タレント探偵の参謀
SHOW。
第1話 タレントの意識、探偵の振る舞い
そういった意味でも、オレが真っ先に思い浮かべた探偵もまた別に居る。当時その子が学校で可愛いと密かに噂されるに留まる同級生の女の子だと告げたら、まさかまさかと冗談を言っているように受け取られるかもしれない。嘲笑もされるかもしれない。
それでもあの瞬間が今もリフレインする。
率先してオレを助けてくれた姿を。
ミステリー作品の冒頭とは、些か退屈な場面から始まる気がする。のちに現場となる舞台の何気もない風景だったり、主人公が駅中で誰かに何気無い質問をしていたり、見ず知らずの他人の事件がいきなり延々と物語られたり、淡々とした独白もあるだろうか。
「あの、すみません。ここ付近に向かいんですけど……」
初めて訪れる、人混み凄まじい都内の駅。
切符を改札に通した逆手に持つスマホの地図アプリを開き駅員さんに訊ねる。
「はい。えー……そこでしたら、手前にある南口を抜けて、階段を降りてすぐの銅像を右折した場所にありますよ」
「あ、ありがとうございます」
「はい、お気を付けて」
一度会釈を交わす。駅員さんの言葉を頼りに地図アプリを照らし合わせながら、足早に目的地へと赴いて行く。事前に駅近ビルのワンフロアの貸借しているとのメッセージに付近の詳細な画像添付を送って貰ったおかげで、地図アプリと相俟ってすんなりと到着する。
「……ここか」
歩行者の黙々とした雑踏と、巨大モニターから垂れ流される、有名なモデルを起用したらしい化粧品CMが騒々しい最中ぼんやりと仰ぐ。
緊張を紛らわすように息を吐き、ショルダーバッグから関係者だと表す為に必要らしい吊り下げ名札を取り出し、受付で提示した後、入り口の自動ドアを通過して正面のエレベーターに乗り込む。すぐに画像に記されていた五階のボタンを押し、合間の時間を縫い、その名札を首から下げる。
これを持っていないと、幾ら知人とはいえ通してはくれないみたいだ。表面には簡素に雫井プロダクションと企業名が記されていて、裏面には注意事項とオレ自身の名前である、
「ほんと……ただの同級生がこうなるなんて誰も思わねぇよな……」
手持ち無沙汰にプレート部分を半回転させながら待つと、五階に到達したことを告げるシングルベルと機械音声が鳴り、開かれたエレベーターから出てすぐの細長い一本道を粛々と歩くことにする。
「……凄いな。まるで囚人が収監される独房みたいだ」
通路の途中。視認可能なだけでも五つの鉄扉が等間隔にあり、その全てに用途が書かれた白い紙が貼られている。防音機能が備わっているビルとは噂に聴いていたけど、こんなにも本格的とは知らなかった。
「えっと確か、最奥の部屋……これか?」
二つ前の鉄扉に貼られた用紙には『
一つ前の鉄扉に貼られた用紙には『
どうやら被写体の苗字と工程を記しているようだ。
その更に隣部屋。『
「しつれ……——」
「——随分と遅かったじゃない吉永くん?」
ほぼ扉を開けたのと同時に、鋭利な視線が赤眼鏡越しに糾弾してくる。まるで見計らったかのようなタイミングだ。その人は黒髪のローテール、ネイビーカラーのレディーススーツを着用し、ハイヒールを履いているせいでオレと丁度同じくらいの身長。つんけんとした表情の
雫井さんは若くして新規芸能事務所を立ち上げ、マネージャー業は現役のまま社長としても君臨する、
「すみません雫井さん。慣れない土地で迷ってしまって、もう始まってますか?」
「いいえまだ……と、一応言っておきましょうかね」
「何ですか? その曖昧な表現は?」
「……まあ初めてだから、多少は上手くいかないだろうなとは思っていたけど、流石に空回りし過ぎているわね……」
そう告げながら雫井さんが遠くから見守る目線にオレも倣う。そこには三台のカメラに二十数人ほどのスタッフがいる。
リビングキッチンを再現した一室には、三人家族構成と思われる五十代前後くらいの夫婦とその娘。母がキッチン、父がソファー、娘がドア付近に居る。しかしお目当ての同級生の姿はどこにもいないみたいだ。
「はいっさぁぁぁんにぃぃぃぃ……——」
すると折り畳みチェアに座っている、後ろ姿からして老年と判る監督と思しきの男性がカウントダウンを途中止めにしてすぐ、両手を軽く叩く。カチンコは使わないんだなと感慨なく思う。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ」
