言うことができないままでいる。転校してきた中二の時に「俺」と自分のことを言うように変えてはいるけれど、それはある意味まだ偽りの「俺」であって、本当の「俺」ではない。


 俺はまだ、幼い少年のように心の中では「僕」といい、ありのままの自分を表に出せないでいるのだと思っている。こんな俺は、いつかちゃんと小宮さんに好きだって言えるんだろうか。


 校門を出て、傘をさして並んで歩いているけれど、何を話していいのかがわからない。『今日一緒に帰らない?』と誘ったのは自分だというのに。


 小宮さんの家はあと十分も歩けば反対方向になってしまう。十分間の帰り道。僕はちゃんと小宮さんに自分の気持ちを言えるのだろうか。あの、文章力が最悪な僕の物語は、間違えて公開ボタンを押したものだからといえば、小宮さんは僕のことを嫌いにならないでいてくれるだろうか。


――いや、でも一緒に帰ろって誘って一緒に帰ってるわけで、それって嫌われてはいないよな?


 僕の脳裏に今まで付き合った彼女らしき人との帰り道が浮かび上がってくる。特に自分からは何も話すことなく、手も繋がず、ただ彼女の話を聞いていただけの帰り道。今まで付き合った彼女たちは、その一緒に帰った何日か後にRINKで「別れよう」と言ってきた。


――ダメだ。何か自分から話し出さなきゃ、いつものように嫌われて終わってしまう。てか、小宮さんとは付き合ってないんだし、終わるも何も、……ないけどさ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る