第10話 白々とした花弁に雨雫が伝う⑦
オレも駆け抜けて行った泉田さんの後を追い、そこで偶然、最後に目撃していた場所と同じ位置で立ち尽くす閑谷と出会す。
「よ、吉永……」
「閑谷、状況は?」
「わ、分かんないけど、多分朱里さんはあそこに居ると思う。みんなが囲ってるところ」
「……あそこか」
そう言いながら閑谷は恐れつつも冷静に指し示す。そして言葉通りに、白砂 朱里を心配して駆け寄った人たちに遮られ、オレと閑谷の場所からだとなにも見えない。
けれど騒音の具合と、泉田さんが勘付いて叫び声を上げるまでの時間差。この二つを照らし合わせると、白砂 朱里がどうなってしまったかの予想は付いていた。オレの推測だけど、あってせいぜい擦り傷程度だろう。運が悪くても捻挫くらいだ。要するに直撃は免れたと思われる。
「朱里……」
「他に痛むところはない?」
「む、無理をして立とうとしなくても良いからね?」
「みんなこのくらいで大袈裟ね。跳び引こうとして、ちょっとドジしちゃって転んだだけじゃない、気にし過ぎよ」
左膝を気にしつつも、優雅に立ち上がる白砂 朱里が心配御無用だと制しながら応対している。皆がした最悪の想定は、一先ずなかったと安堵させる。
「はぁー……良かった……」
「ああ……」
閑谷が張り詰めた息を吐き出している最中。オレは白砂 朱里への被害が最小限だったことで、閑谷と同様の感想を内心に留めたまま、トラブルの元凶と設置されていた位置を交互に眺める。
「二人とも大丈夫だった?」
「あっ里野さん。はい、私も吉永も大丈夫です。朱里さん以外に落下地点に居た子は居ないみたいですね」
背後から駆け寄って現れた里野さんの杞憂を、閑谷がオレの分まで否定する。恐らく里野さんは白砂 朱里の元へ赴かず、その場で留まるしかなかった子たちのケアに奔走していたようだ。こんな想定外のトラブルでも、平然と他人を慮っているらしい。まるで本業スタッフとしての役割を果たさんとするみたいだ。
「うん、分かった。朱里は意識があるみたいだし、他にケガとかした子もいないかな? あっ二人はここで待機して、もしかしたら警察か事務所の社長を呼んで説明しないといけないかもだから、ごめんね」
「ああ、いえいえ。仕方ないですよ」
報告に向かおうとする里野さんと別れ、閑谷は再び白砂 朱里を案じて見つめている。やはりモデルということもあって、他に擦り剥いた箇所を探っている。
その所作からして、傷口をどうやって誤魔化そうかと考えている様子だ。こんなときでも被写体としての自身が第一なのは、良く言えばプロ意識が高く、悪く言えば職業病なんだろうか。何やら独り言を呟いているみたいだけど、オレまでは聴こえない。
そう所感しながら、オレは元々泉田さんといた位置を眺める。例えばこれが意図的に倒されたとしたら、裏側に居るオレか泉田さんが筆頭になる。そしてどちらが近くに居たかとなると、泉田さんよりはオレになると思う。けれど今回はお互いに見合っていて、背景にも手前にあったハンガーラックにも触れていないし、もしそうなら泉田さんが気が付く。
それをすぐに指摘しない行動からして、お互いが別に隠し通す道理なんてない。だからオレのせいということは無くて、オレからも泉田さんの関与が否定出来る。
設置ミスや骨子の劣化、薄い線だけど換気風が後押ししてしまったなど、理由を挙げるならいくつかある。どれも絶対的な根拠にはなり得ないけれど、有り得なくはない。
「ねぇっ! 貴方がやったんでしょっ!」
それが誰に対してか、そもそも何に対してか分からなかったが、白砂 朱里がヘイトを向けた一言に虚を突かれながらそちらに直ると、白砂 朱里を含め裏方スタッフの殆どが、オレに険しい視線を送っていた。
この視線を、オレは良く知っている。
これは人格を疑って来たときの双眸だ。
「貴方がさっきまで裏側に居たことは分かってるのよ。隠さなくてもいいわ、正直に認めなさい——」
「——ちょっと待って朱里。それならウチだって一緒におったよ!? なのになんで吉永君一人を疑うん? おかしいよ」
スタッフを掻き分け、辿々しい足取りでオレに詰め寄らんとする白砂 朱里を、泉田さんが追いかけ、横並び歩きながら制止を図る。どうしてこうなったのか思案し棒立ちするオレ、憤慨した様子の白砂 朱里、見当違いだとして宥めようとする泉田さん、双方の対立に左右を見回し不安げな閑谷。
疑心暗鬼になって一歩引くスタッフさんと、物音か事態を聴いてか否か丁度スタジオに入ろうとする雫井さんと、後ろに続く里野さん。更に後方には恐らくインタビュアーと思しきスーツ姿の女性も居るようだ。
混沌とするスタジオはこれがただのトラブルではなく、もしかしたら白砂 朱里を狙った、いわゆる犯行なんじゃないかと、その犯人がオレなんじゃないか、という疑念が沸々と渦巻いてしまっている。
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