『研修センター三階』

 研修センター三階、視聴覚室——。

 大きなスクリーンに向かって、席が傾斜した室内。

 訓練生が前の方に固まって座っている。

 席は三人ずつ座るようになっているので、サクシードたちも並んで座る。

 後ろに座っていた先輩が声をかけてきた。

「おう、ジャンティ。もういいのか?」

「はい、おかげさまで」

「なんだよ、今日に限ってオーバーペースで走るからだぜ。サクシードだっけ、とてもじゃないがダンと張るようじゃ、ついてけないって。俺ら凡人は調整しないとよ」

「そうなんすけどね、差を認めるのも癪じゃないですか」

「若いなぁ。俺なんかその辺はもう諦めたぜ」

「最後のあがきだったりしてな」

 隣にいた先輩も言った。

「いいっすね、大いにあがきたいですよ」

「おう、あがけあがけ。でも燃え尽きんなよ」

「じゃあ炭になります」

 おどけるジャンティに先輩たちはゲラゲラ笑った。

 サクシードとイーリアスも静かに笑う。

 そこへ教官が教壇に立った。

 救急法の学科訓練が始まる。

 まず『応急手当の目的と実践』というフィルムを、一時間見る。

 内容は、応急手当がどんな場合に必要なのか、その状況と対処法、種類別の

手当、その他の付帯処理についてだった。

 けがの場合は、止血法、傷の手当、体の部位ごとの処置、包帯の巻き方、運搬法。

 火傷の場合は、火傷面積概算法、使用処置器具の説明……。

 など、細かく分類された中でも、特にケガと火傷、急性中毒については、テロ事件に巻き込まれた市民に最も多い外傷として、重要な項目とされた。

 テロ攻撃の矢面に立つPOAの警備兵は、市民を安全に守るだけじゃなく、負傷者が出た場合、迅速な行動と処置が求められる。

 だから、救急法の習得は必須なのだ。

 フィルム終了後に、教官——オージス・メーヘンは、教壇に立って、初老の男ながらかくしゃくと話し始める。

「諸君らの任務における、救急法の重要性は言うまでもないことだが。言うまでもないことをなぜやるかというと、なかなか実務レベルに到達しないからだ」

 こう話を切り出すと、オージス教官は名簿を見ながら話し始めた。

「第四期の救急法の学科は、これで九回目だが、今日は新人が編入されたというので、今までのおさらいだ。で、どこにいるかね、新人君は」

「はい」

 サクシードが手を上げて返事するサクシード。

「んー?」

 どうやら見つけられないらしい。

「ここです、ここ」

 ジャンティ以下、周囲にいた者がサクシードを指差す。

「おお、そこか。サクシード・ヴァイタルというのだな。君の救急法の熟知度を聞こう」

 サクシードは椅子から立ち上がると、手を後ろに組んだ。

「救急法全般について、警備士学校に在籍中に、学科・実技訓練を修了しています。……実務経験は多少あります」

「ほう、その内訳は?」

「爆発物による火傷が五回、ガスによる急性中毒処置が二回、その他です」

「なるほど。君はここに来る前はエスクリヌスにいたんだな。この間も列車の爆破事故があった。どうかね、あちらは相変わらず情勢不安かね」

「はい、カピトリヌスほどではないものの、月に三回の頻度で、テロ事件が起こっています」

「そうか……ありがとう。座ってよし」

 サクシードが座ると、オージス教官は、白髪の角刈り頭を一撫でして言った。

「諸君らも聞いた通りだ。POAの任地派遣は急務だ。それに際し、救急法を学んでおくことは、テロの事故現場を迅速に処置する近道になる。地元の警察官や救急隊員と協力するのも、諸君らの任務の一つだ。決しておろそかにしてはならない。というわけで、今日は午後五時半まで目一杯使って、救急法のおさらいだ。全員、実習室に移動するように」

 オージス教官が促したので、全員速やかに同じ階の実習室に移動した。

    

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