第2話 本当ですか?

「たとえば、後ろにいらっしゃる、近衛騎士隊長とかですか?

 まさか…そんなはずはないですよね。」


言ってはみたものの、そんなわけないかと声が暗くなる。

自分に都合よく考えすぎだと思って、思わず眉をひそめてしまう。

それを見て、陛下とお父様の顔色が変わった。

少し待っていろと言い残し、近衛騎士隊長を連れて隣の部屋へと行ってしまった。



もしかして何か企もうとしている?

隣の部屋に行った三人の話し合いを聞こうと、身体強化の魔術式を一枚取り出す。

魔術式に「耳」を書き足し、術を発動させる。

一時的に耳を強化してよく聞こえるようにすると、隣の部屋の会話が聞こえてくる。

ひそひそと小声で話しているのはお父様の声だった。


「…ですから、ローズがあんな顔をするくらいです。

 よほど年の離れた貴族の後妻は嫌なのでしょう。

 これはチャンスです。

 王子と婚約しなければ、近衛騎士隊長のところに嫁がせると脅しましょう。」


「ふむ。確かにめずらしく眉をひそめていたな。

 あんな風にローズが感情を出すのは初めて見た…。

 ローズに苦手な相手がいるとは思いもしなかったが。

 ジーク、悪いが利用させてもらうぞ。いいな?」


「…わかりました。」



ふーん。そんな風に勘違いしてくれるなんて。

脅してでも王子たちと結婚させたいんだ…。

じゃあ、遠慮なくこちらも利用させてもらいましょうか。

陛下とお父様と近衛騎士隊長が戻ってくるのを見て、身体強化を解除する。

耳が一瞬だけ光ったはずだが、髪で隠されているからそれほど目立たないだろう。


陛下もお父様も隠し事が苦手なのか、少しだけ顔がにやけている。

もう勝利を確信しているのか、笑いだす一歩手前の顔。

それに気が付かないふりで、紅茶を口に含んだ。


「ローズ、お前のわがままをここまで許してきたが、

 もう成人したのだからこれ以上は許すわけにはいかない。

 王子と婚約しなければ、近衛騎士隊長のところへ嫁がせるつもりだ。」


「…お父様、ご冗談を。」


父様の話を軽く受け流そうとすると、今度は陛下が真面目な顔で力説する。

これは本気の話だと。


「いや、冗談ではない。

 我が国の宝ともいうべきローズを他国の貴族に嫁がせるわけにはいかないからな。

 結婚相手は王子たちか、俺が信用できるジークくらいしかいない。

 どちらかを選んでほしい。」


「陛下、お父様、わたくし…疑ってますの。

 本当はそんなおつもり無いのでしょう?」


あきらかに不機嫌そうな顔をして見せると、陛下とお父様はうれしそうな顔をする。

きっと、私が近衛騎士隊長との結婚を嫌がっているように見えるのだろう。


「いや、これは本気だ。

 私も陛下も嘘は言わない。」


「…本当ですの?」


「あぁ、本当だ。」


「でも…。誓約魔術に誓ったりはできないでしょう?」


誓約魔術に誓ってしまえば、なかったことにはできない。

貴族ならよく知っている話だが、誓約魔術を使える人は少ない。

これは絶対だな?という念押しでよく形だけ言われる言葉だ。

誓約魔術に誓えるほど、本当なのか?と。

だが、私が誓約魔術を使えることを知っている陛下とお父様なら、そのままの意味でとらえるだろう。



「誓約魔術?誓えば嘘じゃないと信じるのか?」


「だって…陛下もお父様も急に近衛騎士隊長のお名前を出してくるなんて変です。

 嘘をついているようにしか思えません。

 誓約魔術に誓えるのでなければ嘘だと思います。」


はっきり拒絶するように言えば、陛下とお父様は顔を見合わせている。

いけると思ったのだろう。軽くうなずき合っているのがわかる。


「わかった。そこまで疑われるのであれば、誓約しよう。」


「私もだ。ローズに信用してもらうためならば誓おう。」


まだ不機嫌な顔を崩さないように、収納から誓約魔術の魔術式を取り出す。

そこに誓約となる文言を書き加えていく。

書き終えたら、魔力を流す。

ふわっと魔術式から一枚の紙が飛び出ると、何もない空間に浮かび上がって停止する。

青白い光に包まれた紙を陛下とお父様に見せながら、文言を読み上げる。


「ローゼリア・シャルマンドはバンブルド国の王子との婚約を断った場合、

 ジークフリート・ハングロニアにすぐさま嫁がなければいけない。

 この誓約を破れば、大事なものを失う。

 と、この紙には書いてあります。間違いないですか?」


「あぁ、間違いない。」


「それでいい。」


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