第42話 理知と鮮やかさを結い加える⑩
老婆と男性の魂胆は二人が協力関係にあるからこそ、オレをターゲットにしたと判断するのが妥当だ。杖が必須の老婆だけじゃ被害を受けても何も出来ないし、男性だけじゃいちゃもんを付けているようにしかならない。
つまりは相互の弱点を補完し得る状況を構築して、理由としては一人で居ることかつ言い負かせそうなガキだったことぐらいしかないが、結果的にはオレを狙った。
男性の見間違えの線もなくはないけど、やはり三十分何もせず
もちろん唆された場合も考えられるけど、歩行こそ覚束無いが自己主張ははっきりとする老婆で確率は低そうだ。今日事件に遭って、負傷しながらも見ず知らずの人物の作戦に加担するとは思えない。それに警察に行かないのかと、どこかのタイミングで言わなかったのもおかしい。
だからこそオレは二人が前々からの知り合いだと感じ、尚且つあからさまに他人を演じている不審点から、共犯して恫喝しようとしたのではないかという仮説が立つ。
殴打と金物の窃盗は、当人たちの願望の表れなのではないだろうか。一応他にも根拠はあったけど、それは閑谷が後で指摘すると思う。なんにせよ身元が割れたら不要な論理ではあるが、確証の一つにはなるだろう。
回顧すればオレに矛先を向けたのも老婆だし、閑谷に諭されても寝返らなかった。
大まかな計画と会話を主導するのが男性で、決定権を有しているのが老婆。容易くそんな関係性を築けるとするなら……もうほぼほぼ確定で良いだろう。
「……お婆ちゃん。なんでこの男の子だと思うのかな?」
「……見たからに、決まっているだろう」
「うーん、こんなことは言いたくないけど。今お兄さんの発言が二転三転していて、仮にお婆ちゃんが本当に見ていたとしても、私としてはあまり信じにくいと言いますか……だからもし何か取られたとか、ここを叩かれたとかを証言してくれたら良かったのですけど、見ただけだとなんとも……——」
「——それなら、背後から押された。だからここっ、目ぇを怪我したんじゃよ!」
「あ……えっと……——」
これだと閑谷の発言を鵜呑みしただけだ。ましてや背後からだと、さきほどの見ていたからという老婆自身の返答への信憑性が薄れてしまう。背中を押され、右目を怪我したなら、犯人の顔を視認する確率が下がる。そもそも押されたのではなく、誰かないし電柱などに故意の有無に関係なくぶつかっただけかもしれないから、オレが犯人だと決め付けて述べるのは、あまり論理的じゃない。つまり仕立て上げているように映る。
「——分かりました。それでは後で病院に行きましょうか? 犯人は誰であれ、お婆ちゃんの怪我の処置が最優先だと私は思います」
「……必要ない、老人扱いするな」
「じゃあお兄さん……いえ、このお婆ちゃんの息子さんですかね? お願いできますか?」
「えっ……なん、いやっ——」
閑谷による唐突な息子発言に、男性は戸惑う。だって二人とも身元を明かしていないのだから。けれど老婆と男性が親子だという根拠を一定ほど示す身体的特徴と失言がある。
「——そのお二人の額、富士額といって基本的に両親からの遺伝しか有り得ないとされている形なんですよ。もちろん偶然の場合もありますが……念のため身元の確認をしてもよろしいでしょうか?」
「……な、そんなところで」
「違ったらすみません。けれどお二人とも仲が良さそうだし……口裏を合わせてこの男の子を責め立てようとしているかもしれないので、是非お見せ頂けたらなと」
「……生憎、そういったモノはないんですよ。免許証も無いし、保険証も家ですね」
お二人が身内……というより親子であると思ったのは、この身体的特徴に加え、老婆が男性のことを名前……ユー、と最初に喋ってしまったからだ。多分この男性の名前はそのままユウか、ユウに何かプラスされる名称だと予想される。
そして身元を証明するものが無いと返されるのは想定済みだ。寧ろそう述べるしか無いだろう。だからこそ、この局面にまで持ち込んだ上でオレが警察に行く提案が出来れば、閑谷がいなくても老婆と男性の身元が詳らかになり、共犯への疑念が払拭叶わないだろうからなんとかなったかもしれない。嘘を吐くこともあるが、警察の眼前での虚偽報告は後々不利になるから、時間は掛かってもオレの無実は証明出来たと思う。だけどそれ以前で二人にゴリ押されたらどうしようもなかった。人気ない場に追い込まれて金を取られ、暴行を受けたかもしれない。親子だとすれば、それは金欠の家族もとい親戚絡みの犯行計画に巻き込まれるものだとも推定可能。
これらを踏まえた上での僥倖は、閑谷 鮮加という同級生のクラスメートが味方してくれたこと。そしてもう一つは身元を暴こうとする揺さ振りを掛けるにはうってつけの探偵……いや、探偵擬きが実在すること。
オレが単独でどうにかするよりも穏便に済ます蓋然性が上昇する組み合わせが鮮やかに完成する。さっきまでの憂いが、閑谷の機微をゆっくりと眺めることが叶うくらい沈静化していった。気持ちにゆとりが生まれたと表現しても良い。
「実はそう言われると思いまして、事前に知り合いの探偵を呼んでおきました」
「えっ……——」
「——た、たんていじゃと?」
「はいっ。しかもこの街を知り尽くしている探偵です。貴方たちの関係を探り当てるくらい造作もないでしょう。特にスマホでもあればすぐに判明すると思いますよ。これでお二人が他人なら、口裏合わせをしているのではないかという私の推理が根本から覆るはずなので、協力して貰えますよね?」
「……」
老人と男性はお互いの顔を合わせ、無言のまま何かを相談しているみたいだ。皮肉なことに、この行動が共犯であると自ら晒しているようなものだけど、オレからは告げ口はしないでおこう。周りの人たちも唐突な探偵登場を閑谷が宣言したせいか、好奇心が刺激されたように色めき立つ。
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