飛翔の先へ ―獅子の傍系 1―

風城国子智

見慣れぬ騎士達と見慣れた女王

「ようこそ、我が騎士団へ。我々は、君を歓迎する」


 突然、目の前の人物にそう言われ、ルージャはぽかんと口を開けた。


〈……騎士、団?〉


 ルージャは、人里離れた山の中腹にひっそりと佇む、村と言うには小さ過ぎる場所で育った、ただの少年。この前ようやく十四になったばかりだ。父からは野山で生きる術や弓矢の技を、父の兄である伯父からは剣術を、そして伯母からは読み書きや計算を習ってはいるが、どれもまだ中途半端。日々の暮らしで精一杯の、ちっぽけな存在だ。冬の夜に暖炉の傍で伯母が話してくれる物語に出て来る、弱きを助け悪を倒す強靱な存在である『騎士』から、自分ほど掛け離れた存在はおそらく、無い。なのに、俺が、『騎士』? この人は何を言っているのだろうか。


「……あ、れ?」


 ルージャが戸惑いの表情を浮かべたのに面食らったのか、ルージャの目の前に立つ青年は、肩に掛かる濃い色の髪を左手でぐしゃぐしゃにしながら言った。


「あ、やっぱり、俺、『騎士団長』には見えない、か?」


 そう言われて、改めて目の前の人物をじっと見詰める。ルージャと同じくらいの背丈で、ルージャよりはほんの少しだけ年上に見える、おそらく男性。緋色の上着の上に、鎖帷子の肩と胸部分を板金で補強した黒光りする鎧を身に着け、羽織ったマントを椿を模した銀色の留め金と、狼を象った金色の留め金の二つで留めている。幅広の剣を黒い剣帯で吊り下げてはいるが、小柄でほっそりとした身体つきをしている所為か、武よりも文で王侯に仕えている人であるようにルージャには見えた。顔立ちも、纏っている雰囲気も、中性的で優しげだ。伯母が話してくれる物語に出てくる『騎士』からは、やはり、掛け離れている。こんな人が『騎士団長』になれるのだろうか?


「まあ、よく言われることだから」


「そうよね」


 不意に、青年の声に女性の声が被る。顔を上げると、胸に複雑な模様が描かれた緋色のローブと、肩まで覆う黒い頭巾を身に着けた赤い髪の女の子が青年の左横で笑っているのが見えた。


「ラウドお兄様は騎士に見えないって、みんな言ってるもの」


「おいおい」


 何も身に着けていない、醜い傷が走る青年の左手をぎゅっと握ってにっこりと笑った少女の言葉に、ラウドと呼ばれた青年が肩を落とす。そっと辺りを見回すと、少し暗い、荘厳な雰囲気のある大きな部屋のあちこちで、緋色と黒の服を身に着けた人々が小さな塊を作っているのが見えた。青年と同じような服装をしているので、おそらく、この場にいる人々は、青年が言っていた『騎士団』に所属する人々なのだろう。一体、ここは、何処なのだろうか? 思わず首を傾げる。父と伯父伯母、そして従妹のライラと暮らす小さな集落しか知らないルージャだから、こんな場所は勿論知らない。


「ダメよロッタ、兄上にそんなこと言っちゃ」


 再び不意に、先程の少女より少しだけ低い声がルージャの耳に割って入る。今度は、青年の後ろに、青年と同じ緋色の上着の上にしっかりとした黒色の板金鎧を身に着けた、大柄で短髪の、しかし雰囲気は女性である人物が微笑んでいるのが見えた。


「えー、でも本当のことなのにぃ」


 その言葉に頬を膨らませた少女を、大柄な女性が静かに青年の腕から外す。そして。


「ラウド様。準備が整いました」


 女性の横から現れた、頭を黒い頭巾で覆っている、青年よりも小柄な少年の甲高い声に、青年はにっこりと笑った。


「ま、それはともかく」


 ルージャの混乱には構わず、騎士団長を名乗る青年はこほんと咳払いをし、ルージャの方に手甲を嵌めた右手を差し出す。


「おいで。女王陛下が待っている」


 青年の言葉に呼応するかのように、大きな部屋にいた人々が左右に分かれ、綺麗な二列を作る。ルージャの前に不意に作られた通路の終点にいた人物に、ルージャは目を見開いた。その、人は。


「ライラ!」


 思わず、叫ぶ。何故、このような場所に、従妹のライラが居る? しかも、金色に光る王冠と柔らかな緋色のローブを身に着けて。


 混乱するルージャには、ライラの安らかな微笑みすら、目に入らなかった。

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