『電話』
午前十時になった。
レンナは一通り家事を済ませると、オービット・アクシスで、サクシードの姉にメール便を出す準備を始めた。
リビングのテーブルに半球画面とキーボードを用意して座る。
画面にサクシードが打ち込んだメールを呼び出し、開けることなく、メール二便を選択する。
恐ろしく速いタッチタイピングで文章を打つ。
拝啓
初めてお便りします。
下宿『シンパティーア』の世話人のレンナ・モラルと申します。
先週の蒼水の
サクシードさんは初めから、穏やかで誠実な態度で接してくださり、下宿人一同、喜んでおります。
『パイオニアオブエイジ』に配属されるということで、いろいろ大変かと存じますが。世話人として微力ながら、心を込めてお力添えさせていただきたいと思います。
至らない点などございましたら、どうぞご指導くださいますよう、宜しくお願い致します。
蒼水の
レンナ・モラル
「よし……と、こんなもんかな」
一気に打ち込んで、文章を再確認しながら何度も頷く。
そこへフローラが、ティーセットを持ってリビングにやってきて、テーブルに置いた。
「レンナさんも、サクシードのお姉さんにお便りを?」
レンナは照れて言った。
「そうなの。出過ぎたことかもしれないんだけど、一緒に住む以上、お世話はお互い様だから、きちんとしておきたくて」
フローラはにっこり笑って後押しした。
「出過ぎだなんて……そんなことありませんわ。男の人は大抵、こういうことが苦手ですもの。お姉さんなら弟さんのことが心配でしょう。どんな人が側にいるのか、知りたいと思いますわ」
「そうかな」
「ええ」
「フローラ、内容を見てくれる?」
「わたくしでよければ」
そう言って、フローラは画面をのぞき込んだ。
簡潔明瞭な文章はとてもわかりやすい。
彼女としては、レンナ個人がサクシードをどう思っているのか、わかると楽しかったが、それは言うまい。
「……レンナさんの立場がよくわかっていて、いい文章だと思うわ。初めての人に送るなら、十分礼を尽くしている、この文章で大丈夫」
「よかった、じゃあ送るね」
半球に触って、メール便を相手方の住所に送った。
レンナはオービット・アクシスを片付けて、フローラの淹れてくれた紅茶を楽しむ。
「サクシードのお姉さんって、どんな方かしらね」
フローラが聞いた。
「もう結婚してるって言ってたよ。年も離れてるって、前に言ってたよね」
「そうだったかしら」
「うん。サクシードは顔立ち整ってるから、お姉さんもきっと美人だと思うな。それで、優しくて朗らかで心の温かい人……なんてね」
「フフッ、わたくしもそう思うわ」
「やっぱり? サクシードからは変わったお姉さんを想像できないもんね」
と言った途端、オーケストラが鳴り出した。
オービット・アクシスの呼び出し音だ。
「誰かな……」
レンナが立って行って、受話器を取る。
「はい、下宿シンパティーアです」
すると、半球画面が切り替わって、そこに線の細い優しそうな女性が映っていた。
「初めまして、私、アニス・フェオークと申します。——サクシードの姉です」
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