第13話

 次に聞きに行ったのは、カデシナ・ジャンカーロ子爵令嬢。

 ストレートの長いグレーの髪に凛としたグレーの瞳で、コラレ嬢とは雰囲気が全然違う。


 「私は、刑事部調査室のアーバンと申します。彼は、リサ嬢の弟ルトルゼンさん。今日のお茶会の事でお話をお聞きしに来ました」

 「……そうですか。な、なんでもお聞きください」


 少し震えた声で答えたが、覚悟を決めた顔をして言った。


 「では、お聞きします。今日のお茶会でリサ嬢が毒を盛った事にすると言われていましたか?」


 なんでも聞けと言ったカデシナ嬢は、質問したアーバンさんを凝視して口ごもっている。


 「答えたくありませんか?」

 「……いえ。マコトのオーブを使うのかと思っていましたので」


 アーバンさんが僕を見た。僕は、首を横に振った。使わなくてもいいと。


 「本来、我々がそれを使うのは警察署で調書をとる時なのです。彼が使わないと言うのなら普通に聞くだけです」

 「え?」


 驚いてカデシナ嬢が僕を見た。


 「僕は、君達の言葉を信じるよ。だから言いたくない事は言わなくていい。でも事実を語ってほしいんだ」


 そう言うと、彼女は俯く。


 「ありがとうございます。ぜ、全部お話いたします」


 と、凛としていた彼女が泣き出してしまった。


 「い、言われました。前回のお茶会で。それで、お父様に相談したのです。そうしたらお父様は、今日のお茶会は欠席すればいいと。でもできませんでした。お二方は、出席すると覚悟を決めていたようなので。ですので、今朝お父様に出席するとお話したのに、ポールアード伯爵様をお止めして下さいませんでした」

 「そ、そうですか。それは、お辛かったですね」


 アーバンがそう言うと、更に泣き出す。

 もしかしたら、彼女の父親がカードン様に泣きついたのかもしれない。ポールアード伯爵家に言っても取り合ってもらえないと思ったから。


 「ごめん。あと一つだけ、計画通りに毒はお飲みなったのですか?」


 カデシナ嬢は、僕が聞くとこくんと頷いた。


 「それは二杯目に入っていた?」


 アーバンさんが聞くと、そうだとカデシナ嬢は頷く。


 「ちなみに二杯目を入れたのは、誰?」

 「執事長のイマールです」


 コラレ嬢と言っている事は一致している。彼女も嘘は言っていないだろう。

 僕らは、お大事にとカデシナ嬢の部屋を後にした。


 「参ったね。口裏合わせしていないとは言い切れないけど、状況は毒を入れたのはイマールのはずだったとなっているね」

 「うん。彼女も毒を飲んだようだね」


 僕は、ため息をつきつつそう言った。聞けば聞くほど追い詰められていき、最後の一人、ウディヌ・デルフィーラ子爵令嬢の部屋に向かう足が重い。

 彼女は、僕らを見ると「何もお話しする事はございません」と、布団を被ってしまう。

 他の二人と違い非協力的な態度だった。


 「あの……では、二人の令嬢から聞いた事についての確認だけでも」

 「………」


 アーバンさんが、そう声を掛けるも返事はない。

 それでもアーバンさんは、続けた。


 「前回のお茶会で、今日のお茶会でイマールが入れる二杯目のお茶に毒を入れる事になっていましたか?」

 「………」


 僕らは、顔を見合わせた。

 なぜだろう。僕はホッとしている。あ、そうだ。


 「あの、僕はリサの弟のルトルゼンと言います。今日、姉さんもそのお茶を飲みましたか? もしかして、姉さんだけ違うお茶を飲みませんでしたか?」


 ずっと考えていた。毒入りお茶を飲んで倒れたとわかった後に、お茶や薬を口にする事はしないだろうと。だとしたら姉さんだけ、眠り薬入りのお茶を飲まされたのではないだろうかと。


 「………」

 「お願いします! 大事な事なのです」

 「……飲んで……わ」

 「え? 今なんと」

 「彼女は、二杯目は飲んでいません。イマールは、彼女には入れなかったのです」


 姉さんは、毒を口にしていない。けど、眠り薬も口にしていない!?

