第12話 変わり果てた友人

 夏恵は教室に入りながら美由紀の席を見るが、今日も空席になっていた。

 確認したあと悲しげに眉を下げ溜息をつき、彼女は自分の席へと腰を下ろす。


 美由紀が学校に来なくなってからもう一週間経つ。

 夏恵は何度も彼女の家に行ったが会う事が出来ず、携帯に電話もしてみたが一度も出てはくれなった。それでも諦めず、今日も美由紀の家に行こうと考えている。今回は中まで入れて貰えるようにお願いする予定だった。


 早く授業が終わらないかと、片手に持っているシャーペンを回しながら、外を眺め時間が経つのを待った。

 

 ☆


 待ちに待った放課後になり、夏恵は帰る準備を整え教室を後にする。念の為、美由紀の携帯に電話したのだが相変わらず繋がらない。仕方ないと思い、歩き出した。


 学校から出て二十分程度経った時、白い壁画のかわいらしい一軒家が見えてきた。

 夏恵はその一軒家の前に立ち止まり、インターホンを鳴らす。数秒後、機械を通して女性の声が聞こえた。その声は機械を通しているが疲れ切った居るのがわかる程弱弱しい。


「はい……」

「あの、神田夏恵です。今日も美由紀さんが休みだったみたいなのでプリントなどを届けに……」

「……夏恵ちゃん?」

「はい」

「今開けるわ」


 その言葉の数秒後に鍵が開く音が聞こえ、夏恵は恐る恐るドアノブを掴みドアを開けた。玄関にはやつれ切っている美由紀の母が立っている。


 普段は髪を後ろで一つにまとめ、服は部屋着とは思えないほどオシャレをしている人なのだが。今は夏恵の前に立っている人はまるで別人のような出で立ちだった。


 髪はボサボサで、手入れなど何もしていない荒れ具合。服もシワが寄っておりアイロンなどをしないでそのまま着ているのがわかる。相当疲れているらしく、頬は痩け、目元には隈ができており、顔色も悪い。


「こんな格好でごめんなさい。プリントありがと」

「あの、今日は会わせていただけませんか? 心配なんです」


 夏恵の言葉に、美由紀の母親は少し顔を沈ませ口を閉ざす。だが、帰る気を見せない夏恵をチラッと見て「どうぞ」と促した。


 どちらも何も言わず階段を上り、一つのドアの前に止まる。

 ドアの前に立つと異様なほど静かなため、いつも元気な美由紀からは考えられなかった。

 母親は一礼してその場から去る。夏恵も一礼しドアノブを回す。


「美由紀、入るよ?」


 キィーと音を鳴らし、ドアが開けられる。


 今はまだ明るいはずなのだが、なぜか部屋の中は暗い。

 窓の方を見ると、なぜかカーテンが完全閉められており、外の光か遮断されていた。

 夏恵は不思議に思いながらも中を見回し眉を顰め、部屋に入るの躊躇している。


「本当にここは、美由紀の部屋なの?」


 部屋にある机は、前回夏恵が届けたプリントがそのまま置かれており、ベットもシーツや布団が乱れた形跡がないため、使われていないのがわかる。

 角の方には埃が溜まっており、掃除すらされていない。


 美由紀の部屋からは生活感を感じる事が出来ず、まるで何日も使われていないように思ってしまう。

 こんな空間に何時間もいれば心は病み、ストレスも溜まってしまうだろう。


 そんな中、ベットと壁に挟まれるように膝を抱え座っている美由紀の姿を確認することが出来た。

 

「美由紀?」


 夏恵は美由紀の姿を確認すると、近づき名前を呼ぶ。だが、その声に返答はなく、重くのしかかる空気感に、夏恵は汗を流し、胸元を抑えた。


「────ここで弱気になったらダメだよね」


 首を横に振り気合いを入れ直した夏恵は、美由紀の目の前に片膝をつき、少し揺さぶってみたり名前を呼んだりした。だが、美由紀からの反応はなく、虚ろな目でどこか遠くを見ているだけだった。