カメラが回り、舞台はリビングキッチンに移る。
唐突に頭を抱え出した、ヒステリック気味な母の絶叫。
一体何事だと父と娘が慌てて駆け寄る。
「どうしたのお母さんっ!」
「何があった!?」
「もう……もう、落ちない汚れを洗うのはうんざりよっ」
母はどこからか取り出した油汚れまみれの白皿と、焦げ付いたフライパンの両方を父と娘に向けて見せ付けた。
「……」
正直、どういう感情で眺めたらいいか分からない。
側から見ると相当不自然なシーンが展開されているからだ。
ドラマ仕立ての裏側ってこんな感じなんだなって苦労の一端を知る。
「お母さん……これはもう——」
「——諦めるしか……」
「そうね——」
「——そのお悩み、私が解決しますっ!」
刹那。項垂れた三人の視線は、希望の台詞を高々と掲げた声がするリビングキッチンのドアの向こうへと注がれた。
「はっ——」
威勢よくドアが開かれる。いや開かれる風とした方がいいだろう。実際はカメラが三人の家族それぞれを映している間にスタッフの誰かが開けていて、直前まで姿が見えなかった。ここがどうやら編集点らしい。
いやそんな理屈はどうでも良い。その声の主こそ、オレの恩人でもある同級生だ。
黒髪のセミロングヘアーの片側だけを編み込み、白肌の頬をなぞるように垂らしており、くっきりと据えた双眸に高々な鼻梁。
四肢がどれも長く、平均女性の背丈よりも若干高い。素材の良さを存分に活かしたナチュラルメイクは、彼女の類稀な美貌に乗算し、未熟な妖艶さを演出する。
同じ高校の制服でもあるセーラー服にスカートと同色のボレロを重ね、好みでスカーフをあしらう。ここまでが高校指定の格好。
そこにベージュのトレンチコート羽織る。
更に、少し薄色のハンチング帽を被る。
後者の装いをパブリックイメージに当て嵌めるとするとまさに、探偵。解決すると意気込んだ彼女、
「——わ、私の手に掛かればよご……こんな汚れ、この食洗剤『マジョカルギュッと』といっちゅに、シュパ……スパっと解決——」
「——カッッッットッ!」
期待の閑谷が盛大に噛み散らかし、監督と思しき男性から、まるでコメディーのようなタイミングで撮影停止が叫ばれる。
一瞬その横槍に驚愕の表情を浮かべていたけど、すぐ自身に非がある事を悟り、ごめんなさいとハンチング帽を外しその場で関係者各所全員に一礼する。
「えっ……と?」
「……さっきから鮮加、ずっとあんな感じなのよ。これは彼女のプロモーションも兼ねたCM撮影なのにね……今回はわざわざ役者さんに入って貰ったけど、効果なしね——」
どうやら閑谷は何度も同じ失敗を繰り返しているようだ。
正直ここまで空回っているのは珍しい気がする。
「——普段の閑谷からだと想像も出来ないくらい、めちゃくちゃ噛んでましたね……」
「うーん……顔もスタイルも声も良いし、演技力の良さの片鱗は感じられるのだけど、やっぱり現場での経験不足がモロに出ちゃってるわねぇ。まあ、少し前まで素人だったあの娘だと仕方ないところではあるけど」
雫井が他に打つ手はないだろうかと思案しているみたいだ。オレは雫井さんの私見を聴き受けながら、渦中の閑谷を眺望する。
既に別の役者さんやスタッフさんから労いの言葉を貰っている閑谷はさっきとは違い自然体で、なんならこのシーンこそ撮影するべきだと進言したいくらいの
「ですね……——」
閑谷 鮮加が芸能界入りして、まだ一月。不慣れな環境が彼女の緊張を促しているのは間違いない。ここは変にプレッシャーを与えない方が良いのかも知れない。
「——コツさえ掴めたら、絶対に上手くいくはずですからね」
「ええ、同感だわ」
大体一月前の出来事を回顧する。
始まりは或るトラブルを解決した美麗な女子高生の写真が自称フリージャーナリストのSNSアカウントを発信源としてネットで拡散され、その話題が週刊誌に掲載。テレビのワイドショーでも好意的な言及が為された。
それがたちまち、閑谷 鮮加を流行の最前線へと押し上げる。その美貌も相まり、遂には芸能事務所入りまで果たし現在に至る。
実際にトラブルを解決したという裏付けもあり、知的かつ聡明な才媛、それが閑谷 鮮加という女の子の世間的なイメージだろう。
世間からは、こうも称されている。
話術に富むタレントでもあり、探偵並みの推理力も伏せ持つ……タレント探偵と。
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