タイヨウが舞い降りた日〜100年後のディストピア世界を変える時の旅路で〜

さあめ4号🦈

第1話 100年前へ

2122年。

東京、立川。

オレンジ社敷地内。



「待てッ!このスラムのクソゴミが!!」



金属製の配管が張り巡らされた薄暗い地下道に警備員の罵声とけたたましい警報機のサイレンが響き渡る。

顔は見えないが、そのドスの利いた声色だけで彼が如何に怒りに満ち溢れているか、長い黒髪を揺らしながら夢中で走る彼女にも手に取るように分かった。


「はっはっ……」

『……ザザ』


十字路を目前にして、ひた走る彼女の右耳につけられたインカムが雑音を鳴らす。


『ザザ……。太陽、そこを左だ』

「了解アラン」

『追っ手は今のところ1人だか増援を呼びそうだ。出来るだけ俺たちが食い止めておく』

「ありがとう。あなたも気をつけて」

『あぁ太陽、お前もな。……あと奴らのブラスターガンには気をつけろ。射程距離は短いが1発でも当たれば致命傷だ。シールドボールを上手く使え』

「OK、でもあいつノロマそうだから多分大丈……ッ!!」

『太陽!!』


軽口を叩いた矢先、追っ手のブラスターが傍を掠めた。彼女のローブの裾がほんの数cm焼けて落ちて色白の細長い脚が顔を覗かせる。


「……大丈夫、平気よ」

『ほら、神はいつも見ているぞ』

「みたいね。あーあの銃ほしいわ。こっちは鉛弾とナイフだから」

『相変わらず肝っ玉はデカいが、本当に油断するな。……30m先、右にある梯子を登って機械室へ出ろ』


太陽は拳銃の刺さった太ももホルスターのポケットから小ぶりなピンポン玉サイズのスモークグレネードとシールドボールを出すと、近づく追っ手へ順に投げつけて梯子へ飛び乗った。


発生した煙幕とともに地面に着地したシールドボールから天井に向け電磁シールドが射出され、追っ手の視界とブラスター攻撃を遮断。


「ござかしいガキめ!!逃さんぞ」


その隙に梯子を駆け登る彼女は煙の中で響く男の罵声を無視し、瞬く間に天井の蓋を開け機械室へと降り立った。


「……よし」


今度はウエストポーチから取り出したスプレー缶を噴射して瞬時に蓋を凍らせた彼女は、無骨な金属缶と配管が並んだ先にある、これまた無骨な扉を開ける。


「……む?」

「やばっ」

「貴様!スラムの侵入者だな」


出た先の真っ白な廊下で筋肉隆々の警備男と鉢合わせた彼女。


強面なその男と目が合うやいなや、丸太のような腕から振るわれる電気警棒を屈んで避けると、ポーチから黒いワイヤーを取り出し素早く男の足に引っかけ背後へと回る。


「なにッ。……ぐは」


男が体勢を崩し前へと倒れ込んだところで馬乗りになった彼女は、己の足技で彼の首を強く締め上げ気絶させた。


「見かけ倒しね。……ん?」


倒れた男のホルスターに携帯されたブラスターガンを一瞥すると、徐に拾い上げて口角を吊り上げる。


「やっぱ良さそう。貰っていくわ」


太陽は拳銃を捨て男から奪ったブラスターガンを構えると、男の背中へ1発お見舞い。


「凄いわね」


威力に感心した彼女は、今度は廊下の突き当たりへ向けて撃ち込んだ。

ブラスターが扉横のセキュリティパッドが焼け焦がし、招くように自動ドアが開く。



『……本当は解除の手順を伝えるつもりだったがまあいい。太陽、扉の先のエレベーターを使って45階へ行け。そこに実験室があるはずだ』

「ok。多分これエレベーターのカードキーよね?貰ってくわ」

『たくっ……お前は』


彼女のおてんば具合と手際の良さに、アランは思わず苦笑する。


太陽は4機並んだエレベーターの1つに乗り込むと、動き出すと同時に一気に包まれる静寂に一息つく。


「アラン、そっちは大丈夫?」

『あぁ。警備隊をあらかた外に誘いだして殲滅。ゲートも封じたから、もうそっちには行かないはずだ』

「恩にきるわ」

『お前は俺の妹同然なんだ。当たり前だろう』

「……ええ」

『不安か?』

「少し」


フフッとアランは得意げに鼻を鳴らす。


『太陽、お前の両親が亡くなって12年。俺が戦闘術やメカ知識、ピッキング。あらゆるサバイバル技術を徹底的に仕込んだが、こんなに優秀に育ったやつはお前だけだ。23の今じゃ立派なプロの情報屋兼掃除屋で〈渋谷ゲットー〉最強とまで呼ばれるようになったしな』

