第38話 理知と鮮やかさを結い加える⑥
それからいくつかの言葉を閑谷と交わし、オレの予想を下地にした段取りを伝える。というより最早閑谷に全部押し付けてしまっている感覚も否めないが……本当に任せて良いんだろうか。
「了解っ、それでいこう! あははっ。なんか本物の探偵役みたいでドキドキするね」
「……随分と笑顔が弾ける探偵さんですね」
さっきよりも閑谷のテンションが上昇する。この場にはどうしようもなく似合わないが、もしかすると心中穏やかじゃないオレを和ませようとしてくれているのかもだ。シンプルに探偵役を楽しんでいるだけなのかもしれないけど。
「あー確かに。ミステリー作品だともうちょっとクールというか、ハードボイルドだもんね。私の親戚の人は結構フレンドリーな感じだから混ざっちゃったのかも」
「それで……その探偵事務所を営んでいる親戚は呼んだの?」
「うん、今は時間が空いてるから来れるって。あともし何事もなく済んだら、一緒に買い物に付き合ってもくれるみたい」
「……どっちが本命なんだか。まあでも、探偵なんてフィクションでしか見たことなかったから、こうして本物の探偵に逢えるなんて光栄だな——」
閑谷の人となりについての話を聴く限り、どうやらその親戚の探偵は男の人で交友関係にも精力的で、連絡先をお互いに知り合い、一緒に買い物をするにも抵抗がない様子から二人は良好な関係だと窺える。
いやはやそれにしても、探偵を生業にする人と直接逢うことになろうとは。これは結構貴重な経験じゃないだろうか。今回のような事態だとオレが警察に説明したところで、被害はまだ出ていないから門前払いだと思う。原理でいえばストーカーと同様で、誰かが付きまとっていると述べただけじゃなかなか動いてはくれない。
対して探偵は法令遵守の縛りこそあるが、依頼とあれば柔軟に対応して貰えやすいイメージだ。特にこのような、根拠はあまり提示出来ないけど、不審人物に警戒網を敷きたい場合にはとても有効なように感じる。
しかし一括りに探偵といえど警察官のように統率が執れている訳じゃなく、千差万別だろうから当たり外れが激甚な気はするけど、この閑谷が少なからず懐いている相手なら、オレも信頼を置きやすい。
「——ここまでしてくれてありがとな、しずた……いや、ほんと心強いよ」
「ふふっ、何言ってるのさ。まだ私たち何もしてないよ。これからちゃんと問題を解決して、晴々とした気持ちで買い物に行くんだからね?」
「解決……か。うん、そうだったら良いな」
「そっちの推理を聴く限り大丈夫だとは思うけどね。私がとんでもないポカでもしなければ……」
「いやいや推理なんて大袈裟なもんじゃ……それに巧く立ち回れなくても、そっちまで不幸に巻き込まれないでくれたらそれで良いよ。だからいざとなったら逃げて欲しい」
オレの思考の奥底からの本心だ。
閑谷まで道連れには絶対に出来ない。
「うーん、分かったとだけ受け取っておく」
「なんで、そんな曖昧——」
歯切れの悪い返答をする閑谷。それじゃ困るとオレが追随しようとすると、彼女は因縁を付けてきた老婆と男性の居る方角に身体を向ける。その後に、まるでオレに対して秋波を浴びさせるような、眩む淑やかな視線で憂慮の忠告を遮る。
「——あくまで、そっちの優しさをね? あとのなんだかんだは、そのときの私に任せることにするよ……無論、見捨てはしないと思うけどね」
「……っ」
瞬間オレは吃ってしまって何も返せなかった、言葉を亡失したといってもいい。当の閑谷もそんなオレをそのままの体勢で見つめていた。やがてなんともないと判断してか、微笑む横顔を流麗に覗かせ、横髪の編み込みを揺らし歩みを進めて行ってしまう。反射的にその百合の花のような所作の背筋を追いかけないと……そう理解するのにかなりの時間を要した自覚がある。
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