 テヴィヌ嬢は、布団の中で泣き出した。また泣かれてしまったよ。仕方なく僕らは出て行く事にする。


 「ごめんなさい。……私、飲まなかったの」

 「え?」


 出て行こうとすると、彼女はそう言った。

 振り返ると布団を被ったままだけど、泣きながら言う。


 「怖くて飲めなかった。二人が倒れたので私も倒れたふりをしたの。でもなぜか、リサさんもお倒れになって……。もう何がなんだか。もしかして、彼女のだけ一杯目に毒が入っていたのかもしれないわ」

 「な、なんだって!?」


 僕は、彼女に近づいた。今、恐ろしい事を聞いたんだけど。


 「落ち着いて」


 アーバンさんが、僕にそう言って肩に手を置く。


 「一杯目は、メイドが入れたと聞いたけど、リサ嬢にだけ違うお茶を入れたのかい?」


 茶色い頭のてっぺんが見えていて、布団の中で違うとフルフルと頭を振ったのがわかった。


 「ではなぜ、姉さんが毒を飲んだかもと?」

 「彼女だけ、ティーカップが違ったの。たぶんワザとだと思うけど。四客しかないのとエリザ様が言って……」


 なるほど。呼んでおいて、そこから仲間外れにしたって事か。けど一杯目はメイドが入れている。彼女はきっと、今回の事は何も知らされていなかったと思う。

 もし万が一、毒殺未遂が外に漏れた時に、マコトのオーブを使っての調書を上手く交わすための策だろう。でなければ、一杯目と二杯目に入れる人物を分ける必要はない。

 それにしても随分と周到に用意された計画だ。これ、考えたのポールアード伯爵ではないだろうな。


 でもこれで、姉さんに狙いを定めて眠り薬を飲ませる事が可能になった。それをどうやったかだ。カップが違うなら最初から用意しておくことが可能だ。

 テヴィヌ嬢もカップが違うから一杯目に毒を入れてあったのではないかと思ったわけだし。

 ただ眠り薬をどのタイミングで入れたかだよな。

 メイドがお茶を入れる前に入れられるものなのか。うーん。

 僕らは、部屋を出て考え込む。


 「君ら随分と恨みを買っていたようだね。かなり用意周到じゃないか」

 「そ、そう思います?」

 「あぁ。リサ嬢が飲まされたのは毒ではなく、眠り薬だろう。ポールアード伯爵家ならいくらでも手に入れられる。眠り薬にも種類があってね、すぐに効果が現れず時間を置いて眠くなる薬もあるんだよ。それを使えば、時間操作をできる」


 そうか。そして、そのまま眠り続けているってわけか。

 父さんに不利な書類にサインをさせるつもりだったのならば、姉さんに毒殺未遂の件をでっち上げ、姉さんを眠らせておいて父さんを追い詰める作戦だったのかもしれない。

 僕が、動けなけなければ上手く行っていただろう。警察だって証拠がなければ手出しできない。現に被害届が出ていなかったから直接調べに来られなかったのだから。

 あったのは、姉さんが事件に巻き込まれたというモノだ。きっと、それだけではポールアード伯爵家を調査できなかったのだろう。


 「これらの流れを見ると、主犯はイマールだな」

 「え? 執事長が?」

 「いわゆるブレーンだ。彼が今日中にここに連れて来たのは、マコトのオーブを使わせる為だろう。きっとそうしていれば、我々は今の証言は手に入れられていない」


 確かにそうかもしれない。

 変な話、聞かれた事しか言わないのだから。

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