『それに左手首を見ろ』


太陽はローブの袖を捲り上げ、左手首に刻まれた丸いアザを見つめる。


『宿命のように生まれつき持っている太陽型のアザ。そして両親がつけた、太陽という名前。神と2人がお前を護ってくれるさ』

「……そうね」

『自慢の妹分だよ』

「嬉しいわ。でも最強はあなたでしょ。何もかも教えてくれ兄貴分のあなたが1番で、妹で弟子の私は2番目」

『謙遜するな』

「そっくりそのまま返すわ」


彼の優しい言葉と心地よく低い声に心が落ち着いた太陽は、エレベーターの扉が開くと共に再度深呼吸をする。


『100m先右手の大きな扉』

「ここが実験室ね」

『あぁ。セキュリティはカードキーと指紋認証システムだ』

「指紋ならあるわ」


太陽はポーチから直方体の黒い機械を取り出すと、カードキーの真ん中部分を機械にスキャンさせる。

機械のモニターから指紋が検出され、扉のセキュリティパッドに翳した。


仰々しい音を立てて扉が開かれる。


『お見事。……その部屋のどこかに〈オレンジウォッチ〉が保管されたショーケースかなにかがあるはずだ』

「見つけた」


彼女の視線は部屋中央部に置かれた2m四方の巨大なガラスケースへ。青色の透明なシールドで囲まれており、その中にはオレンジ色の腕時計が展示会の如く丁重に展示されている。



彼女は全身が興奮で震えるのを感じた。



チラリとシールドを保護する数字式のセキュリティパッドに目を移すと、数字ボタンには見向きもせず、ポーチから工具を取り出し慣れた手つきでパッドのカバーを外す。

飛び出した無数の配線を指で触り観察すると、工具についたハサミで何本か切断した。



瞬時にシールドが解除されると、ケースの中へと足を踏み入れ腕時計を手に取る。


「……これが〈オレンジウォッチ〉」


急に緊張と不安に襲われ、生唾を飲みこむ。汗が吹き出し腕時計の真っ黒な液晶画面に滴る。


『太陽、時間軸のセキュリティロックは解除できそうか?』

「ええ。このひいおじいさんの手記の手順通りにやってみる」


彼女はポーチからボロボロになった黒革張りの手帳を取り出すと、反対の手を腕時計に翳して画面を起動させる。


〈WELCOME〉というホログラムの文字がうっすら浮かび上がり、すかさず手帳を見ながら順に画面を操作していくとまずは端末のロックを解除する。


解除後、切り替わったホーム画面にはいくつかのアイコンが現れた。

その中心には、時計のアイコンに〈TIME TRAVEL〉の文字が表示されている。


即座に彼女は手帳に収納されたペンを取り出すと、カチカチカチと頭部分を3回押す。


するとペン先から一直線に伸びたオレンジ色のレーザーライトをホログラム画面へ翳した。


〈WARNING: DEEP SECURITY〉


真っ赤な文字で警告文が表示されるも、手慣れた手つきで画面を操作していく。


最後に〈YES〉ボタンをタップすると、機械的な音と共に画面が点滅し今度は青文字で〈TIMELINE UNLOCKED〉という文に変わった。



「……できた。できたわアラン!」

『ついにか。3ヶ月だ。太陽が手記を見つけて俺に話してくれてから3ヶ月、このために入念に準備を進めてきた。やっと叶うな』

「アランが私を信じてみんなを集めてくれたおかげよ」

『当然だ。手段があって、今の現実を変えられる可能性があるなら掛けるべきだ。お前には幸せになる権利がある』


彼の力強い後押しに、思わず太陽の目から涙が零れ落ちる。


『1台の〈オレンジウォッチ〉に搭載されている〈レーソニウム〉のエネルギーは1往復分のみだが、あっちで1日過ごしてもこっちじゃ3時間だ。心配しないで行ってこい』

「ありがとう」


彼女は震える手で時計のアイコンをタップし、時間をセットすると〈ACCEPT〉ボタンを押した。

そして、最後にゆっくりと右手首に腕時計を嵌める。


「セットした。これでもう引き返せない」

『いいか太陽。忘れるな。過去で何が起きても常に己を俯瞰し、冷静に周りの物事を観察しろ』

「うん」

『たとえ……ぐぁッ!!』

「アラン?!」


ブラスターの銃声と共に彼のけたたましい叫び声が彼女に右耳をつんざく。


「アラン!ねぇアラン!!聞こえる?!」

『ザザ……いけ……ザザ』


最後の一言を残して雑音の中に声は消えてインカムは途切れた。


「アランッ!!!!」



彼の名前を叫んだ刹那。

腕時計を中心に現れた円形の黒いワームホールが彼女の身体を包みこみ、叫び声もろとも飲み込んで消え去った。












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