第11話 白々とした花弁に雨雫が伝う⑧

 一方的に非を認めろとオレに捲し立てる白砂 朱里に対し、白証明をしているのになんでそこまで聴く耳を持たないんだと語勢が荒ぶる泉田さんがオレを擁護する。

 そんないさかいが止め処なく続く。加害の容疑があるオレを含め裏方スタッフ全員が口を挟める雰囲気にないくらい二人がひたすら言い争う。


「——だからウチと吉永君はお互いに見合ってた状態で、故意に倒したのなら判る。さっきから何を根拠に言うてるん?」

「美晴が判っても、私にはそれが正しいのか判らない。もしかしたら美晴はお人好しだから、今みたいに庇ってるのかもしれないじゃない?」

「違う……」

「理由はそうね……自分が共犯者に思われたくない、と言ったところかしら?」

「……朱里はウチが、そんなつまらん自己保身をするとおもうてんの? そもそも共犯者も何も、さっきから勝手に塗りに来てるのは朱里の方やろっ!」

「二人して疑われるような場所に居るせいでしょ。それと私がすぐに美晴を責めなかったのは、逃げるように促したっていう明確な裏付けがあるからよ。だから私は何もしなかった吉永君だと思った。どこか変なことを言ってる?」

「前提がおかしい言うてんのっ!」


 どちらも臆することなく口論を掛け合う。するとどう収拾をすれば良いかとオレが思考を巡らしていた左隣にさりげなく、閑谷が心証を推し量ってくれたように着く。


「吉永……体調が悪くなったりしてない?」

「いや、大丈夫だけど……閑谷はどう思ってんだ? オレがやったと思うか?」


 意地の悪い問い掛けをした自負はある。けれど閑谷が自分自身の考えを、オレに遠慮して黙秘するよりかは幾分マシだと思う。

 閑谷は暫し俯き、指先を口唇に当てる。

 考え事をしているみたいだ。

 そうして数十秒後。未だ論争が繰り広げられている中、両眼を瞬かせてオレの方へと向き直ると微笑みながら率直に述べる。


「話を聴いてる感じだと、吉永は何にもしてないかなって、私個人では思ったよ」

「……そうか」

「うん、だから吉永がそんな辛そうな表情をしなくても大丈夫だよ。後で一緒に、疑いを晴らして行こう?」

「ああ……」


 閑谷の共闘宣言に、胸が軽くなる。

 辛そうというのは否定したかったけど、折角励ましてくれたんだからと受け入れる。それに閑谷の他人に対する洞察力は侮れないし、自分の顔色なんて鏡写しでも先入観があって判別し難いし、オレが気付いていないだけなのかもしれないと少し所感する。


 そんなとき、オレと閑谷の真横を通り過ぎる雫井さんが流し目で映る。どこか憤怒と呆れ返ったような面持ちだった気がす——


「——貴女たちいつまでやってるのっ! まず朱里は先に怪我の治療っ! 美晴はどういう経緯か朱里だけじゃなくて私や他の人へと伝えられるように頭を冷やしなさいっ! いいっ!」

「ひっ……」


 遠慮がちな空気が一変する。

 誰かの悲鳴も聴こえてくる。

 あまりにも口論が長引き、お互いに腕を掴み掛かり、このままだと揉み合いの喧嘩か勃発しかねない剣幕を見兼ね、先刻まで入り口にて静観していた雫井さんが足早に近付き白砂 朱里と泉田さんの二人を一喝。普段の冷徹な雰囲気のせいか、雫井さんの怒号は個人的にめちゃくちゃ怖かった。この人は絶対に怒らせちゃダメな人だ。


「「…………」」


 渦中の二人は黙したまま一度睨む。

 雫井さんという仲裁が入ったことでお互いに到底納得はいっていないみたいだけど、一時休戦ムードにはなる。ついでに白砂 朱里の左膝から足首に掛け血液が垂れ流れたままになっており、それとなく泉田さんが目線で指摘したことで渋々ながらも先に白砂 朱里が治療のために場を離れる。


 反論に疲れたのか大きく息を吐いた泉田さんはオレと閑谷を申し訳なさそうに一瞥したのち、知り合いと思われる裏方スタッフの子に断りを入れ、スタジオそのものから一旦出て行く。


「吉永、私たちも出よう。ここに居ても良い思いはしないと思うし……——」

「——……そうだろうな」


 主に白砂 朱里が誘って来たスタッフの大半は泉田さんの意見とどっちを信じるか悩んでいる様子だけど、どちらにせよオレへの疑念までは、払拭してくれそうにない。これはオレが加害者であろうがなかろうが、その人たちにとって一番信頼を置けない相手だからというのが少なからずあると思う。


 現役のプロフェッショナルをわざわざ募っている白砂 朱里への恩義は言わずもがな、同業者として切磋琢磨する間柄の泉田さん。みんなは双方を裏切りたくない。それを実現する唯一無二の方法は、殆ど顔も知らないオレにヘイトを向けることだけだ。でも——


「——あのさ閑谷」

「ん? なに?」

「閑谷の言い分は正しいよ。けどオレが今、ここから離れるのは良くないと思う」

「……なんで?」


 閑谷の疑問符にオレはすぐに答える。

 どうやら当惑もしているみたいだし、簡潔に告げる方がいい。


「現場を見張っている方が後々優位に働くんじゃないかなと。例えば倒れた背景を誰かが元に戻そうとする。この瞬間、オレには不利益が生じるんだよ」

「……証拠が無くなる?」

「ああ。正確にはオレの無実が証明出来るモノがあったとする。けどそれを直してしまった後だと物証として認められなくなるかもしれない、だな。それは建て直した際に出来た傷だと諭されたら、もうどうしようもないし対抗のしようがない」

「確かに、そうかもね——」


 もちろん雫井さんを始め殆どの人は保存に努めてくれるだろうけど、これだけの人数が居るのだから意思疎通が上手くいきませんでしたなんてケースも無きにしも非ずだ。

 当事者であるオレが大半が初対面の人を信用して距離を置くのは、正直に白状すると今後どんな不条理が被ろうとも他人任せな気がして怖い。

 オレは殊勝に独りよがりな思考を脳内に巡らしていた。するとショルダーバッグを台座に乗せる閑谷が、丁寧に折り畳まれていたトレンチコートを取り出した。そしてそのまま、制服を上に羽織り始める。


「——よいしょっと」

「……えっと閑谷? なんで急にトレンチコートを?」

「なんでって……今こそみんなが言うタレント探偵の出番なんじゃないかなって、とりあえず衣装を着てみてる」

「いや、そんなことしなくても……——」

「——私のタレント力を存分に利用するには、これが一番手っ取り早いからね」


 トレンチコードに袖を通しハンチング帽も被る。ついでに虫眼鏡とか、伸縮自在の杖なんかも取り出していたけど、最終的には手軽が良いとショルダーバッグの中に戻す。


 そうして活動外のタレント探偵がお隣のスタジオにて姿を表す。その装いに遠くから本物だ、という歓声が微かに上がっていた。けれどそんな歓迎ムードよりも迎合するよりも優先して、閑谷はオレに一つの持論を唱える。


「探偵は犯人を見つける仕事じゃ無くて、潔白を第三者視点で証明する。今回こそ私が吉永の無実を推理してみせるよ」


 ハンチング帽の鍔を掴み、トレンチコートを靡かせる。焦点を真っ直ぐと見据え、高らかと宣言する閑谷は愛らしくも泰然とした姿をオレの瞳孔に刻みつける。

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