 どうすればいいのか分からず唖然としていると、不意に机の上から紙が一枚落ちた。まるで、夏恵に見てほしいというように。

 夏恵は惹かれるように落ちた紙を拾い上げた。


 そこには筆ペンで綺麗に書かれた文字で、人を誘う文が書かれていた。


「勇気が欲しければこちらを?」


 書いてある文字を口に出して読み上げたが、周りには何も無く紙だけなので一体何を指しているのかわからない。


 「なにこれ……」


 よくわからず、困惑の声が漏れる。眉間に皺を寄せながら紙をひっくり返してみると、名前のような文字が書かれているのを見つけた。


「あれ。ん? なんて読むんだろう……」


 顔を寄せ、その文字を読もうとするが当て字らしく、読めない。


 今夏恵が見ている紙には”悪陣魔蛭”と書いてあり、名前のようにも見えるし、何かの呪文にも見えなくはない。


「これ、何か関係あるのかな……」


 首を傾げながら紙を見つめ考えていると、いきなりドアが開き、廊下の光が部屋の中に漏れる。

 先程まで暗い所に居たため、夏恵はその光でも眩しく感じてしまい目を細めていた。


「どうかしら? 美由紀の様子は……」

「おばさん……」


 先程と同じように美由紀の母は疲れた様子で部屋の中を見回している。そして、また視線を下げた。


 その様子に夏恵はどうしても戻してあげたいと思いふと、手に持っている紙をもう一度見る。


 ──────悪陣 魔蛭


 恐らく名前だろう。 悪陣が苗字で魔蛭が名前。

 そう考えた夏恵は、美由紀の母に気付かれないように手に持っていた紙をポケットの中にこっそりと入れた。


「あの、今日はこれで失礼しますね。いきなり来てしまいすいません」

「いえ、おもてなしが出来なくてごめんなさい」

「いえ、失礼します」


 夏恵は自身の鞄を持ち美由紀の家を出た。その際、彼女の部屋がある窓を見上げ口を震わせる。


「必ず、戻してあげるから」


 決意を口にし、そのまま自分の家へと歩き出した。


 ☆


 夏恵は学校にある図書室から借りた本を、昼休み中教室で読んでいた。だが、周りの人達の話し声が耳に入ってしまい集中出来ない。何度かページを捲っては前のページに戻る。それの繰り返しだ。


「…………はぁ」


 本を読む事は諦め、小さく息を吐き本を閉じた時。隣の席を囲い、女子生徒二人が学校で有名な”噂”について話していた。


「ねぇ、林の奥にある小屋の話知ってる?」

「知ってるよ。どんなに開かない箱でも開けてくれるんでしょ?」

「それがね、よくわかんないんだけど。実物じゃない物を開けるらしいよ」

「何それ?」


 そんな会話が聞こえ、夏恵はそちらに耳を傾けた。


 内容は非現実的で信じられるものでは無い。だが、なぜか惹き付けられるものがあり、本に手を添え盗み聞きする。

 少し距離があるため、所々聞き取りにくい。もっと深く聞きたいと思った夏恵は、椅子を引き立ち上がると、噂話をしてい二人の所へ行き輪に入っていった。


 ☆


 放課後になり、夏恵は耳にイヤホンを付けて通学路を歩いていた。だが、その道順はいつもと異なり、美由紀の家でも自分の家でもない。


 向かっている場所は、噂になっている林。もう、どうする事も出来ない状態になった美由紀に、諦めるしかないと思っていた夏恵は最後の希望を胸に抱き向かっていた。


 学校から真っ直ぐ林へ向かい、歩く事数十分。無事に林へと辿り着く事が出来た。

 この林は周りと比べると日が入ってこないのか暗い印象を受ける。それに加え、今は夕暮れ。夜が近付いていた。

 

「一人で来るんじゃなかったな……」


 不安げに眉を寄せ、足をゆっくりと前に出し林の中へと入って行った。


 ☆


 歩き始めてから二十分後。慣れない道をずっと歩いていたため、夏恵は険しい顔を浮かべ始める。肩を上下に動かし、ハァハァと息を吐く。体力がなくなってきていた。


「もしかして、本当に噂が独り歩きしただけ?」


 やはり噂は嘘だったのだろうかと思い、諦め引き返そうとした時、いきなり道が開けてきた。


「道が開けてきた?」


 不思議に思いつつも、道なりに進み林の奥へと歩く。その先には噂で出てきた古い小屋が姿を現した。


「本当にあった……」


 突然姿を現した小屋に対し、その場に立ち尽くしてしまった。この小屋が本当に噂の小屋なのかは、開けてみなければ分からない。


 気を取り直し、ドアに近づく。ドアノブを握り、回す。

 鍵はかかっていなかったため簡単に開ける事が出来た。中をこっそりと覗いてみると、凄く綺麗な男性が夏恵の方を向き、微笑みながら座っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る